転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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一章 セラフィナ誕生

29.クッキー作り

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 新年の式典が終わると、貴族も休暇をとるものが多いと聞いている。
 お父様は貴族ではないし、この国で一番忙しい皇帝なのだから、休暇など取れるわけがない。特に今はお母様も社交や執務を休んでいるし、お父様には二倍の公務が割り振られているだろう。

 それでもお父様は休暇をもぎ取ってきてくれたのだ。

「セラフィナ、明日一日だけだが休暇がもらえたから、明日は家族でゆっくり過ごそう」
「おとうたま、おやつみ?」
「そうだよ。お休みだよ。もっと日数が取れたら旅行にでも行きたかったのだけれど、一日しか無理だった」

 一日でもお父様とずっと一緒にいられると思うと、わたくしはとても嬉しかった。

 前世では父親という存在は嫌悪の対象だった。
 わたくしのことを蔑んで、使用人のように扱うし、酷いときには暴力も奮った。
 母親はわたくしに無関心で、父親が何をしていようと気にしていなかった。
 最終的にはわたくしは売られるようにしてベルンハルト公爵家のメイドになったのだが、メイドになってからの方が待遇がずっとよかったので、ベルンハルト公爵夫妻には感謝している。
 マナーの面から、高位貴族は貴族のメイドを持つことが多い。教育されていない平民のメイドだと行き届かないところがあるのだ。
 わたくしは貧乏男爵家の娘だったが、一応は貴族としてマナーを叩きこまれていたので、嫡男のアルベルト様のメイドとなることができた。アルベルト様は最初は両親とのコミュニケーション不足で、寂しく縮こまっていたが、両親との関係が円滑になると年相応の明るさを見せるようになっていた。

 クラリッサが死んだ日、アルベルト様は急に町に出たいと言い出したのだ。
 あれはなぜだったのだろう。
 今でもわたくしにはよく分からない。
 町に出てアルベルト様は護衛を待たせて雑貨屋に入って、何か買い物をしていた。その帰りに馬車が襲われて、クラリッサだったわたくしは命を落としたのだ。

 アルベルト様が何を買っていたかは分からない。
 でも、アルベルト様にとって大事なことだったのだろうと想像はできる。

 あの前後で何かあっただろうか。

 セラフィナとして生きていく時間が長くなるにつれて、わたくしのクラリッサとしての記憶は薄れていくような気がする。
 セラフィナとしての経験や記憶が上書きされるのだ。

 思い出そうとしても思い出せなくなっていることが少しずつ増えていく日々だが、これも皇女セラフィナとして生きろという神のお告げなのかもしれない。

 この国は教会があって複数の神を信仰しているが、わたくしは神の存在をあまり信じていなかった。
 前世で幼いころにどれだけつらくて神に祈っても、わたくしが救われることはなかったし、何かが変わることもなかった。
 それでも、神が定めた運命だから仕方がないと思うことで、自分を納得させているひとたちや、神に祈ることで救われたいと思うひとにとっては、神という存在は必要なのかもしれないとも思っていた。

 わたくしは前世で苦しいときに、ずっと楽になりたいと願っていたから、ベルンハルト公爵家に仕えるようになって、待遇がよくなってから神がその願いを叶えたのだとしたら、皮肉だとしか思えない。

 神の存在をあまり信じていないわたくしでも、生まれ変わりなどという経験をしてしまうと、もしかすると人知を超えた存在がいるのかもしれないとも思ってしまう。

 わたくしという存在がどうして生まれ変わったのか分からないままに、わたくしは皇女として生きていた。

 翌日はお父様が一日執務が休みで、わたくしは朝食からお父様とお母様とラファエルお兄様と一緒だった。
 皇族用の食堂に連れて行ってもらって、マティルダさんに手伝ってもらいながら朝食を食べる。
 ふわふわのオムレツと、トマト煮にしたお豆、ソーセージと人参のサラダ、パンは柔らかくてわたくしの手でも簡単に千切れる。
 どれも美味しかったが、量が多くて食べきれなかったが、食べ残しても使用人に下げ渡されると知っているので安心して好きなだけ食べることができた。

「今日はクッキーを焼きましょうか?」
「くっちー?」
「わたくし、お菓子作りも少しはできるのですよ」

 お母様が言い出して、朝食後は家族で厨房に行ってクッキーを焼くことになった。
 小麦粉と砂糖とバターをよく混ぜて、薄く生地を伸ばして、クッキー型で抜いていく。
 お父様がわたくしを抱っこして、お母様が生地を作るのを見せてくれた。ラファエルお兄様はお母様と一緒に作っている。
 型を抜くのは、わたくしも手伝わせてもらった。

 二歳児の手にはクッキー型は大きかったけれど、両手で握って、生地の上に置いてぎゅっと押す。その後はお母様とラファエルお兄様が型を抜いて、クッキーを天板に移動させてくれた。
 大量にできたクッキーをオーブンで焼く。
 厨房にいい匂いが漂って、わたくしはよだれが垂れてくる。

