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五章 増える家族と高等学校の四年目
16.ヘルミちゃんの働き先
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冬休みの初めの日に、わたくしはエロラ先生とエリーサ様にお願いをしてヘルレヴィ家に来てもらった。エロラ先生とエリーサ様には先に話をしておいた。
「結界の張ってあるヘルレヴィ家のお屋敷に入り込んだ女の子がいるのです。その子はマウリ様とミルヴァ様が作った結界の破れ目から入ったようでした」
その子に魔法の才能があるのではないかということをエロラ先生とエリーサ様に見て欲しいとお願いすると、お二人は快く了承してくださった。
わたくしが高等学校に入学するときに触らされた透明なガラスのような丸い魔法具を使うのかと思ったがそうではないらしい。
「あの魔法具はいちいち私が駆り出されるのが面倒だからエリーサに作ってもらったんだよ」
「メルは表に出るのが嫌いですからね」
毎年高等学校には何十人もの生徒が入学してくる。その一人一人を見るとなるとエロラ先生も大変だし、面倒だったのだろう。つるつるのガラスのような丸い球はエリーサ様がエロラ先生の仕事が減るようにと作ったものだった。
「本人に会ってみれば魔法の才能は分かるけれど、アイラちゃんが感じたのなら間違いないだろうね」
「やはりそうですよね」
「問題はその子が高等学校に通えるか、ですがね」
それはわたくしも危惧していたことだった。幼年学校すらまともに通えていないその子、ヘルミちゃんが高等学校で勉強について行けるのかは大きな問題になる。高等学校への入学が魔法の才能があるということで認められたとしても、学力がついていけないかもしれない。
「人買いに売られていたかもしれない子なんです……高等学校に通わせてあげたい」
わたくしの切なる願いにエロラ先生も考えることがあったようだ。
翌日ヘルレヴィ家にエロラ先生とエリーサ様が来てくださって、ヘルミちゃんもヘルレヴィ家に招かれていた。人身売買組織は警備兵に突き出されて、借金取りのことはなんとかなったヘルミちゃんだが、薄汚れたサイズの合っていない服を着て、身を縮めて応接室の椅子に座っている。ヘルミちゃんのお母さんにも来てもらっていたが、赤ん坊が泣いてぐずるのをあやすので忙しそうだ。
やって来たエロラ先生は三つ揃いのスーツをピシッと着こなして、エリーサ様も綺麗なワンピースを身に纏っている。お二人の姿に、ヘルミちゃんが椅子から飛び上がった。
「妖精種!? 本物の!?」
「そうだよ。私はメルヴィ・エロラ。君に会いに来た」
「わたくしはエリーサ・サイロです。確かに魔法の才能がありますね」
魔法の才能と聞いて、ヘルミちゃんは薄茶色の目をぐるぐると回している。薄茶色の髪と目は、ヘルミちゃんもお母さんも弟も同じだった。
「あたしに、魔法の才能が!?」
「この子には生まれたときから獣の本性がありません。人買いに売られて商売女にさせられるところだったのです。この子にそんな才能が?」
泣いている赤ん坊の弟を宥めながらヘルミちゃんのお母さんが言うのに、エリーサ様が赤ん坊を抱き取った。
「話をしている間、わたくしが預かっておきますわ。この子、ミルクは飲めますか?」
「は、はい。すみません」
ぺこぺこと頭を下げるヘルミちゃんのお母さんに微笑みかけて、エリーサ様は子ども部屋にミルクを作ってもらいに行ってしまった。残されたエロラ先生とヘルミちゃんとお母さんが話し合う。
「ものすごく高い才能ではないけれど、この子には魔法の才能がある。ある程度は魔法を使いこなせるようになるだろう」
「でも、うちにはヘルミを高等学校に行かせられるような余裕はありません。ヘルミは幼年学校にもほとんど通わずに働いていました」
ずっと病んでいたのは落ち着いたようだが、ヘルミちゃんのお母さんもまだ本調子ではないのだろう。産まれたばかりの赤ん坊も抱えているし、すぐには働きに出られない。
「幼年学校の勉強も遅れているみたいだね、ヘルミちゃん」
