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一章 セラフィナ誕生
27.新年のドレスと乳母の名前
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目を覚ましたら、お母様が部屋にいた。
もう少し遊んでいたかった気持ちがないわけではないが、アルベルト様もユリウス様も、アンリエット嬢もニコ様もリヴィア嬢も帰った後だった。
わたくしがベッドから起き上がると、乳母が着替えを手伝ってくれて、わたくしは夕食の席には出ることができた。
その日は家族での夕食の日だった。
お父様もお母様もラファエルお兄様も皇族用の食堂に集まって、夕食を食べた。
宮殿の長い廊下を歩いて向かう食堂は、わたくしには道が全然分からない。いつも向かうティールームへの道も分かっていないのだ。それだけ宮殿は広かったが、わたくしは宮殿の全貌はよく分かっていなかった。
夕食の席でラファエルお兄様はわたくしを心配してくれていた。
「セラフィナ、雪遊びで疲れてしまったんじゃないかな。前みたいに熱を出していない?」
「熱は今のところ大丈夫のようですが、今晩は様子を見てみないと分かりませんね」
「はしゃぎすぎてセラフィナが小さいことを忘れていました」
お母様の言葉にラファエルお兄様が反省している。
「わたくち、とってもたのちかった。リヴィじょう、いっちょにあとべて、たのちかった」
ラファエルお兄様のせいではないと自己主張すると、お父様がわたくしのお口に切ったお肉をひと切れ食べさせた。
「楽しかったのならよかったが、熱を出してはいけないから、今日はたくさん食べて、ゆっくり休みなさい」
「あい」
もぐもぐと肉を咀嚼しながら、わたくしは一生懸命頷いていた。
熱の心配をされていたが、翌日もわたくしは元気に起きてきた。
冷静になって考えると、わたくしは色々なことに気付く。
二歳児のわたくしが例えアルベルト様を好きとか、結婚したいとか言ったとしても、本気にされるわけがない。
アルベルト様も二歳児のわたくしを好きというのは、小さな子どもをかわいがって言っているだけで、恋愛的な好きだったら幼女趣味の変態である。
わたくしはそんなことにも気付けないくらい冷静ではなかったのだ。
それにしても、わたくしはアルベルト様を好きなのだろうか。
好きだとしても告白するまでにはまだまだ時間が必要だし、十年後でも十二歳のわたくしが二十二歳のアルベルト様に好きと言っても、相手にされない気がする。
恋愛感情を持ったとしても、わたくしは非常に不毛なのではないだろうか。
わたくしは二歳児の体だが、十五歳まで生きた記憶がある。だからこそ、こんなことを考えてしまうのだが、アルベルト様にしてみれば、わたくしに好かれたところで、幼児に懐かれたくらいの感想しか持たないのではないだろうか。
前途多難すぎる未来を思って、わたくしはアルベルト様を好きかどうかを考えないようにしていた。
それでも、わたくしは日常的にアルベルト様を思い出させるようなものと接していた。
髪を結ぶたびにアルベルト様のくださったリボンを見て、本棚にはアルベルト様のくださった立派な図鑑が手の届く位置に並んでいて、食後のデザートやお茶の時間には苺の添えられたスイーツを食べる。
アルベルト様はわたくしの生活の中にしっかりと溶け込んでいた。
「アルたま……」
わたくしがアルベルト様のことを考えないようにしようとして、失敗していると、お母様がわたくしに言ってきた。
「セラフィナ、新年のお祝いで着る服を誂えますから、今日は仕立て職人が来ます」
「おかあたま」
「色や好みなど、一緒に見ていきましょうね」
「あい」
仕立て職人が呼ばれて、その日は採寸をして、ドレスのデザインを選ぶことになった。
ドレスの色を考えていると、わたくしはアルベルト様の琥珀色の瞳を思い出してしまう。アルベルト様は黄色っぽい琥珀色ではなくて、少し茶色っぽい琥珀色の目をしている。
茶色っぽい生地をじっと見ていると、お母様がわたくしに聞く。
「セラフィナはその色が好きですか?」
「すち」
「この色のドレスを作りますか?」
お母様に言われて、わたくしは思い出す。
目の色や髪色を身に付けるのは恋人同士だとラファエルお兄様が言っていた。
