魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

秋月真鳥

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魔女(男)とこねこ(虎)たん

28.獣人の国へ

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 王宮に離れの棟の準備ができた。王宮に戻ることに関しては、ルカーシュもレオシュも葛藤があったようだ。

「しょうじき、ぼくはおうきゅうがすきではないんだ……。ははうえがしんでしまったし、ちちうえはきてくれなくなったし、うばとかていきょうしは、ぼくにひどいことをした」

 レオシュが王宮を逃げ出してから一年半、ルカーシュが魔女の森で暮らすようになってから一年の年月が経っていた。一年間でルカーシュは魔女の森のアデーラとダーシャの家で伸び伸びと暮らし、毎日レオシュと遊んで体調も大きく崩すことなく、心安らかに健康に育っていた。
 王宮での記憶は母親を亡くした悲しいものと、父親が来てくれなくなった寂しいものと、乳母と家庭教師に健康を害されて大事なものを捨てられたつらいものしか残っていない。
 魔女の森で過ごすことの方がルカーシュにとっては幸せだったに違いなかった。

「れー、ちちーえ、ちらい! まっま、すち! にぃに、すち! だー、すち! えーばぁば、ぶーばぁば、すち!」
「エリシュカ母さんとブランカ母さんとは離れることになるけど、時々里帰りはするつもりだし、この家もそのまま残すつもりだよ」
「このおうちにかえってこられる?」
「帰って来られるわよ。誰かがルカーシュに嫌なことをしたら、みんなで魔女の森の家に帰りましょう」
「ルカーシュもレオシュも約束して。嫌なことがあったら、私かダーシャに絶対に言うんだよ。我慢したり、隠したりしてはいけないよ」
「何があっても私たちはルカーシュとレオシュを守り通すわ。私たちをお母さんとして信頼して」

 アデーラとダーシャの説得があって、レオシュとルカーシュは王宮に戻ることを了承した。
 獣人の国の国王陛下にも、先に条件は告げておいた。

「私たち家族の生活は守られることを前提として、もし私たちに断りなく離れの棟の敷地に入ってきたら、魔女の呪いを受けると思ってください。それは国王陛下、あなたでも例外ではない」
「レオシュとルカーシュの教育は私とアデーラで行います。教師を雇うときには私たちがその教師を見定めます」
「どんな貴族でも、レオシュとルカーシュの血縁でも、レオシュとルカーシュに嫌がらせをした場合には、私たちは即座に魔女の森に帰ります」
「私たちは何と言われようとも気にしないけれど、レオシュとルカーシュの悪口を言ったものは厳罰に処してください」

 淡々とアデーラとダーシャが告げる条件を、国王陛下は文書にしていった。
 魔女に子どもを奪われて、魔女の言うなりになるしかなくなったと噂される獣人の国の国王陛下は、全ての条件を飲むことを誓って、レオシュとルカーシュを王宮に招いた。
 秋も終わりに近付いた日に、ダーシャの移転の魔法でアデーラとダーシャとレオシュとルカーシュは王宮に向かった。王宮の離れの棟は宮殿の南側にあって、北にある門とは正反対の方向で奥まった場所だった。
 アデーラの出した条件通りに日当たりのいい場所で、そこそこ広い庭があって、王宮の一部だが庭は柵に囲まれて独立しているように見えた。高い柵にアデーラが手を翳すと、魔法の蔦が伸びていく。侵入者を許さず絡めとる蔦だ。
 ダーシャは丁寧に庭と離れの棟に結界を張っていた。
 家の中に入る前は緊張していたルカーシュとレオシュだったが、部屋を見ていって目を輝かせる。

「まじょのもりのおうちとおなじだ」
「おんなじねー」

 家具は豪華なものが整えられているが、リビングと繋がった日当たりのいい子ども部屋。子ども部屋の窓から見えるウッドデッキ。二階のアデーラの寝室とダーシャの寝室。広さは違っているがレオシュとルカーシュが過ごしたアデーラとダーシャの家と配置が同じだった。
 子ども部屋の玩具はレオシュとルカーシュのためにアデーラとダーシャの家から持ってきている。枕カバーも布団カバーもシーツもベッドカバーも、アデーラとダーシャの家と同じものをアデーラが縫って作っていた。

「うばは、いないの?」
「いないわよ。私とアデーラとレオシュとルカーシュだけよ」
「家庭教師は来るかもしれないけれど、新しいひとを頼むし、私たちがちゃんと精査するよ」
「まっま、いっちょ! だー、いっちょ! にぃに、いっちょ!」