「楽しいですか、セラフィナ?」
「とってもたのちい!」
「クッキー作りと粘土遊びは似ているかもしれません。セラフィナには粘土を用意させましょうか」
「ねんど?」

 前世でも遊びはほとんどしたことがなかったので、粘土というものがよく分かっていなかったが、クッキーのようにして遊べるのだったらいいかもしれないとわたくしは思っていた。

 焼き上がったクッキーは午前のおやつとしてお茶と一緒に子ども部屋で食べた。
 サクサクのクッキーの美味しさにわたくしは感激してしまう。

「おかあたま、おいちい! おかあたま、しゅごい!」
「これはセラフィナも型を抜いて頑張ってくれたから、みんなで作ったクッキーですよ」
「おとうたま、わたくち、だっこちてくれた」

 お父様は生地には触れなかったけれど、わたくしが見れるようにずっと抱っこしていてくれたし、型を抜くときにはわたくしを支えていてくれた。
 厨房には危険なものも多いので、わたくしを野放しにはできなかったのだろう。

「今日はわたしはセラフィナの踏み台だったからね。次作るときは一緒に作りたいな」
「おとうたま、あいがとごじゃまつ」
「かわいいセラフィナと一緒にいられて嬉しかったよ」

 お父様に抱っこしてもらえていたからこそ、わたくしも厨房でのクッキー作りに参加できたし、とても楽しかったのでまたしたいと思っていた。
 前世ではわたくしは料理などしたことがなかったが、お母様がクッキー作りをするくらいだから、わたくしも今世ではお菓子作りくらいできるだろうか。
 アルベルト様には花や苺やリボンや図鑑など、たくさんもらっているのでお礼をしたい気持ちがある。

「アルたまに、くっちー……」

 幼児の体とは不便なもので考えていたことが口に駄々漏れていたようだ。それを聞いてお母様がクッキーを食べる手を止める。

「アルベルト殿に差し上げたいのですか?」
「おはな、いちご、リボン、ずかん……いっぱい。わたくち、アルたまにおれい」
「そうですね。アルベルト殿はセラフィナによくしてくれていますし、セラフィナが型抜きしたクッキーを差し上げたら喜ぶかもしれませんね」
「母上、いいのですか?」
「いつもお世話になっているお礼をしたいというセラフィナの気持ちが健気でかわいいではありませんか。わたくしはいいと思いますよ」

 ラファエルお兄様は少し不満そうだったが、お母様はそう言ってくれて、大量にあるクッキーを何枚か包ませてくれた。
 かわいくラッピングされたクッキーの包みは、マティルダさんが大切に保管してくれる。マティルダさんに任せておけばわたくしも安心だった。

「セラフィナはアルベルトのことが好きなのかな?」
「わたくち、にぃに、すち。アルたま、すち」

 ラファエルお兄様を先に言ったのは、わたくしがラファエルお兄様のようにアルベルト様のことを好きだということを強調したかったからだった。わたくしを気にかけてくれて大事にしてくれる存在を好きにならないなんて、二歳の単純な思考では無理だった。

 認めよう、わたくしはアルベルト様が好きだ。
 でもまだ、これが恋愛感情かどうか分からない。
 わたくしは前世から恋愛に縁がなかったし、二歳と十二歳で恋愛関係になれるわけがないので、恋愛感情を抱いているかどうかなどよく分からない。
 前世ではアルベルト様のことを弟のように思っていたように、今世ではアルベルト様のことを兄のように思っているのかもしれないということがわたくしの結論だった。

「わたしと同じくらい好きってこと?」
「にぃに、だいすち」
「あぁ、この笑顔を見ると許してしまう」

 にっこり笑ってラファエルお兄様に抱き着くと、ラファエルお兄様はしっかりとわたくしを抱き返してくれた。
 それを見て、お父様がばっと両腕を広げる。
 わたくしはラファエルお兄様の腕から抜けて、お父様のところにとてとてと歩いて行って、抱き締められた。
 その次はお母様が両腕を広げる。お父様が離してくれたので、今度はお母様の方に行ってぎゅっと抱き締めてもらう。

「きゃー!」
「セラフィナ、かわいいね」
「セラフィナ、わたくしのところに来てください」
「セラフィナ、こっちだよ」

 わたくしが声を上げて喜んでいると、お父様とお母様とラファエルお兄様が同時に両手を広げてわたくしを招く。どうしようかと困ったが、わたくしは順番に抱き着きに行った。
 抱き締められて幸せで心地よくて、胸がいっぱいになる。

 昼食まで順番に抱き着きに行く遊びは続いた。

 昼食の後はわたくしは眠くなって、マティルダさんに着替えさせてもらって眠ってしまう。
 お茶の時間の前に起きて来て、子ども部屋にお父様がいることが嬉しくて、わたくしはいそいそとお手洗いに行って、着替えて、お父様に飛びついた。

 一日だけの休暇だったが、その日は夕食までお父様とご一緒して、お父様がお風呂にも入れてくれた。
 お父様の逞しい手で洗われて、気持ちよくてわたくしは幸せだった。
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