転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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一章 セラフィナ誕生

30.アルベルトの話

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 お父様の休暇の三日後に、ラファエルお兄様がアルベルト様を呼んでくれて、わたくしはアルベルト様にクッキーを渡すためにティールームに向かっていた。大事なクッキーが割れないように力を入れすぎず胸に抱いて、ティールームに入る。
 アルベルト様はラファエルお兄様と話しながら待っていてくれた。

 わたくしがティールームに入ると、アルベルト様が立ち上がって挨拶をする。

「セラフィナ殿下、ごきげんよう」
「アルたま、こんにちは」

 わたくしもご挨拶をして、アルベルト様にクッキーの包みを差し出した。

「こえ、あげゆの」
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「あい」

 包みを受け取ったアルベルト様は、丁寧にラッピングを開けて、中身がクッキーであることを確かめる。

「おとうたま、おやつみ。おかあたま、にぃに、くっちーちゅくった。わたくち、かた、ぽんちた」
「これは皇后陛下とラファエル殿下とセラフィナ殿下の手作りクッキーなのですか?」
「あい。アルたま、いつもいっぱい。いちご、リボン、おはな、ずかん。あいがとごじゃまつ」
「まさかセラフィナ殿下からお礼をいただけるなんて思いませんでした。大事に食べますね」

 アルベルト様が喜んでくれたようで、わたくしは胸を撫で下ろす。
 美味しいものは食べ慣れているアルベルト様に、素朴なクッキーはお口に合うか分からないが、受け取ってくれたことが嬉しい。

「母上とわたしが生地を捏ねて作って、セラフィナが型抜きをしたんだ」
「そうだったのですね。とてもきれいな形に焼けています。今、いただいてもいいですか?」
「あい!」

 アルベルト様が侍女にお茶を用意させて、クッキーを一枚手に取ってさくりと白い歯で齧る。もぐもぐと咀嚼して飲み込んでから、アルベルト様はわたくしに笑顔を向けてきた。

「とても美味しいです、セラフィナ殿下」
「うれちい」
「これはお返しをしないといけませんね」
「こえ、おかえち」
「いえいえ、わたしは自分のしたいことをしていただけで、お返しをもらうようなことはしていません。セラフィナ殿下にお返しをしないと」

 こうなってくると、お返しのお返しのお返しと、ずっと続いてしまうような気がする。これからはアルベルト様にお返しをするときにはもっと気を付けなければいけないとわたくしは思っていた。

「セラフィナの型抜きしたクッキーは美味しいだろう? 父上と母上とわたしもたくさん食べたよ」
「とても美味しいです。こんなに小さいときからクッキーを作っていたら、大きくなったら料理人になれてしまうのではないでしょうか」
「セラフィナは天才だからね。乳母から聞いたのだけれど、セラフィナはもう字が読めるみたいなんだ」
「本当ですか?」

 普段はラファエルお兄様はアルベルト様に謎の嫉妬をするが、今回はわたくしの自慢をしている。ラファエルお兄様は兄バカなのだ。
 早速わたくしの前に図鑑が持って来られて、わたくしに視線が集まった。
 図鑑を見て、わたくしは指差す。

「ぞう! おはな、ながーい!」
「ほら、読めているよ」
「前にわたしが説明したからかもしれません」
「きりん! くび、ながーい!」
「そういえばそうかも」
「ゾウもキリンも説明しましたよね」

 アルベルト様に指摘されてラファエルお兄様は、わたくしが見たことのないページを捲った。そこには大きなネコ科の動物が描かれている。

「とら! しましま!」
「やっぱり、読めてる!」
「簡単な単語は読めるのかもしれませんね。すごいです」

 やっとわたくしの能力を認めてもらえてわたくしは満足で誇らしげな顔をしてしまったが、もしかすると二歳で文字が読めるというのは早すぎたかもしれない。読めないふりをしていた方がよかったかもしれないと気付いたのは後からだった。

「わたしも三歳くらいから文字が読めたけど、セラフィナはもっと賢いね」
「ラファエル殿下も天才と呼ばれているではないですか。学園の冬休み前の試験ではほぼ満点でしたよね」
「わたしは皇族として英才教育を受けているから、一年生の範囲はほとんど終わっているんだよ。セラフィナは誰も教えていないのに覚えたんだよ。わたしよりすごいよ」

 わたくしの知識は前世の記憶頼りだが、ラファエルお兄様の能力は自分で勉強して獲得したものなので、わたくしはずるをしているような罪悪感を感じる。
 わたくしも学園に通うころには、ラファエルお兄様に負けないように勉強をしなくてはいけないと心に決めていた。

 二歳になってわたくしは喋れることが多くなってきた。
 それと共に、クラリッサの記憶は薄れていっているような気がする。
 今のうちに聞いておかなければいけないのではないだろうか。