 緊張していたルカーシュもレオシュもすっかりこの棟が気に入ったようだった。ウッドデッキに出ると、雨に濡れない場所にレオシュの三輪車も置いてある。

「にぃに、あそぼ!」
「レオシュ、なにをしてあそぶ?」
「れー、えーばぁば。にぃに、げんき? する」
「おいしゃさんごっこだね」

 ウッドデッキで遊び始めるルカーシュとレオシュを見ながら、アデーラはウッドデッキにテーブルと椅子を出して縫物を始める。煩わしい行事にルカーシュとレオシュを出すつもりはなかったが、この国に皇子が帰って来たことは国王陛下がはっきりと宣言しなければいけないことだった。儀式のための服をできるだけ肌触りがいいように縫っていく。

「肌着を着れば、レオシュも短時間なら我慢できるかな……」
「まっま、むつかちいおかお」
「レオシュは、私のお願いを聞いてくれる?」
「なぁに?」

 縫い上がった刺繍のされたシャツと細身のズボンに針が残っていないのを確かめて、糸の始末をして、アデーラはレオシュに着せてみる。襟がガサガサするから嫌なのか、レオシュは首を指で引っ掻いている。一番上のボタンを外して、首に柔らかなスカーフを巻くと、レオシュがなんとか我慢ができたようだ。

「まっま、れーにつくってくれたの?」
「そうだよ。レオシュはそれを着て、国民の皆様にご挨拶をしないといけない」
「ごあいさつ? まっまは?」
「一緒に行くつもりだけど、あまりあの国王陛下とは並びたくないんだよなぁ」

 正直な気持ちを口にすると、レオシュが首を傾げている。獣人の国の国王陛下は魔女に魅了されたのだと勘違いしている輩がいるのは確かなのだ。アデーラは男性なのでそれほど目立たないかもしれないが、ダーシャは女性だから、国王陛下の後妻に入って国を乗っ取ろうとしているとか勘繰られてもおかしくはない。
 そんなことになるのは嫌なのだが、ルカーシュとレオシュを国王陛下だけに任せることはアデーラもダーシャもできなかった。

「ダーシャ、嫌な思いをするかもしれない」

 魔女の森の家よりも広い庭の様子を見て回っているルカーシュの様子を見ていたダーシャに言えば、ダーシャはころころと笑う。

「そんなこと、覚悟の上よ」

 魔女として厭われることは覚悟して生きなければいけない。それが王宮というものなのだとダーシャは分かっている。
 ルカーシュも呼んで、刺繍の施されたシャツと細いズボンを着せると、窮屈そうにしている。

「レオシュとルカーシュは、行事の間、その格好で我慢できそう?」
「ちょっと、しっぽをだすあながせまくてきゅうくつかな」
「もう少し拡げようね。他に嫌なところはない?」
「シャツのくびがくるしい」
「ボタンを開けても美しく見えるデザインに変えよう」

 ルカーシュからは具体的に注文が取れたので、アデーラは服を修正していく。ジャケットも作って、その襟の上に白い刺繍をされたシャツの襟が乗るようなデザインにすると、首回りも苦しくなくて、美しい正装が出来上がった。
 正装に着替えたレオシュとルカーシュを柵の外で国王陛下が待っている。
 アデーラはレオシュを抱き上げ、ダーシャはルカーシュの手を引いて国王陛下の元に出向いた。
 王宮のバルコニーに行けば、獣人の国の様々な獣人の国民が国王陛下一家を見詰めている。

「私、ミロシュ・ブラーハは亡き妻リリアナをただ一人の伴侶とし、今後再婚することは決してないと誓う」

 始めに宣言する国王陛下に国民からどよめきが起きる。
 それを遮るように国王陛下は宣言を続ける。

「息子のルカーシュとレオシュは、魔女の森からおいでくださった、アデーラ殿とダーシャ殿に養育を任せることとする。アデーラ殿とダーシャ殿に異存のあるものは、国王へ異存があるものとして取り扱う」

 国王陛下の言葉に、国民たちから不満の声が上がる。

「魔女に国を乗っ取られるのか!」
「魔女に従うつもりか!」

 その声に国王陛下は凛と顔を上げた。

「私はリリアナの死を悼むあまり、息子たちを放置した。父親として正しい行いをできなかった私の代わりに、アデーラ殿とダーシャ殿が息子たちを育ててくれて、息子たちは命を救われた。息子たちが健やかに心安く育つためには、アデーラ殿とダーシャ殿の力が不可欠だと私は思っている。この国は魔女に従うわけではない。魔女がこの国を支えてくれるのだ」

 獣人の国が魔女に守られる国になる。
 その宣言は国民の声を変えた。不満は聞こえなくなったバルコニーで、ルカーシュが一生懸命手を振って、レオシュはアデーラに抱っこされて固まっている。
 獣人の国の新しい第一歩が踏み出された瞬間だった。
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