「あたし、勉強は好きだけど、やっている時間がなくて」
それくらいならば近所の畑の手伝いをしたり、織物工場で下働きをしたりして日銭を稼いでお母さんと弟を支えていたというヘルミちゃん。たった11歳の子どもが働きに出なければ暮らしていけない世帯もあるというのがヘルレヴィ領の現状なのだ。
「借金はなくなったけれど、私が働けるようになるまでに、また借金をしなければいけないかもしれませんし、ヘルミは幼年学校にも高等学校にも行かせることはできません」
行かせたい気持ちはあるけれど経済的な問題で行かせられないと悔しそうなヘルミちゃんのお母さんに、エロラ先生が一つの提案をした。
「私は新しく屋敷に住み始めたんだが、そこには使用人がいない。住み込みの使用人を募集している」
「ヘルミが……?」
「母君とヘルミちゃんさえよければ、住み込みで働いてもらう代わりに、私とエリーサが付きっきりで勉強を教えるというのはどうだろう。もちろん給料も出すから、ヘルミちゃんは母君が働けるまで仕送りもできる」
エロラ先生の提案はヘルミちゃんのお母さんにとっては渡りに船だった。
「あたし、勉強ができるのか!?」
「まず、喋り方から気を付けようね。自分のことは『私』と言って、敬語が使えるようになろう」
「あた……私、勉強をしながら働いていいんですか?」
「その代わり私は優しくないからね。しっかり働いてもらうよ」
エロラ先生のお屋敷に住み込むのならば安心だ。エロラ先生の提案にわたくしはあんしんして、ヘルミちゃんとお母さんも喜んでいた。
「こんなによくしていただいてありがとうございます」
涙ぐむヘルミちゃんのお母さんにエロラ先生が静かに告げる。
「魔法の才能を持つ人材を育てることは国のためにもなる。ヘルミちゃんには使用人としての仕事も、勉強もしっかり頑張ってもらわないといけないよ」
「私、頑張ります!」
立ち上がって頭を下げるヘルミちゃんとお母さんの姿に、わたくしも涙ぐんでしまいそうだった。
話が纏まったところでエリーサ様がヘルミちゃんの弟を連れてやってくる。ミルクでお腹がいっぱいになったのか、ヘルミちゃんの弟はすやすやと眠っていた。
「こんなにいい子で寝てるなんて、本当に珍しい」
「マンドラゴラのエキスの入ったミルクを飲ませました。この子は少し栄養不足かもしれません」
「母ちゃん、あたし、いいミルクが買えるように働いてくるから! お金しっかり送るから!」
「私も働き先を探すよ」
抱き合う親子の姿に、ヘルレヴィ領がもっと子育てをしやすい土地であるようにわたくしは願わずにいられなかった。
願っているだけでは何も変わらないので、わたくしはスティーナ様とカールロ様と話し合いの場を持つことにした。今回のヘルミちゃんの件で人身売買組織がどうなったのかも詳しく聞きたかった。
おやつの時間に食卓に着いて食べながら聞いてみると、人身売買組織は海外との繋がりがあったらしい。
「以前、マウリとミルヴァとアイラ様が攫われかけただろう?」
カールロ様に言われてわたくしは思い出す。
神聖魔術で蛇に噛まれた子どもを助けるために病院に行った帰りに、わたくしとマウリ様とミルヴァ様は見知らぬ馬車に乗せられてそのまま連れ去られそうになった。ミルヴァ様が馬車に穴を空けて、マウリ様が扉を突き破ってくれたから助かることができたけれど、あの人身売買組織はまだヘルレヴィ領に残っていたようなのだ。
子どもを攫って海外に売ろうとするだけでなく、借金のかたに子どもを買い上げて海外に売ろうとするなど、言語道断である。
「今回の件で、あの子どもの家に警備兵を隠れさせていて、来たところを捕まえたよ。そこから情報を取って、できる限りは捕まえたけれど、残党が残っているかもしれない」
「あの子がすぐに売られなかったのも、獣の本性がなかったからのようですね」
この国では獣の本性を持っているものの方が多く、海外ではそれが珍重されるのだと聞いてわたくしは隣りに座っていたマウリ様を思わず抱き締めてしまった。希少なドラゴンであるマウリ様を売ろうとした輩がいたのははっきり覚えている。
