転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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一章 セラフィナ誕生

14.アルベルトの涙

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 生まれ変わってこれで二年。
 わたくしは順調に育っていた。
 制御の利かない感情や、うまく動かせない体、上手に喋れない口など、困ることも多かったが、それでも何とか乗り越えてきた。

 たった一つだけ、乗り越えるのが困難なことがあった。

「じぇったー!」

 お茶会の途中でリヴィア嬢がオムツをポンポンと叩いて、乳母に示している。
 オムツが汚れたということなのだろう。

「上手に言えましたね、リヴィア」
「オムツを替えてもらいましょうね」

 リヴィア嬢はアルマンドール公爵夫妻に褒められている。
 二歳半になるのだろうが、出たときにちゃんと褒めれば、そのうちお手洗いでの排泄に繋がると分かっているのだろう。

 これがわたくしには恥ずかしくてうまく言えない。
 二歳児なのだからオムツをしているのは当然なのだが、排泄をしたことを伝えるのが十五歳の精神では恥ずかしすぎるのだ。

 オムツ替えにリヴィア嬢が連れて行かれるのを見て、乳母がそっとわたくしに聞いてくる。

「セラフィナ殿下、お手洗いに行かれますか?」
「あい!」

 その代わりに、わたくしはお手洗いでの排泄ができるだけできるように心がけていた。二歳の体はまだ未発達なので漏らしてしまうことはよくある。それで泣いてしまうこともあるのだが、乳母が気を付けてわたくしをお手洗いに誘ってくれるようになってから、漏らす回数は格段に減った。
 お手洗いで用を済ませて戻ってきたわたくしに、お父様とお母様とラファエルお兄様が褒めてくれる。

「お手洗いでできたのか、すごいな」
「セラフィナは天才ですね」
「天才の上にかわいいなんて、素晴らしいですね」

 お手洗いに行っただけで褒められる二歳児。
 前世との違いに驚いてしまう。

「お茶の時間にオムツの話などしてしまって申し訳ありません」
「いやいや、セラフィナもお手洗いに行けた。気にすることはない」

 アルマンドール公爵はお父様に謝っているが、お父様は気にした様子はなかった。
 お茶も飲み終わってお菓子も食べ終わると、わたくしはアルベルト様に近寄って行った。アルベルト様はお茶会の席でずっと静かだった。
 アルベルト様の琥珀色の目には何が映っているのだろう。

 窓際の席で窓の外を見ていたアルベルト様は、わたくしが来たのに気付いて、わたくしを抱き上げた。
 アルベルト様の膝の上に抱っこされて、わたくしはぺたぺたとアルベルト様の頬に触れる。まだ顔色が悪いような気がする。クラリッサが死んでからやっと二年経ったところなのだから、まだアルベルト様が心に傷を抱えていても仕方がない。

「お天気もいいですし、外を少し歩こうか」

 お父様が提案して、わたくしたちは外をお散歩することになった。
 わたくしがアルベルト様から離れなかったのでアルベルト様はわたくしを抱っこしたまま庭を散歩する。
 途中でわたくしは手足をじたばたさせて降ろしてほしい旨を示した。
 アルベルト様に降ろされると、硬い革の靴でよちよちと歩き、庭に生えていたタンポポを摘み取る。タンポポをアルベルト様に差し出すと、アルベルト様は受け取ってくれた。

「わたしにも、花をくれたひとがいたのですよ、セラフィナ殿下……」
「アルたま?」
「わたしは……そのひとを死なせてしまった。わたしは許されることがない」

 小さく独白のように呟くアルベルト様の目が潤んでいて、わたくしはアルベルト様の足にぎゅっと抱き着いた。

「アルたま、わるくない! アルたま、いいこ!」

 アルベルト様は何も悪くない。アルベルト様が気にすることではないと伝えようとしたら、アルベルト様の琥珀色の目から涙がほろりと零れる。わたくしはアルベルト様が泣いたのを見たのはどれくらいぶりだろう。
 わたくしが死んでいくときにアルベルト様は泣いていたような気がするが、あれはきちんと見えなかったので数えないとして、アルベルト様はずっと自分の中で耐えているタイプで、感情を表に出すことがなかった。

