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第三章 結婚に向けて

30.双子の結婚式

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 5月の初めのイサギとツムギの18歳の誕生日に、国を挙げての式典は開かれた。
 女王ダリアとセイリュウ領の前領主の娘ツムギ、テンロウ領の長男のエドヴァルドとセイリュウ領の前領主の息子イサギの合同結婚式。
 純白のパンツスーツに刺繍の施された美しいボレロの肩からヴェールを垂らすツムギと、純白の細身のマーメイドラインのドレスに金のティアラからヴェールを垂らしたダリアが結婚の誓いを挙げる。

「わたくし、ダリアは、ツムギ様を愛し、生涯の伴侶とすることを誓います」
「私、ツムギは、ダリア様を愛し、どんなときも共に生きることを誓います」

 各領主から祝いの拍手が鳴り響き、治まると、続いてシャンパンピンクのタキシードのイサギと、ミッドナイトブルーのタキシードのエドヴァルドが結婚の誓いを挙げる。

「私、エドヴァルドは、イサギさんを伴侶とし、共に歩んでいくことを誓います」
「俺、イサギは、エドヴァルドさんを愛し、死が二人を別つまで……ふぇ……エドさん……」
「イサギさん、かっこいいですよ」
「と、ともに、ぶぇ……生きることを、誓います」

 感動の余り泣き出してしまったイサギの肩を抱いて、エドヴァルドが背中を撫でてくれる。駆け寄ってきたナホに撫もでられて、イサギは続いて声を張り上げた。

「エドさんと一緒に、ナホちゃんを愛して育てていくことも、誓います!」
「同じく、ナホさんを実の娘として、大事に育てることを誓います」

 誓いに混じったナホは、ブルーグレーのハーフパンツのスーツを着て、嬉しそうに頬を染めていた。
 よちよちと歩くユーリの手を引くリュリュと、健康そうに艶々とした丸いほっぺのラウリを抱いたローズが二組のカップルの結婚を祝福するが、イサギはそのお腹を思わず凝視してしまった。
 長身なので目立たないが、僅かに膨らみがあるような気がする。

「ローズ女王はん、3人目?」
「みたいやなぁ。よほど相性がええんやろな」

 第二子の女の子、レイナを抱っこしたサナがレンを見上げるが、レンはカナエとレオと手を繋いで、にこにことしている。

「うちも二人目が授かって本当に良かったね」
「一人目より安産で安心したわ。痛かったのと大変やったのは同じやけど、一回目よりもはよお腹から出て来てくれた」
「レイナちゃんはサナさん似で、可愛いし、嬉しいっちゃん」

 褐色の肌に顔立ちもレンそっくりのレオと対照的に、二人目のレイナは白い肌に黒い髪でサナに似ていた。目の色だけはよく見ると紫で、レンに似ている。

「このこが、ラウリくん?」
「王子様て言わなあかんで」
「気にすることはない。そなたはナホであろう。父のイサギが、この子の命を助けてくれたのだ。『くん付け』で構わぬぞ」
「かわいいねー」

 まだ5歳になる直前のナホに身分のことなどよく分からない。元気になって、ローズに抱っこされてきゃっきゃと笑っている、リュリュによく似たラウリを「あかちゃんかわいい」とうっとりと見つめている。

「大きくなったら、そなた、ラウリと結婚するか?」
「ローズ女王はん、そんな!?」
「うん、する!」
「ナホさん!? ローズ女王もそんなこと軽々しく言わないでください」

 諫めるイサギとエドヴァルドに、ローズは大らかに笑う。

「この子の命はイサギが掬い上げてくれたようなもの。イサギの娘の元に行くのならば幸せであろう」

 魔術師としての才能はエドヴァルド程度にはあると診断されているナホは、カナエほどではないがかなり優秀な部類に入る。魔術師は血統でしか才能が引き継がれないので、優秀な魔術師を王族が早めに婚約させるというのはあり得ない話ではなかった。

「お姉様、結婚はお互いの意思が大事ですからね?」
「ラウリはナホが好きなようだぞ?」
「ラウリ様はまだ1歳前ですよ?」
「にちゅ!」
「えぇ、ユーリ様は2歳ですね。『ふたつ』ですよ」
「ゆり、にちゅ!」
「間違ってませんけど」

 年の話題が出たので、すかさず自分の年を指を一本立てて、色々と間違って「ふたつ」と示すユーリに、ダリアはメロメロになっている。姉のローズには強く出られるが、可愛い甥っ子には弱いらしい。

「今日はそんなに怒るな。せっかくの結婚式だぞ」
「ダリア様もツムギ様も、とてもお綺麗です」
「誰が怒らせていると思っているんですか!」
「ダリア様、落ち着いて」

 ダリアの肩を抱くツムギに、疲れたように寄りかかるダリアは仲睦まじい。
 食事会が開かれて、それが終わると王宮のバルコニーから国民に手を振って、結婚式は夜まで続いた。
 テンロウ領の王都の別邸に泊まらせてもらって、客間のベランダで結婚のお祝いに上がる花火を見ていると、ナホが大きな欠伸をする。