わたくしはアルベルト様の恋人ではないし、この色がアルベルト様の目の色だということも気付かれないだろうということは分かっていたが、あまりよろしくないのではないかと思ってしまう。
誤解されるようなことはしてはいけないのではないだろうか。
「ちがうの、いーの」
「違うのにしますか?」
「こえ、おかあたまのおめめのいろ」
「菫色もかわいいですね」
話をずらして何とか別の色に誘導しようとしていたのだが、お母様の目は誤魔化せなかった。
「それでは、この薄茶色と菫色で二着ドレスを作りましょうね」
「うつちゃいろ……」
「リボンもこの色がお気に入りでしょう? リボンともよく似合いますよ」
「にちゃくも?」
「わたくしも同じ色でドレスを二着作ります。セラフィナ、お揃いですよ」
「おかあたまとおとろい」
お母様の決定は絶対で、わたくしは薄茶色と菫色のドレスを二着誂えてもらうことになった。
お母様はこの色をわたくしとラファエルお兄様がアルベルト様の目の色と似ていると思っていることを知らないのだ。いや、わたくしは口に出していないから、アルベルト様の目の色と似ている思っていることはラファエルお兄様も知らないのかもしれない。
二歳児なのでまだまだ上手に発音できる単語が少なく、説明ができていないのが幸いしたかもしれない。
新年のお祝いの式典にはわたくしは小さすぎて出られないだろうけれど、お父様とお母様とラファエルお兄様と新年を過ごすときにそのドレスを着るだろう。新年近くにアルベルト様が来たときにも着るかもしれない。
現在のわたくしの着替えは、乳母が用意してくれているものを着せてもらっている状態だが、乳母もわたくしが違うものがいいと自己主張すると変えてくれることがある。
アルベルト様の前では薄茶色のドレスは着ない方がいいのか、着た方がいいのか、よく分からない。
アルベルト様を喜ばせたい気持ちもあるが、ラファエルお兄様から何か言われるのは恥ずかしい気持ちもある。
二歳ながらにドレスの色にこんなに悩んでしまうとは思わなかった。
「ちんねんのちきてん、わたくち、でる?」
「セラフィナはお留守番ですね。セラフィナのかわいさを世界中に見せつけたいのですが、セラフィナは式典に参加すると疲れすぎますし、複数のひとと接触するので病気をもらう可能性もあります」
「おかあたまは!?」
病気をもらうのだったらお母様も妊娠中だから心配である。
わたくしが声を上げると、お母様は安心させるようにわたくしを抱き締めて話してくれる。
「わたくしは大人ですし、少しの時間なら大丈夫です。わたくしの妊娠をお父様が発表したら、下がろうと思っています。セラフィナは優しいですね」
「おかあたま、あかたん、だいじ」
「はい。気を付けますね」
お母様のまだ目立たないお腹をそっと撫でると、お母様がわたくしを膝の上に抱き上げてソファに座る。膝の上に抱き上げられると、わたくしはお母様にしっかりと抱き着く。
お母様は石鹸のいい香りがした。
香水は付けていないので、臭いと思うこともない。
お父様も香水は付ける主義ではない。
毎日お風呂に入っているようなので、いつも清潔な匂いがする。
わたくしも毎日お風呂に入れてもらっている。
「おかあたま、あかたんきたら、うば、たいへん?」
「セラフィナの乳母とは違う乳母が来ますよ。そういえば、セラフィナも乳母の名前を呼べるようになってきましたね。乳母が二人になるとややこしいので、名前を覚えましょうか」
「あい」
生まれてくる赤ちゃんのためには、新しい乳母が雇われるようだ。
わたくしが安心していると、お母様が乳母を呼ぶ。
わたくしが生まれたときから世話をしてくれている乳母は、すぐに来てわたくしに名乗った。
「セラフィナ殿下、わたくしは、マティルダ・ノエルと申します」
「マティルダさんとお呼びしましょうね」
「マティルダたん!」
これまでは乳母の名前を呼ぶことができなかったので、乳母としか認識していなかったが、乳母の名前はマティルダさんだった。マティルダさんの名前をしっかりと覚えて、これからは名前で呼ぼうとわたくしは決める。
「マティルダたん、こえからもよろちくおねちまつ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