「マウリ様、どこにも行かないでくださいね」
「はい。私、アイラ様をしんぱいさせない」
大丈夫だからねと言って抱き返してくれるマウリ様にわたくしはしっかりと抱き付いた。
「結界の張ってあるヘルレヴィ家のお屋敷に入り込んだ女の子がいるのです。その子はマウリ様とミルヴァ様が作った結界の破れ目から入ったようでした」
その子に魔法の才能があるのではないかということをエロラ先生とエリーサ様に見て欲しいとお願いすると、お二人は快く了承してくださった。
わたくしが高等学校に入学するときに触らされた透明なガラスのような丸い魔法具を使うのかと思ったがそうではないらしい。
「あの魔法具はいちいち私が駆り出されるのが面倒だからエリーサに作ってもらったんだよ」
「メルは表に出るのが嫌いですからね」
毎年高等学校には何十人もの生徒が入学してくる。その一人一人を見るとなるとエロラ先生も大変だし、面倒だったのだろう。つるつるのガラスのような丸い球はエリーサ様がエロラ先生の仕事が減るようにと作ったものだった。
「本人に会ってみれば魔法の才能は分かるけれど、アイラちゃんが感じたのなら間違いないだろうね」
「やはりそうですよね」
「問題はその子が高等学校に通えるか、ですがね」
それはわたくしも危惧していたことだった。幼年学校すらまともに通えていないその子、ヘルミちゃんが高等学校で勉強について行けるのかは大きな問題になる。高等学校への入学が魔法の才能があるということで認められたとしても、学力がついていけないかもしれない。
「人買いに売られていたかもしれない子なんです……高等学校に通わせてあげたい」
わたくしの切なる願いにエロラ先生も考えることがあったようだ。
翌日ヘルレヴィ家にエロラ先生とエリーサ様が来てくださって、ヘルミちゃんもヘルレヴィ家に招かれていた。人身売買組織は警備兵に突き出されて、借金取りのことはなんとかなったヘルミちゃんだが、薄汚れたサイズの合っていない服を着て、身を縮めて応接室の椅子に座っている。ヘルミちゃんのお母さんにも来てもらっていたが、赤ん坊が泣いてぐずるのをあやすので忙しそうだ。
やって来たエロラ先生は三つ揃いのスーツをピシッと着こなして、エリーサ様も綺麗なワンピースを身に纏っている。お二人の姿に、ヘルミちゃんが椅子から飛び上がった。
「妖精種!? 本物の!?」
「そうだよ。私はメルヴィ・エロラ。君に会いに来た」
「わたくしはエリーサ・サイロです。確かに魔法の才能がありますね」
魔法の才能と聞いて、ヘルミちゃんは薄茶色の目をぐるぐると回している。薄茶色の髪と目は、ヘルミちゃんもお母さんも弟も同じだった。
「あたしに、魔法の才能が!?」
「この子には生まれたときから獣の本性がありません。人買いに売られて商売女にさせられるところだったのです。この子にそんな才能が?」
泣いている赤ん坊の弟を宥めながらヘルミちゃんのお母さんが言うのに、エリーサ様が赤ん坊を抱き取った。
「話をしている間、わたくしが預かっておきますわ。この子、ミルクは飲めますか?」
「は、はい。すみません」
ぺこぺこと頭を下げるヘルミちゃんのお母さんに微笑みかけて、エリーサ様は子ども部屋にミルクを作ってもらいに行ってしまった。残されたエロラ先生とヘルミちゃんとお母さんが話し合う。
「ものすごく高い才能ではないけれど、この子には魔法の才能がある。ある程度は魔法を使いこなせるようになるだろう」
「でも、うちにはヘルミを高等学校に行かせられるような余裕はありません。ヘルミは幼年学校にもほとんど通わずに働いていました」
ずっと病んでいたのは落ち着いたようだが、ヘルミちゃんのお母さんもまだ本調子ではないのだろう。産まれたばかりの赤ん坊も抱えているし、すぐには働きに出られない。
「幼年学校の勉強も遅れているみたいだね、ヘルミちゃん」
「あたし、勉強は好きだけど、やっている時間がなくて」
それくらいならば近所の畑の手伝いをしたり、織物工場で下働きをしたりして日銭を稼いでお母さんと弟を支えていたというヘルミちゃん。たった11歳の子どもが働きに出なければ暮らしていけない世帯もあるというのがヘルレヴィ領の現状なのだ。
