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一章 セラフィナ誕生
20.琥珀色のリボン
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アルベルト様が来られたのは、ラファエルお兄様が学園に入学してから二か月が経とうとしていた日だった。
アルベルト様はラファエルお兄様の学友なのだから、宮殿に来るときにはラファエルお兄様に用があるのだと思い込んでいたが、そうではない様子だった。ラファエルお兄様もアルベルト様を迎えていたが、アルベルト様はわたくしに用があったのだ。
「セラフィナ殿下にお会いしたくて来ました。このリボン、母がドレスを誂える際に、仕立て職人が持ってきていたのを見て、セラフィナ殿下がリボンがお好きだったと思い出したのです。ガーベラの花をお渡ししたとき、リボンを気に入って髪につけていましたよね」
お茶会でガーベラの花をもらったとき、金色のリボンが嬉しくて、その場で髪につけていたのをアルベルト様は覚えていたようだ。
アルベルト様が差し出した箱の中には色とりどりのリボンがきれいに巻かれて入れられている。その種類は六種類あった。
箱を覗き込んでわたくしは目を輝かせる。
どれも艶々としたサテンのリボンで、赤、青、黄色、緑、紫、茶色と太さも長さも揃えられていた。
「かーいーね。あいがちょごじゃます」
「どういたしまして。どれがお好きですか?」
問いかけられてわたくしは悩んでしまう。
わたくしの髪は生まれてから一度も切ったことがないので、前髪が伸びすぎていて目にかかるので、頭頂部で結んでいるか、細い三つ編みにして横に編み込んでいるかがいつももスタイルだ。どっちにしろリボンは使うのでどれだけあっても困らない。
茶色の色味が少し薄くて、アルベルト様の琥珀色の目に似ているような気がして、わたくしはそれを指差した。
「こえが、いーの」
「リボンを結びましょうか?」
「アルたま、できうの!?」
よく考えればアルベルト様も髪は長めに伸ばしている。それを結んでいることが多いので、リボンくらい結べるだろう。
「それでは、失礼して」
アルベルト様がわたくしの髪のリボンを解いて、茶色のリボンで結び直してくれる。アルベルト様の色を身に付けたような気分になっているわたくしに、ラファエルお兄様が大きなため息をついた。
「なにこれ。アルベルトはセラフィナに自分の色を身に付けさせたかったの?」
「そういうつもりはありませんでしたが、確かにわたしの目の色と似ていますね」
「セラフィナも嬉々としてその色を選んじゃうし! 自分の色を身に付けさせるって、恋人同士、婚約者同士がすることだよ!? にぃには、セラフィナを渡さないからね!」
「落ち着いてください、ラファエル殿下。セラフィナ殿下はまだ二歳です」
「でも、アルベルトは十二歳だ。婚約してもいい年齢だ」
ラファエルお兄様の言葉にわたくしはそうだったと思い出す。
アルベルト様は婚約や結婚をしないと言っていたが、公爵家の嫡男として、婚約してもおかしくはない年齢なのだ。
「わたしもアンリエット嬢に金色のリボンでも渡してみるかな……」
「アンリエット嬢は喜ぶでしょうね」
「セラフィナはにぃにが好きなんでしょ? にぃにの髪の色の赤を選んでほしかった」
「あちた、あかにすゆ」
「本当? 約束だよ」
珍しく子どもっぽく拗ねているラファエルお兄様もかわいくて、わたくしはくすくすと笑ってしまった。わたくしが笑うと、アルベルト様も笑っている。
「セラフィナ殿下はわたしの色とは思っていないでしょうし、わたしも自分の色だとは気付いていませんでした」
「そうだよね。セラフィナは二歳だもんね」
それでやっとラファエルお兄様は納得してくれたが、わたくしがアルベルト様の色を意識していたのは間違いなかった。アルベルト様の目の色に似ていると思ったから身に付けたいと思った。
わたくしはアルベルト様の恋人でもないし、婚約者でもないのに。
前世でアルベルト様のメイドで、アルベルト様のことは弟のようにかわいいと思っていたが、恋心があったわけではなかった。年が五つも離れていたのだ。その年代の五つというのはとても大きなもので、恋愛対象になるはずがなかった。
今世ではアルベルト様とは年が十も離れている。今世こそアルベルト様と恋愛関係になるわけがないと分かっているが、貴族や皇族の政略結婚では年の差があるのはそれほどおかしくもないことだとも気付いてしまう。それは、大きくなってからの話で、今はとても年齢差がありすぎて恋愛対象になどならないだろう。
それならば、なぜアルベルト様はわたくしにリボンを持って来てくれたのだろうか。
学友の妹がリボンが好きで、ガーベラの花を贈ったときにリボンを髪に結んでいたのを思い出して、リボンを見たからプレゼントしてくれようと思った。それ自体に不自然なことはない。誕生日でも、何かのお礼でもないのに、プレゼントをするということがちょっと不自然に感じられるだけで。
