魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

11.交換条件

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 レオシュが獣人の国の国王陛下の息子だということを認めたつもりはなかった。アデーラにとってはレオシュは可愛い子猫ちゃんで、レオシュ本人も自分は子猫ちゃんだと主張する。可愛い小さな息子をアデーラは愛していたし、レオシュもアデーラのことを「まっま」と呼んで慕ってくれている。
 それはそれとして、レオシュのことについてアデーラには知りたいことがあった。刺繍を終えた子ども用の小さめのハンカチを四枚縫い終えて、朝ご飯の後で足元に玩具を寄せて遊んでいたレオシュを抱き上げると、きゅるきゅるとお腹が鳴る。まだ胃袋の小さいレオシュは朝ご飯と昼ご飯の間に何か食べなければお腹を空かせてしまうのだ。
 ミルクを飲む月齢ではなくなっているのは分かっていたので、海苔を下ろし金に押し付けて切れ目を入れて、ふんわりとご飯を置いて、焼き鮭の解したものを乗せて海苔で挟んで、サンドイッチ風おにぎりを作る。切れ目の入った海苔はレオシュでも簡単に噛み千切れて、両手でサンドイッチ風おにぎりを持ったレオシュはもちゅもちゅと食べていた。
 香りのいい花茶を淹れてあげて、冷まして飲ませると、喉を鳴らして飲んで、また食べている。

「おいちっ! おいちっ!」
「レオシュは好き嫌いがなくて偉いね」
「れー、えりゃい! まっまのまんま、おいちい!」

 アデーラの料理を褒めてくれるレオシュにほっこりとしながら、誤飲をしないようにアデーラはレオシュを注意しつつハンカチにアイロンをかけた。ぴしっとアイロンで真四角に整ったハンカチは縁と真ん中に刺繍がしてある。

「くた? おめめ?」
「これは蔓草だよ。病魔を絡め取って近付けないようにしている。真ん中の青いのは破魔の瞳だ」

 図案を説明するとレオシュは食べ終えてハンカチに触ろうとする。お手手もお口の周りもご飯粒がついていたので、アデーラは手を洗って、口の周りを拭いてからレオシュにハンカチをじっくりと見せてやった。
 ハンカチの縁の蔦模様を指差して、レオシュが自分の肩を押さえる。縫い目が出るようになっている特別製の服の肩には、蔓草が刺繍してあった。

「おんなじ!」
「レオシュが悪い病気に罹らないように、レオシュの服にも同じ模様を刺繍してあるんだよ」
「こえも!」
「レオシュが怪我をしないように破魔の瞳を刺繍しているんだよ」

 胸に刺繍された青い瞳の図案を指差すレオシュは、アデーラの刺繍をよく見ていた。レオシュの服の刺繍と獣人国の上の皇子の刺繍が同じものになったのは偶然ではない。アデーラは最初からレオシュには自分ができる最高の魔法を付与した服を着せていたのだ。
 獣人の国の皇子のためのハンカチと遜色のない服を着ているレオシュは、アデーラの愛情に包まれていた。

「やーの、ちた! がぶ! すゆ!」
「レオシュのお口が汚れるから、噛まないでいいよ」
「ふしゃああああああ!」

 馬車が近付く気配だけでも誰が来たか理解して威嚇するレオシュはとても聡い。もしかするとレオシュは体が小さいだけで意外と年齢は大きいのではないだろうか。その疑問を解消すべく、アデーラは獣人の国の国王陛下を家に通した。
 レオシュは全身の毛を逆立てて警戒している。

「あぁ、レオシュ。今日は会えた」
「ふしゃああああああ! ちやい! れー、やーの!」
「私はレオシュの父親なんだよ?」
「まっま! まっま、すち!」

 アデーラは好きで獣人の国の国王陛下は嫌いだとはっきり言うレオシュに、国王陛下が落ち込んで俯いている。落ち込んでいようがレオシュの顔が見られただけ幸せだろうと、アデーラは縫い上げた四枚のハンカチを差し出した。

「これを上の皇子様に持って行ってください」
「ありがとうございます。なんとお礼をすればいいか」
「お礼をするつもりなら、レオシュの誕生日を教えてもらえませんか?」