「借金はなくなったけれど、私が働けるようになるまでに、また借金をしなければいけないかもしれませんし、ヘルミは幼年学校にも高等学校にも行かせることはできません」
行かせたい気持ちはあるけれど経済的な問題で行かせられないと悔しそうなヘルミちゃんのお母さんに、エロラ先生が一つの提案をした。
「私は新しく屋敷に住み始めたんだが、そこには使用人がいない。住み込みの使用人を募集している」
「ヘルミが……?」
「母君とヘルミちゃんさえよければ、住み込みで働いてもらう代わりに、私とエリーサが付きっきりで勉強を教えるというのはどうだろう。もちろん給料も出すから、ヘルミちゃんは母君が働けるまで仕送りもできる」
エロラ先生の提案はヘルミちゃんのお母さんにとっては渡りに船だった。
「あたし、勉強ができるのか!?」
「まず、喋り方から気を付けようね。自分のことは『私』と言って、敬語が使えるようになろう」
「あた……私、勉強をしながら働いていいんですか?」
「その代わり私は優しくないからね。しっかり働いてもらうよ」
エロラ先生のお屋敷に住み込むのならば安心だ。エロラ先生の提案にわたくしはあんしんして、ヘルミちゃんとお母さんも喜んでいた。
「こんなによくしていただいてありがとうございます」
涙ぐむヘルミちゃんのお母さんにエロラ先生が静かに告げる。
「魔法の才能を持つ人材を育てることは国のためにもなる。ヘルミちゃんには使用人としての仕事も、勉強もしっかり頑張ってもらわないといけないよ」
「私、頑張ります!」
立ち上がって頭を下げるヘルミちゃんとお母さんの姿に、わたくしも涙ぐんでしまいそうだった。
話が纏まったところでエリーサ様がヘルミちゃんの弟を連れてやってくる。ミルクでお腹がいっぱいになったのか、ヘルミちゃんの弟はすやすやと眠っていた。
「こんなにいい子で寝てるなんて、本当に珍しい」
「マンドラゴラのエキスの入ったミルクを飲ませました。この子は少し栄養不足かもしれません」
「母ちゃん、あたし、いいミルクが買えるように働いてくるから! お金しっかり送るから!」
「私も働き先を探すよ」
抱き合う親子の姿に、ヘルレヴィ領がもっと子育てをしやすい土地であるようにわたくしは願わずにいられなかった。
願っているだけでは何も変わらないので、わたくしはスティーナ様とカールロ様と話し合いの場を持つことにした。今回のヘルミちゃんの件で人身売買組織がどうなったのかも詳しく聞きたかった。
おやつの時間に食卓に着いて食べながら聞いてみると、人身売買組織は海外との繋がりがあったらしい。
「以前、マウリとミルヴァとアイラ様が攫われかけただろう?」
カールロ様に言われてわたくしは思い出す。
神聖魔術で蛇に噛まれた子どもを助けるために病院に行った帰りに、わたくしとマウリ様とミルヴァ様は見知らぬ馬車に乗せられてそのまま連れ去られそうになった。ミルヴァ様が馬車に穴を空けて、マウリ様が扉を突き破ってくれたから助かることができたけれど、あの人身売買組織はまだヘルレヴィ領に残っていたようなのだ。
子どもを攫って海外に売ろうとするだけでなく、借金のかたに子どもを買い上げて海外に売ろうとするなど、言語道断である。
「今回の件で、あの子どもの家に警備兵を隠れさせていて、来たところを捕まえたよ。そこから情報を取って、できる限りは捕まえたけれど、残党が残っているかもしれない」
「あの子がすぐに売られなかったのも、獣の本性がなかったからのようですね」
この国では獣の本性を持っているものの方が多く、海外ではそれが珍重されるのだと聞いてわたくしは隣りに座っていたマウリ様を思わず抱き締めてしまった。希少なドラゴンであるマウリ様を売ろうとした輩がいたのははっきり覚えている。
「マウリ様、どこにも行かないでくださいね」
「はい。私、アイラ様をしんぱいさせない」
大丈夫だからねと言って抱き返してくれるマウリ様にわたくしはしっかりと抱き付いた。
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