「アルベルト、セラフィナと婚約したいなんて言わないよね? それなら、わたしは受けて立つよ?」
「ラファエル殿下、物騒なことはやめてください。セラフィナ殿下はまだ二歳で小さすぎます」
「十年後にはセラフィナは十二歳で、学園に入学する。そのときには、アルベルトは二十二歳だ」
「年の差がありすぎます」
「皇族の政略結婚ならばあり得ない話ではない」
「ラファエル殿下は暴走しすぎです。わたしとセラフィナ殿下の間にそんなことあるわけないじゃないですか」
あるわけないと断言されてしまった。
それはそれで複雑な気持ちになる。
アルベルト様は婚約や結婚を拒んでいて、今はとてもそんな気持ちにならないのかもしれないが、いつかはベルンハルト公爵家の嫡男として婚約者を持ち、結婚もさせられるだろう。
結婚すら貴族にとっては義務なのだ。
お父様とお母様のように学園で愛を育んで結婚するような恋愛結婚はとても稀で、ほとんどが親の決めた愛のない結婚を強いられる。
アルベルト様が十八歳で成人するときに、わたくしはまだ八歳。アルベルト様の婚約者になりたいわけではないが、なれるはずもないと実感してしまうとなんだか胸がもやもやした。
「わたくち、にぃにとけこんちる!」
「セラフィナ!? やっぱりそうだよね。セラフィナはわたしが大好きだよね」
「にぃに、すち!」
二歳児としては正解であろう発言をしておくと、暴走したラファエルお兄様も落ち着いてくれたようだ。
もちろん、兄妹は結婚できないと知っているし、ラファエルお兄様にはアンリエット嬢がいることも分かっている。それでも、ラファエルお兄様の心象をよくしたくて、わたくしは無邪気を装っていた。
「ほら、ラファエル殿下、セラフィナ殿下はわたしなど眼中にありません」
「そのようだね。疑って悪かった。アルベルトがセラフィナに会いたいなんて来るから、びっくりしちゃった」
それはわたくしもびっくりした。
アルベルト様はラファエルお兄様の学友で、わたくしはあくまでも学友であるラファエルお兄様の妹というポジションだと思っていたのだ。
二歳児に会いたいから来るだなんて想像もしないだろう。
「セラフィナ殿下といると、わたしは癒されるのです」
「分かる。セラフィナは天使だから癒しのオーラが出てるよね!」
「またセラフィナ殿下に会いに来ていいですか?」
「わたしも同席するんだったらいいよ」
ラファエルお兄様の嫉妬もかわいいものだが、アルベルト様がまたわたくしに会いに来てくれると聞いて、わたくしはリボンの箱を開けたときのようなドキドキが胸に蘇った。
次はいつ来てくれるのだろう。
クラリッサとしてではなく、セラフィナとしてアルベルト様に会うのが楽しみになっていることにわたくしは気付いた。
アルベルト様はラファエルお兄様の学友なのだから、宮殿に来るときにはラファエルお兄様に用があるのだと思い込んでいたが、そうではない様子だった。ラファエルお兄様もアルベルト様を迎えていたが、アルベルト様はわたくしに用があったのだ。
「セラフィナ殿下にお会いしたくて来ました。このリボン、母がドレスを誂える際に、仕立て職人が持ってきていたのを見て、セラフィナ殿下がリボンがお好きだったと思い出したのです。ガーベラの花をお渡ししたとき、リボンを気に入って髪につけていましたよね」
お茶会でガーベラの花をもらったとき、金色のリボンが嬉しくて、その場で髪につけていたのをアルベルト様は覚えていたようだ。
アルベルト様が差し出した箱の中には色とりどりのリボンがきれいに巻かれて入れられている。その種類は六種類あった。
箱を覗き込んでわたくしは目を輝かせる。
どれも艶々としたサテンのリボンで、赤、青、黄色、緑、紫、茶色と太さも長さも揃えられていた。
「かーいーね。あいがちょごじゃます」
「どういたしまして。どれがお好きですか?」
問いかけられてわたくしは悩んでしまう。
わたくしの髪は生まれてから一度も切ったことがないので、前髪が伸びすぎていて目にかかるので、頭頂部で結んでいるか、細い三つ編みにして横に編み込んでいるかがいつももスタイルだ。どっちにしろリボンは使うのでどれだけあっても困らない。
茶色の色味が少し薄くて、アルベルト様の琥珀色の目に似ているような気がして、わたくしはそれを指差した。
「こえが、いーの」
「リボンを結びましょうか?」
「アルたま、できうの!?」
よく考えればアルベルト様も髪は長めに伸ばしている。それを結んでいることが多いので、リボンくらい結べるだろう。
「それでは、失礼して」
アルベルト様がわたくしの髪のリボンを解いて、茶色のリボンで結び直してくれる。アルベルト様の色を身に付けたような気分になっているわたくしに、ラファエルお兄様が大きなため息をついた。
「なにこれ。アルベルトはセラフィナに自分の色を身に付けさせたかったの?」
「そういうつもりはありませんでしたが、確かにわたしの目の色と似ていますね」
「セラフィナも嬉々としてその色を選んじゃうし! 自分の色を身に付けさせるって、恋人同士、婚約者同士がすることだよ!? にぃには、セラフィナを渡さないからね!」