 レオシュが獣人の国の皇子だとすれば、国王陛下は誕生日を知っているのではないか。アデーラはレオシュの誕生日を祝いたかったのだ。

「レオシュの誕生日は半月ほど前ですが」
「えええええ!?」

 国王陛下の返事にアデーラは思わず大きな声を出してしまった。可愛いレオシュの2歳のお誕生日を祝うつもりだったのに、もうそれが過ぎていたなんて。

「レオシュ……あなたはもう2歳だったみたいだ」
「れー、にちゅ!」
「二つ、だね」
「ふたちゅ!」

 誇らしげに鼻の穴を膨らませて右手の人差し指と左手の人差し指、一本ずつ立てて、二本指を立ててみせるレオシュにアデーラが額に手を当てる。

「二つ指が立てられないから、両手で表現するなんて、うちの子天才……」
「れー、てんたい? てんたい、なぁに?」
「頭がいいってことだよ。レオシュはとても賢い」
「れー、かちこい! まっま、れー、すち?」
「大好きだよ。レオシュはこの世で一番可愛い」

 抱き締めて頬を摺り寄せているのを、じっと見ている水色の目がある。レオシュと同じ銀色に黒の混じった髪と黒い縞のある耳と尻尾、レオシュと同じ水色の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「レオシュはこんなに愛されている……」
「親が自分の子どもを愛するのは当然でしょう?」
「レオシュがこんなに幸せそうにしている……レオシュはここにいた方が幸せなのではないでしょうか」

 呟く国王陛下に、アデーラが目を丸くする。

「何を当然のことを言っているんですか? 私とダーシャという二人の母親に愛されて、ブランカとエリシュカという二人の祖母に愛されて、レオシュが幸せでないわけがないでしょう。そりゃ、思春期になれば母親や祖母の言葉はうるさく感じられて、この森を出て行くかもしれない。そのときまでは、私は命を懸けてでもこの子を守るつもりですよ」

 それが親というものでしょう。
 アデーラの言葉に獣人の国の国王陛下は顔を覆う。

「アデーラ殿、一度我が国に来てはくれませんか?」
「何故、私が?」
「上の皇子、ルカーシュはずっと臥せっているのです。私ができることは魔女様に頼ることしかない。どんなことでも致します。ルカーシュの体調がよくなるように魔法をかけて欲しいのです」

 必死になる国王陛下の気持ちがアデーラにも分からなくはなかった。アデーラは少し国王陛下を試してみることにした。

「何でもすると仰いましたね?」
「はい、私にできることならば」
「それでは、上の皇子も私の息子にもらえますか?」

 アデーラの問いかけに顔を覆っていた国王陛下が弾かれたように顔を上げる。涙と洟でぐしゃぐしゃの顔で、呆然とアデーラを見ている。

「あなたは、私の下の息子を奪って、上の息子まで奪うつもりですか?」
「何でもすると仰ったではないですか。それとも、息子の命は惜しくないと仰るのですか?」

 究極の選択を国王陛下は突き付けられていた。アデーラが王宮に参じて、上の皇子の様子を見れば、上の皇子は助かるかもしれないが、国王陛下はたった一人になってしまった息子を奪われることになる。

「私の母の一人は優秀な魔法医です。異国の宮廷に仕えています。その子の祖母となればどんなことをしてでもその子を健康にすることでしょう」
「あの子が健康になる……」
「一人で部屋に閉じこもって、父親にも会わず、母親は亡くなっていて、一人寂しく死んでいくのと、魔女の子どもとなるのとどちらがいいか、よくお考えになるのですね」

 考える時間はしっかりと与えるつもりだったから、アデーラはそれだけ言うと国王陛下を外に追い出した。レオシュが水色の丸い目でアデーラを見詰めて来ている。

「まっま、あかたん?」
「赤ちゃんじゃないよ。レオシュのお兄さんかな?」
「にぃに? れーのにぃに?」

 赤ん坊が増えるのかと理解したらしいレオシュに、アデーラは訂正を入れる。兄の存在を知ってレオシュは喜んでいるようだ。

「れーのにぃに、あいたーい」
「会いたいよね」
「あい!」

 兄という存在に憧れているのかうっとりとしているレオシュを抱き締めて、アデーラは今日の晩ご飯のことを考えていた。
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