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十章 マウリ様とミルヴァ様の高等学校入学

10.ハールス先生とヨウシア様のお屋敷で

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 薬草畑は冬場に向けて休ませていたから、その日は早起きをする必要もなかった。それでも早く起きて準備を始めてしまったのは、わたくしたちがそれだけわくわくしていたからだろう。
 カールロ様とスティーナ様も一緒に王都のマイヤラ家やマイヤラ家の別荘に泊まることはあっても、わたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様は他の家にお泊りに行ったことがない。

「実は、私、兄上が羨ましかったんだ」

 わたくしと手を繋いでヨウシア様とハールス先生のお屋敷の庭を歩きながらマウリ様がぽつりと言う。

「母上と父上がオクサラ辺境伯のところに行ったとき、兄上はクリスティアン様のところにお泊りに行ったでしょう?」
「お泊り会のようで楽しかったと言っていましたね」
「私も、お泊り会をしてみたかったんだ」

 それはマウリ様だけではなかったようだ。ミルヴァ様もエミリア様もダーヴィド様も目を輝かせている。

「これってやっぱり、お泊り会よね?」
「わたくし、ようせんせいのおうちにおとまりだわ」
「わたしもおとまり! たのしみ!」

 お試しとはいえ、慣れた人がそんなについて行くのもおかしいので、マルガレータさんはヘルレヴィ家に残っていてもらったが、マルガレータさんがいなくてもダーヴィド様もエミリア様も平気そうだった。
 まず客間に招待される。マウリ様とダーヴィド様が同じ部屋で、わたくしとミルヴァ様とエミリア様が同じ部屋だった。

「王都のお祖父様とお祖母様の別荘に行ったときみたいね」
「あのときも、アイラさまとみーあねうえとおなじへやだったわ」
「マウリ様はダーヴィド様と同じ部屋でお困りではないでしょうか」

 魔法で拡張されたバッグに入っているので荷物を降ろす必要もなく、わたくしたちは上着だけ脱いで畳んでバッグに入れて部屋を出た。マウリ様とダーヴィド様も上着を脱いで廊下に出ていた。

「マウリ様とダーヴィド様お二人では大変ではないですか?」

 マウリ様は12歳とはいえ4歳の弟の面倒を見るのは大変だろう。わたくしが声をかけると、マウリ様がにこりと笑う。

「お部屋に使用人さんが泊ってくれるんだって。他のお家で乳母をした経験があるひとだから安心していいってハールス先生が言ってたんだ」
「このお屋敷の乳母というわけですね」
「わたしのうばは、マルガレータさんだよ?」
「このお屋敷でダーヴィド様のお世話をしてくださる方です」
「そうなの?」

 よく分かっていない様子のダーヴィド様だが、その方にお手洗いの場所を教えてもらって、お手洗いに連れて行ってもらって、手も洗って戻ってくると、すっかり落ち着いた様子でヨウシア様とハールス先生のお屋敷の応接間のソファに座っていた。

「この屋敷には子ども部屋がないんだよね」
「応接室でお茶をしたり、勉強をしたりして過ごせるかな?」
「ハールス先生、教えてほしいところがあるんだ」
「わたくしも、聞いてもいい?」

 ヨウシア様とハールス先生の言葉に、マウリ様とミルヴァ様が勉強道具を取り出す。勉強道具を広げたマウリ様とミルヴァ様を見て、このお屋敷に馴染んでいるのかと見守っていると、わたくしは一ついつもと違うことに気付いた。
 マウリ様のお膝の上には大根マンドラゴラのダイコンさんが乗っていて、ミルヴァ様のソファの隣りには人参マンドラゴラのニンジンさんが座っている。エミリア様を見るとぎゅっとスイカ猫のスイちゃんを抱き締めているし、ダーヴィド様も南瓜頭犬のボタンを膝の上に乗せていた。
 寛いでいるように見えるが、全員がそれなりに緊張しているのだとわたくしは理解する。
 ハールス先生にマウリ様とミルヴァ様が勉強を教わっている間、ヨウシア様がエミリア様とダーヴィド様を連れ出した。どちらと一緒にいるか迷ったが、今回はエミリア様のお試しのお泊りなのでエミリア様の様子を見ることにする。
 廊下を歩いてヨウシア様がエミリア様とダーヴィド様を連れて行ったのは、大広間だった。机も椅子もなくて、ピアノが一台置いてある。

「何の歌で踊る?」
「ようせんせいのおうた! かげきだんでようせいのやくをやっていたでしょう?」
「あのダンスは難しいよ?」
「わたしも、おどりたい!」

 歌劇団で黄色の衣装をひらひらとさせながら妖精のヨウシア様が踊った曲を弾かれて、エミリア様とダーヴィド様がスイカ猫のスイちゃんと南瓜頭犬のボタンに見守られて踊り出す。飛び跳ねて息を切らして踊っていると、ヨウシア様が曲に合わせて歌い出した。
 艶のあるヨウシア様の歌声が流れてくると、エミリア様もダーヴィド様も歌うのをやめてじっと聞く。

「ようせんせい、もういっかい、ひいて!」
「こんどは、わたし、うたえそう」
「わたくしも、うたえそうなきがするの」
「いいよ、もう一回弾こう」

 ヨウシア様のピアノに合わせてエミリア様とダーヴィド様が歌い出す。ダーヴィド様は歌詞はめちゃくちゃで音も外していたが、エミリア様ははっきりと歌詞を音に合わせて歌っている。