「もう眠いんかな。お風呂入って寝よか」
「あい……」

 うとうとと眠りかけているナホをお風呂に入れて、イサギとエドヴァルドもお風呂に入って、ナホを挟んで同じベッドに横になった。ぐっすり眠っているとはいえ、ナホがいるのだから、何かできるはずはないし、イサギは成人していたがそちら方面の知識はおぼろげにしかない。

「初夜……言うても、なにするんやろ……ナホちゃんがいてるから、できへんのは分かるけど、結婚初夜……初夜やで……」

 ぶつぶつと呟いていると、伸びてきたエドヴァルドの手でイサギの顎が優しく掴まれた。ナホ越しに唇が重なって、舌が入って来る。
 口付けと舌との関係性。
 いつかヨータが言っていた大人のキスを、その日、初めてイサギは経験した。
 唇が離れると、「お休みなさい」と優しく頬と額にもキスをされる。頭がゆだるような感覚に、イサギは一晩中眠ることができなかった。
 眠れないままに迎えた翌日の朝食で、改めてテンロウ領のエドヴァルドの両親とクリスティアン、その婚約者のジェーンからお祝いの言葉をもらった。

「本当におめでとう。ナホちゃんも、いつでもお祖母ちゃんのところに遊びに来ていいからね」
「おばあちゃん、かぶさん、だっこしてもいい?」
「どうぞ、ナホちゃん」

 エドヴァルドの母親に蕪マンドラゴラを抱っこさせてもらって、その重さによろめくナホを、父親が微笑ましそうに見守っている。シュイと養父もテンロウ領の王都の別邸に泊めてもらっていた。

「昨日はお楽しみだったの?」
「まだです」
「じゃあ、これからだね」
「もう、ミハルさんったら、新婚さんを揶揄ったらいけないのよ」

 養父はこんな人間だっただろうかと思うのだが、息子には見せない一面があってもおかしくはない。
 養父とシュイの息子、3歳のアキはナホに懐いてぽてぽてと後を付いて回っていた。蕪マンドラゴラを抱っこさせてもらって、潰されてもがいているのを、シュイが助ける。

「うちももう一人くらい欲しいわね、ミハルさん」
「シュイちゃんが望むなら」

 年の差のあるモウコ領の次期領主夫妻もラブラブなようだった。
 結婚資金として貯めていたお金は、合同結婚式でダリアが国から資金を出したので丸々余っている。
 家もあるし、イサギも学校を出れば薬草学者として給料が上がるし、エドヴァルドの給料もある。ナホとイサギとエドヴァルドの3人で暮らすには、十分すぎる収入が今ですらあるのに、マンドラゴラ品評会で得た収入は分不相応のような気がしていたイサギは、ナホと遊ぶアキの姿を見て、思い付いたことがあった。

「使わんかった結婚資金は、ナホちゃんと同じ境遇の子が引き取られた施設に寄付せえへん?」

 ナホを攫った窃盗団は、同じように親のいない子どもを攫って自分たちの思いのままになるように育てていた。魔術の才能があるからこそ、結界の張られた貴族の屋敷に盗みに入ることを教え込まれた彼らが、正しい道に進んで、その能力を活かせるようにしてやりたい。
 育てるのはナホ一人しかできないが、他の子もイサギの胸にはずっと引っかかっていた。

「俺も、母親にサナちゃんを暗殺するように教育されたけど、俺の意思やなかった。幸運にも俺は薬草学の才能を見出されて、エドさんとも結婚出来て幸せになれとる。あの子たちにもチャンスを与えてやりたいんや」
「立派な志だと思います。私も賛成です」

 結婚資金として貯めていたお金を、セイリュウ領に戻ってからサナに預けて、ナホのいた窃盗団に攫われた子どもたちの施設に寄付してくれるように頼むと、それにサナは更にお金を足した。

「お前が『勇者』とか『四天王』とか言うて、追い剥ぎした分や。これでええやろ、エドヴァルドはん」
「あなたは素晴らしい領主です。尊敬します」

 憮然として金を受け取り寄付することを約束したサナを、レンがレイナを抱いて、カナエがレオの手を引いて見守っている。
 仕事を終えて家に戻ったイサギに、エドヴァルドは夕食を食べてから、ナホを先に風呂に入れて、寝かしつけてから、イサギの手を取った。

「もう、良いですよね?」
「え、エドさん?」
「あなたを私のものに、私をあなたのものに、していいですよね?」

 エドヴァルドにバスルームに招かれて、熱っぽい瞳で囁かれ、イサギは鼻血が出そうになりながら、「ひゃい」と返事をした。
 二人の新婚生活は始まったばかり。
 翌日、イサギは鼻血の出し過ぎで寝込んでいたが、幸せににやける様子を、エドヴァルドがそっと見守っていた。
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