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十三章 研究院卒業とキノコブタ

13.歌劇団の秋公演と魔法装置

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 歌劇団の秋の公演はヘルミちゃんが動かす魔法装置も問題なく稼働して、ラント領でも辺境伯領でも盛況だ。王都の歌劇団よりもずっと名が売れているのではないかと言われている。そんな歌劇団の力になれてわたくしも鼻が高かった。
 歌劇団の公演がある間は歌の練習はないので、エミリア様は少し寂しそうだが、ヨウシア様とオスカリ先生に泊まりに来るように言われていそいそと準備をしていた。

「わたくし、もう一人でお風呂に入れるようになったのよ」
「えーねえさま、すごい!」
「私、まだ一人では怖いかな」
「よう先生とオスカリ先生が、わたくしは女の子だから、あまり一緒にお風呂に入るのはよくないって言ってくださったの」

 養女にするとは言っても、ヨウシア様とオスカリ先生は男性で、エミリア様は女性だ。ちゃんと弁えるところは弁えているのだと分かって、わたくしは安心する。そんなヨウシア様とオスカリ先生だからこそ、カールロ様とスティーナ様もエミリア様にお泊りに行っていいと言っているのだろう。

「わたくち、ずんび、でちた」
「ちがえ、いえた!」

 準備ができた、着替えを入れたとポーチの中を見せて来るサラ様とティーア様に、エミリア様が悪戯っぽく微笑む。

「サラ、ティーア、よう先生とオスカリ先生のところにお泊りに行くのはわたくしだけよ」
「わたくち、ちやう!?」
「わたくちは!?」
「サラとティーアは、マルガレータさんもオルガさんもいなくて、父上も母上もいないのに、お泊りできるの?」
「ぱっぱ!? まっま!?」
「いない!?」

 サラ様はマルガレータさんとカールロ様とスティーナ様、ティーア様はオルガさんとヨハンナ様とサロモン先生がいないお家で眠ることは考えられないようだった。

「ねぇね、いってらったい」
「ねぇね、またねー」

 あっさりと諦めてサラ様とティーア様は蕪マンドラゴラのかぶのすけとおかぶを抱いてキノとノコのところに行く。冬場に向けて食欲が出ているキノとノコは、餌を入れるお皿に残っていた野菜くずを舐めてお皿をピカピカにしていた。

「キノ、頭にエリンギが生えて来たね。体にも生えてる」
「ノコは背中にいっぱい生えてるかな」

 ダーヴィド様とライネ様はキノとノコの観察日記をつけていた。毎日ヴァンニ家から連れて来られるノコは、キノと仲良く日中はヘルレヴィ家で過ごしている。仲良くしているのにキノにはエリンギ、ノコにはフクロタケだけ生えるのは、キノコブタが原木を厳選しているからだろう。

「エリンギとフクロタケの収穫の時期になったら、新しいキノコを植えなきゃいけないわね」
「毒キノコって植えられると思う?」
「毒キノコを植えるの?」

 ミルヴァ様の言葉にフローラ様が図鑑を広げて、ミルヴァ様とハンネス様に見せている。

「頭にだけ毒キノコを生やすのはありだと思うのよ。ほら、毒キノコって派手で可愛いでしょう?」
「キノとノコの体調に問題はないのですかね」
「その辺は調べてみなきゃいけないけど」

 キノとノコの体調を気にするハンネス様にフローラ様は図鑑を熱心に見ていた。キノコブタの文献を見に一度王都に行ってみるのもいいかもしれない。
 歌劇団の千秋楽の日にわたくしたちはチケットをもらっていた。マウリ様とわたくしは別の日にしてもらってデートをしようと考えもしたが、オスモ殿に攫われた件でカールロ様とスティーナ様を心配させるわけにはいかなかったので、結局みんなと一緒に見に行くことにした。
 千秋楽の日、エミリア様は以前ヨウシア様に貰った黄色い薔薇のコサージュを着けて来ていた。わたくしたちもそれぞれにお洒落をしている。
 サムエル様とウルスラ様も同じ日に観劇に来ていて、エミリア様とターヴィ様はサムエル様とウルスラ様の近くに座っていた。