「アルベルト、セラフィナとの散歩はどうかな?」

 ラファエルお兄様に声をかけられて、アルベルト様は一粒だけ零した涙を拭いて何ごともなかったかのように振る舞ってしまう。
 まだ二歳でよく分かっていないわたくしには弱音は吐けても、ラファエルお兄様には弱音を吐けないのだ。

 わたくしがこのか弱く小さな体で生まれてきたことに意味があったような気になる。
 アルベルト様がわたくしにだけ弱音を吐けるのならば、わたくしはそれを聞いてアルベルト様を幼いなりに慰めることができるのではないだろうか。

「アルたま、すち! たのちい!」
「セラフィナはアルベルトが好きなのか。妬けてしまうね」

 苦笑するラファエルお兄様に、アルベルト様が首を振る。

「セラフィナ殿下はよく分からずに言っているのですよ」
「そうかな? セラフィナはかなり賢いと思うのだけれど」
「確かに、賢いですね……」

 先ほどのわたくしの言葉を聞いてアルベルト様は考えを変えたのだろうか。
 アルベルト様にもっとたくさん言葉をかけたかったけれど、わたくしが話せるのはそれくらいで、わたくしはもっとお喋りの練習をしなければいけないと考えていた。

 お茶会が終わってから、子ども部屋に移動してわたくしはリヴィア嬢と遊んだ。
 リヴィア嬢もお人形を持ってきていて、それを見せてくれた。
 お人形の服を脱がせたのはいいのだが、着せることができないリヴィア嬢は、アンリエット嬢に助けを求めていた。

「ねぇね、ちて」
「どの服を着せますか?」
「これ!」
「それでは、これを着せましょうね」

 アンリエット嬢は丁寧にリヴィア嬢に聞いて対応している。
 わたくしもお人形の着替えをさせたかったが、一人では難しいので、ラファエルお兄様に頼むことにした。ラファエルお兄様はもう十二歳の男の子だが、恥ずかしくはないのだろうかとは気になるが、ラファエルお兄様以外の適任が見付からなかったので仕方がない。

「にぃに、ちて?」
「どのドレスを着せる?」
「ねんねちるの」
「それじゃ、パジャマだね」

 お人形にパジャマを着せてくれたラファエルお兄様に「あいがちょ」とお礼を言って、わたくしはお人形にお布団をかけて寝かせた。お人形のセットにはお布団までついていた。

「ねぇね、ちっち、じぇる」
「お手洗いを貸していただきましょう。すみません、リヴィアにお手洗いを貸していただけますか?」

 オムツをぽんぽんと叩いて自己主張するリヴィア嬢に、わたくしもお手洗いに行きたい気分になってしまった。
 リヴィア嬢の後について行くと、乳母が気付いて、リヴィア嬢の後でわたくしをお手洗いに座らせてくれる。まだ体が小さいので乳母に支えられていないと座っていられないのだが、お手洗いで排泄ができるということはわたくしの十五歳の自尊心を傷付けないでいられる。
 リヴィア嬢の方に直接的に表現はできないが、わたくしなりにお手洗いに行きたいということも伝えられるようになっていた。

「セラフィナもリヴィア嬢も素晴らしいね」
「お手洗いがこんなに小さくても使えるなんて思いませんでしたわ。ラファエルはもっと年齢が上がるまで無理でした」
「母上、わたしのことは言わないでください」

 お手洗いから戻ってきたわたくしとリヴィア嬢をお父様とお母様が褒めているが、話題に出されたラファエルお兄様は恥ずかしそうだった。

 アルベルト様は相変わらず暗い表情で言葉を発していなかったし、ベルンハルト公爵夫妻も静かにしていたが、アルベルト様の気持ちを慮ってのことかもしれない。
 セラフィナとしてのわたくしにとっては誕生日ではあるのだが、クラリッサとしてのわたくしにとっては、命日の翌日なのである。

 アルベルト様が事故に遭った日の翌日だということは分かっているはずなので、お父様もお母様もラファエルお兄様も無理にアルベルト様やベルンハルト公爵夫妻に話しかけなかった。
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