「二人ともとても上手だよ」
「わたくし、ようせんせいとくらしたら、まいにちうたっておどれるのね」
「わたし、とてもじょーず!」

 青い目を期待に煌めかせるエミリア様と褒められた喜びに頬を薔薇色に染めるダーヴィド様。二人ともとても楽しそうだった。

「エミリア、ダーヴィド、アイラ様、ここにいたの?」
「わたくしも歌いたいわ」

 勉強を終えたマウリ様とミルヴァ様がやってきて、ドアを開ける。ハールス先生も大広間にやってきていた。
 全員で揃ってソフィア様の結婚式のための歌を歌う。歌っているとダーヴィド様がお腹を押さえた。

「おなかすいちゃった」
「そろそろお昼ご飯だね。おしまいにしようか」
「もういっきょくうたいたいわ」
「まだまだ時間はあるから、まずは腹ごしらえだよ」

 まだ歌い足りないエミリア様に優しく言ってヨウシア様はわたくしたちをリビングに招いた。椅子に座ると、ダーヴィド様とエミリア様は高さが足りないのでクッションを敷いて高さを合わせる。
 パンとスープとチキンソテーとサラダのお昼ご飯を食べていると、ダーヴィド様がうとうとと眠り始めていた。早起きもしたし、大広間で歌って踊ったので疲れているのだろう。
 食べ終わったダーヴィド様を使用人さんがお手洗いに連れて行って、オムツに履き替えさせて部屋で眠らせてくれた。お昼寝をもうしなくなったエミリア様は興味津々でお屋敷の中を探検したがっている。

「おやしきのぜんぶのおへやがみたいわ。わたくしのおうちになるんでしょう?」
「全部は見せられないかもしれないけど、できるだけ見せるよ。おいで」

 エミリア様の探検にわたくしとマウリ様とミルヴァ様もついて行くことにした。
 応接室と大広間とリビングには行った。客間はわたくしたちが使わせていただいている。

「ここが空き部屋になっているんだ。エミリアちゃんがうちに来たら、エミリアちゃんの部屋にしようと思っている」
「あきべやなのに、ベッドがあって、カーテンも、ストーブもあるわ」
「エミリアちゃんが養子に来るかもしれないと、ヨウシアが揃えたんだよ。気が早い」
「オスカリ、そういうことは言わなくていい!」

 ハールス先生に笑われてしまって、ヨウシア様は顔を赤らめたようだった。エミリア様はますます嬉しそうにしている。その部屋に入って、ベッドに座って見たり、窓から外を見てみたりしていた。
 厨房もハールス先生とヨウシア様の寝室も見せてもらった。バスルームとお手洗いは使うのでよく説明を聞いておく。

「バスルームはなかなかお湯が出て来なくて、最初は水が冷たいから、しばらく出しっぱなしにするといい」
「手を洗う水も冷たいから、覚悟しておいた方がいい」

 ヨウシア様とハールス先生に言われてわたくしたちは顔を見合わせて頷いていた。
 薬草保管庫と調合室も見せてもらって、エミリア様がはしゃいでいる。

「わたくし、ようせんせいのこどもになったら、ちょうごうもおしえてもらえるの?」
「よう先生、よう先生って言ってるけれど、ヨウシアの子どもになるということは、私の子どもになるということだからね」
「ハールスせんせいのこども……いっぱいまほうのこともおしえてもらえそう」

 このままヨウシア様の養子になるつもりでいるのではないかと思われるエミリア様にわたくしはちょっと心配にもなっていた。このままエミリア様が泊った後にいヘルレヴィ家に帰りたがらなかったらわたくしはどうすればいいのだろう。絶対に今回はエミリア様を連れて帰らなくてはいけない。

「庭はあまり手入れができてないけど、エミリアちゃんが世話をしたいなら、薬草畑を作ってもいい」
「スイカねこと、カボチャあたまいぬをそだてられる?」
「オスカリがそういうのは得意だ」
「ヨウシアは歌うことと踊ること以外はできないからな」
「縫物も少しはできるぞ?」

 言い合うハールス先生とヨウシア様に和んでいると、お屋敷の方から大きな泣き声が聞こえて来た。

「パッパー! マッマー!」
「ダーヴィド様?」
「うえーん! パパとママにあいたいー!」

 泣きながら使用人さんに連れられて来たダーヴィド様は、お昼寝から起きた後にカールロ様とスティーナ様がいないことに気付いて泣いてしまったようだった。

「ヘルレヴィ家に帰りたいのですか?」
「がえるー!」
「マウリ様とミルヴァ様とエミリア様はこのお屋敷に泊まりますが、ダーヴィド様だけ帰りますか」
「パパー! ママー! あいだいよー!」

 早くも脱落者が出てしまった。わたくしがヨウシア様とハールス先生を見ると了承したように頷いている。

「ちょっとだけダーヴィド様をヘルレヴィ家に送ってきますね」

 帰りたくなったらいつでも帰ってきていいというのがカールロ様とスティーナ様との約束だった。ダーヴィド様を抱き締めて移転の魔法で帰ると、泣きながらダーヴィド様は執務室に突撃していく。

「パパ! ママ! さびじがっだ!」
「ダーヴィド、洟が垂れていますよ。拭きましょうね」
「お帰り、ダーヴィド」

 4歳のダーヴィド様はこれが限界だったようだった。わたくしはカールロ様とスティーナ様にダーヴィド様をお返しする。

「マウリ様とミルヴァ様とエミリア様は引き続き泊まるつもりのようですので、わたくしは戻りますね」
「アイラ様、よろしくお願いします」
「エミリアも、帰りたがったらすぐに連れてきてくれるかな?」
「もちろんです」

 カールロ様とスティーナ様と約束をして、わたくしはヨウシア様をハールス先生のお屋敷に戻った。お屋敷ではおやつの準備がされていた。
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