「落ち着いてください、ラファエル殿下。セラフィナ殿下はまだ二歳です」
「でも、アルベルトは十二歳だ。婚約してもいい年齢だ」
ラファエルお兄様の言葉にわたくしはそうだったと思い出す。
アルベルト様は婚約や結婚をしないと言っていたが、公爵家の嫡男として、婚約してもおかしくはない年齢なのだ。
「わたしもアンリエット嬢に金色のリボンでも渡してみるかな……」
「アンリエット嬢は喜ぶでしょうね」
「セラフィナはにぃにが好きなんでしょ? にぃにの髪の色の赤を選んでほしかった」
「あちた、あかにすゆ」
「本当? 約束だよ」
珍しく子どもっぽく拗ねているラファエルお兄様もかわいくて、わたくしはくすくすと笑ってしまった。わたくしが笑うと、アルベルト様も笑っている。
「セラフィナ殿下はわたしの色とは思っていないでしょうし、わたしも自分の色だとは気付いていませんでした」
「そうだよね。セラフィナは二歳だもんね」
それでやっとラファエルお兄様は納得してくれたが、わたくしがアルベルト様の色を意識していたのは間違いなかった。アルベルト様の目の色に似ていると思ったから身に付けたいと思った。
わたくしはアルベルト様の恋人でもないし、婚約者でもないのに。
前世でアルベルト様のメイドで、アルベルト様のことは弟のようにかわいいと思っていたが、恋心があったわけではなかった。年が五つも離れていたのだ。その年代の五つというのはとても大きなもので、恋愛対象になるはずがなかった。
今世ではアルベルト様とは年が十も離れている。今世こそアルベルト様と恋愛関係になるわけがないと分かっているが、貴族や皇族の政略結婚では年の差があるのはそれほどおかしくもないことだとも気付いてしまう。それは、大きくなってからの話で、今はとても年齢差がありすぎて恋愛対象になどならないだろう。
それならば、なぜアルベルト様はわたくしにリボンを持って来てくれたのだろうか。
学友の妹がリボンが好きで、ガーベラの花を贈ったときにリボンを髪に結んでいたのを思い出して、リボンを見たからプレゼントしてくれようと思った。それ自体に不自然なことはない。誕生日でも、何かのお礼でもないのに、プレゼントをするということがちょっと不自然に感じられるだけで。
「アルベルト、セラフィナと婚約したいなんて言わないよね? それなら、わたしは受けて立つよ?」
「ラファエル殿下、物騒なことはやめてください。セラフィナ殿下はまだ二歳で小さすぎます」
「十年後にはセラフィナは十二歳で、学園に入学する。そのときには、アルベルトは二十二歳だ」
「年の差がありすぎます」
「皇族の政略結婚ならばあり得ない話ではない」
「ラファエル殿下は暴走しすぎです。わたしとセラフィナ殿下の間にそんなことあるわけないじゃないですか」
あるわけないと断言されてしまった。
それはそれで複雑な気持ちになる。
アルベルト様は婚約や結婚を拒んでいて、今はとてもそんな気持ちにならないのかもしれないが、いつかはベルンハルト公爵家の嫡男として婚約者を持ち、結婚もさせられるだろう。
結婚すら貴族にとっては義務なのだ。
お父様とお母様のように学園で愛を育んで結婚するような恋愛結婚はとても稀で、ほとんどが親の決めた愛のない結婚を強いられる。
アルベルト様が十八歳で成人するときに、わたくしはまだ八歳。アルベルト様の婚約者になりたいわけではないが、なれるはずもないと実感してしまうとなんだか胸がもやもやした。
「わたくち、にぃにとけこんちる!」
「セラフィナ!? やっぱりそうだよね。セラフィナはわたしが大好きだよね」
「にぃに、すち!」
二歳児としては正解であろう発言をしておくと、暴走したラファエルお兄様も落ち着いてくれたようだ。
もちろん、兄妹は結婚できないと知っているし、ラファエルお兄様にはアンリエット嬢がいることも分かっている。それでも、ラファエルお兄様の心象をよくしたくて、わたくしは無邪気を装っていた。
「ほら、ラファエル殿下、セラフィナ殿下はわたしなど眼中にありません」
「そのようだね。疑って悪かった。アルベルトがセラフィナに会いたいなんて来るから、びっくりしちゃった」
それはわたくしもびっくりした。
アルベルト様はラファエルお兄様の学友で、わたくしはあくまでも学友であるラファエルお兄様の妹というポジションだと思っていたのだ。
二歳児に会いたいから来るだなんて想像もしないだろう。
「セラフィナ殿下といると、わたしは癒されるのです」
「分かる。セラフィナは天使だから癒しのオーラが出てるよね!」
「またセラフィナ殿下に会いに来ていいですか?」
「わたしも同席するんだったらいいよ」
ラファエルお兄様の嫉妬もかわいいものだが、アルベルト様がまたわたくしに会いに来てくれると聞いて、わたくしはリボンの箱を開けたときのようなドキドキが胸に蘇った。
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