 わたくしは意を決してアルベルト様に問いかけた。

「アルたま、えんえんちた。どうちて?」

 わたくしの二歳の誕生日の日に、アルベルト様にタンポポの花を渡したら、アルベルト様は涙を一粒流した。それをわたくしは忘れていなかった。
 わたくしの問いかけにアルベルト様は驚いたようだが、誠実に答えてくれる。

「実は、わたしは大事なメイドを事故で亡くしているのです」
「だいじ?」
「はい。わたしにとっては、大事な相手でした。わたしが我が儘を言って町に行った帰りに、馬車が襲われて、メイドはわたしを庇って死んでしまったのです」
「アルたま……」

 アルベルト様の目が伏せられて、長い睫毛が頬に影を落とす。アルベルト様は涙を流していないが泣いているような気がして、わたくしはアルベルト様の足に抱き着いた。

「アルたま、えんえん、ちないで」
「悲しすぎてわたしは泣くこともできなかった。セラフィナ殿下からタンポポの花をもらったとき、わたしはメイドが庭の花を誕生日にくれていたことを思い出して、初めて泣くことができたのです」

 泣くこともできないほどの悲しみをクラリッサだったわたくしの死は、アルベルト様に与えていた。
 泣くことができるようになったというのは、クラリッサの死を受け入れるための大事な時間だったのかもしれない。

「かなちいはなち、ごめちゃい」
「いいえ、前までは口に出すのもつらかったのですが、セラフィナ殿下と触れ合ううちに、メイドがわたしを生かしてくれたのは、わたしが悲しみに浸って、生きる望みを失っているためじゃないと思ったのです。メイドは、わたしに笑っていてほしかったのではないかと思えるようになったのです」

 わたくしの存在がアルベルト様の気持ちを変えられたのだったらよかったと思う。

「わたしがあの日、町に行きたいと我が儘を言わなければと思う日はまだあります。でも、過去ばかり見ていてはいけない。わたしはこれからも生きていかなければいけないのだから」

 アルベルト様に確かな立ち直りの兆候を見て、わたくしは安堵していた。
 アルベルト様はクラリッサの死を二年以上をかけてやっと乗り越えようとしている。

 クラリッサであったわたくしのことは忘れてしまってもいい。
 クラリッサであったわたくしは、アルベルト様に幸せになってほしくて命を投げ出したのだから。

 わたくしがそう思っていると、アルベルト様がわたくしを見て困ったように眉毛を下げる。

「セラフィナ殿下は、年も顔立ちも髪の色も目の色も違いますが、少しだけ、あのメイドに似ている気がするのです」

 アルベルト様はわたくしの中にクラリッサを見出していた。
 わたくしの前世がクラリッサなのだから、行動や仕草が似ていてもおかしくはないのだが、それを気付かれているとは思わなかった。

「アルたまの、だいじ。わたくち、にてる?」
「あの日、わたしはメイドにいつものお礼にプレゼントを買いたくて町に出たのです。それは渡すことができなかった……。わたしがセラフィナ殿下にプレゼントをしているのも、メイドにできなかったことをしているようなものなのです。だから、お返しなどと考えないでください」

 アルベルト様は、あの日、わたくしへのプレゼントを買うために町に行ったのだった。
 それは、わたくしがアルベルト様が急に町に行きたがった理由を知らなくても仕方がなかった。

「アルたま、あいがとごじゃまつ」
「わたしの自己満足なので、セラフィナ殿下は受け取ってくださるだけでいいのです」

 真摯に説明してくれたアルベルト様に、ラファエルお兄様が呆れた顔をしている。

「セラフィナがいくら賢いからって、今の説明は全部は理解できなかったと思うよ」
「いいのです。わたしが話したかったから話しただけです」
「でも、わたしもアルベルトのことを知らなかった。事故でメイドを亡くしたということしかしらなかった。アルベルトはわたしに聞かせるためにも話してくれたのかな?」
「そのつもりです。今後、わたしがセラフィナ殿下にプレゼントを持ってきても、ラファエル殿下に嫉妬されないように」
「嫉妬……してるけどぉ!」

 最終的にアルベルト様は笑い話にしてしまって、ラファエル兄上も苦笑していた。
 クラリッサだったころのわたくしはアルベルト様がそんなにもわたくしのことを大事に思っていただなんて知らなかった。もっと命を大事にすればよかったと思わなくないが、もう一度あの場面に戻れたとしたら、わたくしは全く同じことをするだろう。アルベルト様の命を守ろうとするだろう。
 それだけは確かだった。

 アルベルト様にクッキーを渡した日、わたくしはアルベルト様のクラリッサへの想いを聞いていた。
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