優しくて細やかでいつもそばにいてくれる乳母。
乳母がわたくしにより近い存在になった気がしてわたくしは嬉しかった。
もう少し遊んでいたかった気持ちがないわけではないが、アルベルト様もユリウス様も、アンリエット嬢もニコ様もリヴィア嬢も帰った後だった。
わたくしがベッドから起き上がると、乳母が着替えを手伝ってくれて、わたくしは夕食の席には出ることができた。
その日は家族での夕食の日だった。
お父様もお母様もラファエルお兄様も皇族用の食堂に集まって、夕食を食べた。
宮殿の長い廊下を歩いて向かう食堂は、わたくしには道が全然分からない。いつも向かうティールームへの道も分かっていないのだ。それだけ宮殿は広かったが、わたくしは宮殿の全貌はよく分かっていなかった。
夕食の席でラファエルお兄様はわたくしを心配してくれていた。
「セラフィナ、雪遊びで疲れてしまったんじゃないかな。前みたいに熱を出していない?」
「熱は今のところ大丈夫のようですが、今晩は様子を見てみないと分かりませんね」
「はしゃぎすぎてセラフィナが小さいことを忘れていました」
お母様の言葉にラファエルお兄様が反省している。
「わたくち、とってもたのちかった。リヴィじょう、いっちょにあとべて、たのちかった」
ラファエルお兄様のせいではないと自己主張すると、お父様がわたくしのお口に切ったお肉をひと切れ食べさせた。
「楽しかったのならよかったが、熱を出してはいけないから、今日はたくさん食べて、ゆっくり休みなさい」
「あい」
もぐもぐと肉を咀嚼しながら、わたくしは一生懸命頷いていた。
熱の心配をされていたが、翌日もわたくしは元気に起きてきた。
冷静になって考えると、わたくしは色々なことに気付く。
二歳児のわたくしが例えアルベルト様を好きとか、結婚したいとか言ったとしても、本気にされるわけがない。
アルベルト様も二歳児のわたくしを好きというのは、小さな子どもをかわいがって言っているだけで、恋愛的な好きだったら幼女趣味の変態である。
わたくしはそんなことにも気付けないくらい冷静ではなかったのだ。
それにしても、わたくしはアルベルト様を好きなのだろうか。
好きだとしても告白するまでにはまだまだ時間が必要だし、十年後でも十二歳のわたくしが二十二歳のアルベルト様に好きと言っても、相手にされない気がする。
恋愛感情を持ったとしても、わたくしは非常に不毛なのではないだろうか。
わたくしは二歳児の体だが、十五歳まで生きた記憶がある。だからこそ、こんなことを考えてしまうのだが、アルベルト様にしてみれば、わたくしに好かれたところで、幼児に懐かれたくらいの感想しか持たないのではないだろうか。
前途多難すぎる未来を思って、わたくしはアルベルト様を好きかどうかを考えないようにしていた。
それでも、わたくしは日常的にアルベルト様を思い出させるようなものと接していた。
髪を結ぶたびにアルベルト様のくださったリボンを見て、本棚にはアルベルト様のくださった立派な図鑑が手の届く位置に並んでいて、食後のデザートやお茶の時間には苺の添えられたスイーツを食べる。
アルベルト様はわたくしの生活の中にしっかりと溶け込んでいた。
「アルたま……」
わたくしがアルベルト様のことを考えないようにしようとして、失敗していると、お母様がわたくしに言ってきた。
「セラフィナ、新年のお祝いで着る服を誂えますから、今日は仕立て職人が来ます」
「おかあたま」
「色や好みなど、一緒に見ていきましょうね」
「あい」
仕立て職人が呼ばれて、その日は採寸をして、ドレスのデザインを選ぶことになった。
ドレスの色を考えていると、わたくしはアルベルト様の琥珀色の瞳を思い出してしまう。アルベルト様は黄色っぽい琥珀色ではなくて、少し茶色っぽい琥珀色の目をしている。
茶色っぽい生地をじっと見ていると、お母様がわたくしに聞く。
「セラフィナはその色が好きですか?」
「すち」
「この色のドレスを作りますか?」
お母様に言われて、わたくしは思い出す。
目の色や髪色を身に付けるのは恋人同士だとラファエルお兄様が言っていた。
わたくしはアルベルト様の恋人ではないし、この色がアルベルト様の目の色だということも気付かれないだろうということは分かっていたが、あまりよろしくないのではないかと思ってしまう。