「わたくし、歌劇団の歌姫になって、ターヴィ様が王子様になるのよ」
「ターヴィ・ネヴァライネンです。去年もご一緒しましたが、ご挨拶はできませんでしたので、改めてよろしくお願いします。フローラ・ヴァンニの弟です」
「まぁ、歌姫と王子様なんて素敵ですね」
「礼儀正しい子じゃないか。私の曾孫のエミリアをよろしく」

 ターヴィ様に対してもウルスラ様とサムエル様は非常に好意的だったし、エミリア様はお二人の中ではもう曾孫になっているようだった。
 演目が始まるとわたくしたちは静かにして舞台に見入る。
 大国に祖国を侵略されて奴隷となった王女と、大国の王女、大国の騎士団の団長の恋の物語だった。大国の騎士団の団長は、奴隷となった王女を愛しているが、大国の王女がそれを許さない。奴隷となった王女の祖国を完膚なきまでに叩き潰すように大国の王女は命じる。
 耐え切れずに逃げ出そうとする大国の騎士団長と奴隷の王女だが、逃げる途中ではぐれてしまう。奴隷の王女を逃がすことができずに失意のままに戻って来た大国の騎士団長に、大国の王女は、奴隷の王女の父親が死に、奴隷の王女の行方を自分は知っているというようなことを匂わせる。
 大国の騎士団長が自分のものになれば、奴隷の王女の行方を教えると言う大国の王女に、大国の騎士団長はそれを拒む。
 地下牢に閉じ込められて生き埋めにされることになった大国の騎士団長の元に、奴隷の王女が忍んで来る。来世で結ばれることを祈りながら、奴隷の王女と大国の騎士団長は心中する。
 重い題材だったが、美しい歌声と胸が苦しくなるような展開に、わたくしたちは魅入られていた。
 見終わったところでヨウシア様が幕の前に出てきて挨拶をする。

「秋公演もこれで千秋楽、最後までお付き合いくださりありがとうございました。今回の公演は魔法装置でラント領、辺境伯領にも映像と音をお届けした初の公演です。これからも試行錯誤してラント領にも、辺境伯領にも私たちの公演を届けていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします」

 深々と頭を下げるヨウシア様に拍手が送られる。わたくしも手が痛くなるまで拍手を送っていた。
 帰り際にわたくしは特別に楽屋に呼ばれた。楽屋に行くと、ヘルミちゃんとヨウシア様が待っていた。

「魔法装置での公演の結果がどうだったか、辺境伯領とラント領の反響を聞きたいんだ」
「アイラ様、辺境伯領とラント領で聞いて来てくださいますか?」
「分かりました。イルミ様と共に行ってまいります」

 必ず辺境伯領とラント領での歌劇団の反響を聞くと約束してわたくしはヘルレヴィ家に戻った。先に戻っていたエミリア様は、奴隷の王女が歌った歌を覚えて歌っている。歌に合わせてサラ様とティーア様が手を取り合って踊っていて、蕪マンドラゴラのかぶのすけとおかぶが手を取り合って踊っていた。

「とても素敵だったわ。よう先生の国王役もすごく迫力があった」
「私もあんな風に演じられるようになるでしょうか?」
「ターヴィ様は騎士団長役で、わたくしの奴隷の王女役と恋に落ちるのよ」

 手を取って歌い出すエミリア様に合わせてターヴィ様も歌っている。お二人の歌声はとてもよく響き合っていた。
 ラント領の南の森に帰る前にサムエル様とウルスラ様もヘルレヴィ家でお茶に御呼ばれしてくださったようだった。ソファで座っているサムエル様とウルスラ様に、ライネ様とダーヴィド様が話しかけている。

「私、大きくなったらだーちゃんと結婚するんだ」
「私、らいちゃんのお嫁さんになるの」
「二人はもう婚約しているのですか?」
「そうだよ。お祖父様もお祖母様も、だーちゃんのお祖父様もお祖母様も、お祝いしてくれたよ」
「人間の世界ではこれが普通なのか……。私はあまりにも考えが古かったんだな」

 男性同士ということでオスカリ先生とヨウシア様の結婚を反対していたサムエル様は、7歳のダーヴィド様とお誕生日が来ていないのでまだ7歳のライネ様がもう婚約していることに驚いている。その驚きも嫌なものではなくて暖かな祝福に満ちたものになっているような気がしていた。
 エミリア様とターヴィ様の歌声が響く中で、わたくしたちはゆっくりと寛いでいた。
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