誤解されるようなことはしてはいけないのではないだろうか。
「ちがうの、いーの」
「違うのにしますか?」
「こえ、おかあたまのおめめのいろ」
「菫色もかわいいですね」
話をずらして何とか別の色に誘導しようとしていたのだが、お母様の目は誤魔化せなかった。
「それでは、この薄茶色と菫色で二着ドレスを作りましょうね」
「うつちゃいろ……」
「リボンもこの色がお気に入りでしょう? リボンともよく似合いますよ」
「にちゃくも?」
「わたくしも同じ色でドレスを二着作ります。セラフィナ、お揃いですよ」
「おかあたまとおとろい」
お母様の決定は絶対で、わたくしは薄茶色と菫色のドレスを二着誂えてもらうことになった。
お母様はこの色をわたくしとラファエルお兄様がアルベルト様の目の色と似ていると思っていることを知らないのだ。いや、わたくしは口に出していないから、アルベルト様の目の色と似ている思っていることはラファエルお兄様も知らないのかもしれない。
二歳児なのでまだまだ上手に発音できる単語が少なく、説明ができていないのが幸いしたかもしれない。
新年のお祝いの式典にはわたくしは小さすぎて出られないだろうけれど、お父様とお母様とラファエルお兄様と新年を過ごすときにそのドレスを着るだろう。新年近くにアルベルト様が来たときにも着るかもしれない。
現在のわたくしの着替えは、乳母が用意してくれているものを着せてもらっている状態だが、乳母もわたくしが違うものがいいと自己主張すると変えてくれることがある。
アルベルト様の前では薄茶色のドレスは着ない方がいいのか、着た方がいいのか、よく分からない。
アルベルト様を喜ばせたい気持ちもあるが、ラファエルお兄様から何か言われるのは恥ずかしい気持ちもある。
二歳ながらにドレスの色にこんなに悩んでしまうとは思わなかった。
「ちんねんのちきてん、わたくち、でる?」
「セラフィナはお留守番ですね。セラフィナのかわいさを世界中に見せつけたいのですが、セラフィナは式典に参加すると疲れすぎますし、複数のひとと接触するので病気をもらう可能性もあります」
「おかあたまは!?」
病気をもらうのだったらお母様も妊娠中だから心配である。
わたくしが声を上げると、お母様は安心させるようにわたくしを抱き締めて話してくれる。
「わたくしは大人ですし、少しの時間なら大丈夫です。わたくしの妊娠をお父様が発表したら、下がろうと思っています。セラフィナは優しいですね」
「おかあたま、あかたん、だいじ」
「はい。気を付けますね」
お母様のまだ目立たないお腹をそっと撫でると、お母様がわたくしを膝の上に抱き上げてソファに座る。膝の上に抱き上げられると、わたくしはお母様にしっかりと抱き着く。
お母様は石鹸のいい香りがした。
香水は付けていないので、臭いと思うこともない。
お父様も香水は付ける主義ではない。
毎日お風呂に入っているようなので、いつも清潔な匂いがする。
わたくしも毎日お風呂に入れてもらっている。
「おかあたま、あかたんきたら、うば、たいへん?」
「セラフィナの乳母とは違う乳母が来ますよ。そういえば、セラフィナも乳母の名前を呼べるようになってきましたね。乳母が二人になるとややこしいので、名前を覚えましょうか」
「あい」
生まれてくる赤ちゃんのためには、新しい乳母が雇われるようだ。
わたくしが安心していると、お母様が乳母を呼ぶ。
わたくしが生まれたときから世話をしてくれている乳母は、すぐに来てわたくしに名乗った。
「セラフィナ殿下、わたくしは、マティルダ・ノエルと申します」
「マティルダさんとお呼びしましょうね」
「マティルダたん!」
これまでは乳母の名前を呼ぶことができなかったので、乳母としか認識していなかったが、乳母の名前はマティルダさんだった。マティルダさんの名前をしっかりと覚えて、これからは名前で呼ぼうとわたくしは決める。
「マティルダたん、こえからもよろちくおねちまつ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
優しくて細やかでいつもそばにいてくれる乳母。
乳母がわたくしにより近い存在になった気がしてわたくしは嬉しかった。
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