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二章 ミカエル誕生
5.セラフィナ、三歳
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ミカが生まれたのは夏の盛りだった。
それから、ミカはお母様の母乳とミルクを飲んでむちむちと大きくなり、首が据わって縦抱っこができるようになった。
毎日ミカの成長を同じ子ども部屋で見守ってきたわたくしは、ミカがうつぶせに寝かされた状態で頭を上げられるようになったときには、拍手をして感激してしまった。
ミカの成長を喜んでいる間に季節は秋になり、わたくしのお誕生日が来ていた。
わたくしはまだ三歳なので、お誕生日は身内だけで祝われる。
今年はベルンハルト公爵家とアルマンドール公爵家とルクレール公爵家が招かれた。
アルベルト様の一家と、アンリエット嬢の一家と、ユリウス様の一家と一緒に祝うことになったのだ。
アルベルト様のベルンハルト公爵家はお父様の弟の一家になるし、アンリエット嬢のアルマンドール公爵家はラファエルお兄様の婚約者の一家になるし、ユリウス様のルクレール公爵家はお母様の兄の一家になる。
全員身内だということでわたくしも安心していた。
アルマンドール公爵家からはニコ様とリヴィア嬢も来る。ルクレール公爵家からはルカ様も来る。
リヴィア嬢はともかく、ルカ様は一歳で会ったときにはものすごくやんちゃなイメージが強かったので、わたくしはどうなることかと思っていた。
お誕生日の当日、お茶会はサンルームで開かれた。明るい日差しが入るガラス張りのサンルームには、お茶の準備が整っている。
ミカのためのベビーベッドも用意されていた。
お父様がわたくしを抱っこして、お母様がミカを抱っこして、ラファエルお兄様と一緒にサンルームに入る。ベルンハルト公爵家、アルマンドール公爵家、ルクレール公爵家は全員集まっていた。
ベルンハルト公爵家とアルマンドール公爵家とルクレール公爵家が、この国の三つの公爵家だ。この他に公爵家を名乗れるものはいない。どの家も皇族の血を引いている由緒正しい公爵家だった。
「セラフィナ殿下、お誕生日おめでとうございます」
最初に声をかけてくれたのはアルベルト様だった。アルベルト様はわたくしにダリアの花束を差し出す。去年ももらっていたが、去年はピンクで今年は紫のダリアだ。両手を広げて受け取ると、わたくしはアルベルト様に頭を下げた。
「ありがとございまつ」
三歳になってわたくしの発音もはっきりしてきた。まだ正確に発音できないところはあるが、コミュニケーションに困らなくなった。
「セラフィナでんか、おめでとうございまつ」
「リヴィアじょう、ありがとございまつ」
リヴィア嬢はわたくしに去年くれたお人形の弟とその着せ替えの服を持って来てくれた。お人形の弟は、赤い髪で金色の目をしていてミカとよく似ている。
「これ、ミカたん?」
「あい。ミカエルでんかでつ」
リヴィア嬢が答えてくれる。
思った通り、この人形はミカをイメージしたもののようだった。
「これ、どーじょ」
「ありがとございまつ」
ルカ様が差し出してきたのは、二十四色の色鉛筆の箱だった。クレヨンは持っていたが、色鉛筆は持っていなかったのでわたくしは喜んでそれを受け取る。
「おにいたま、ルカ、でちたよ!」
「偉かったね、ルカ」
ルカ様はわたくしに色鉛筆を手渡した後でユリウス様の報告しに行っていた。ユリウス様もルカ様の髪を撫でて褒めている。
ルカ様は灰色の髪で、薄い水色の目で、ユリウス様とそっくりだった。ルカ様の方がわたくしよりも生まれは早いはずだが、どこか幼く見えるのは、わたくしが女の子で成長が早いのと、クラリッサだったころの記憶があるからだろう。
テーブルに着くと、侍女がアルベルト様からもらったダリアの花をテーブルに飾ってくれていた。豪華に咲き誇る紫のダリアを見つめて、わたくしは自分が成長した喜びがわいてくる。
それでもまだ三歳。
前世で生きた十五歳まではまだまだ遠い。
牛乳より紅茶が少し多くなったミルクティーを飲んで、ケーキをいただく。
わたくしのお誕生日のケーキは栗のクリームがたっぷりと乗ったモンブランだった。フォークでクリームを掬って食べていると、ルカ様がモンブランに顔を突っ込もうとしてルクレール公爵夫人に止められている。
「ルカ、フォークを使うのですよ」
「めんどくさい」
「フォークを上手に使えるようにならないと、お茶会にもデビューできませんよ」
「おちゃかい、めんどくさい」
これが魔の三歳なのか。
ルカ様はイヤイヤ期真っただ中のようだった。
わたくしは前世の記憶があるのであんな風にはならないが、三歳というのは恐ろしい時期なのだとメイドとしてベルンハルト公爵家に入ったときに同僚のメイドから教わった。
「アルベルト様が三歳ではなくてよかったわ。わたしの弟は三歳のとき、ものすごい反抗期だったのよ」
「どんな感じだったのですか?」
「ご飯を食べるのもイヤ、顔を洗うのもイヤ、歯を磨くのもイヤ、服を着るのもイヤ、眠るのもイヤ……」
ご飯も食べず、顔も洗わず、歯も磨かず、服も着ず、眠りもしない。
そんなことでは生きていけるはずがない。
両親は心配するだろうし、何とかして子どもを生かそうとするだろう。
それだけ我が儘を言う時期なのだと思うと三歳というのは恐ろしいのだとぞっとした記憶がある。
幸い、アルベルト様は七歳だったのでそんなことはなかった。
思い出していると、ルカ様がフォークを投げ捨てた。サンルームの床にフォークがからんからんと音を立てて転がる。
「ルカ!」
「みんな、きらい!」
「申し訳ありません、皇帝陛下、皇后陛下」
「セラフィナ殿下、せっかくのお誕生日なのにすみません」
ルクレール公爵夫妻が謝っているが、お父様もお母様も鷹揚に構えていた。
「ラファエルも三歳くらいのとき、こんな感じだったね」
「セラフィナは女の子なので大人しいですが、男の子は激しいものなのかもしれません」
笑っているお父様とお母様に、リヴィア嬢がアンリエット嬢に顔を向けて話しかける。
「わたくち、フォーク、ポイ、しません」
「そうですね、リヴィア、偉いですよ」
「わたくち、えらい」
やはり男の子と女の子は違うのかもしれない。
リヴィア嬢はフォークを上手に使ってモンブランを食べている。リヴィア嬢の方がわたくしよりも半年ほど年上なので、それも関係しているのかもしれない。
「カスパール、アンリエットとラファエルの婚約の準備だが、どうなっているかな?」
「問題なく進んでいますよ。アンリエットのドレスも縫い上がりました」
お父様がアルマンドール公爵に聞いている。
アンリエット嬢とラファエルお兄様はわたくしのお誕生日が終わったら、婚約式を挙げる。婚約式のために、ラファエルお兄様は白いフロックコートを誂えさせていた。
「アンリエット嬢と婚約ができてうれしく思います」
「ラファエル殿下が申し込んでくださったおかげです」
「『殿下』ではなく、『ラファエル』と呼んでください」
「はい、ラファエル様」
アンリエット嬢とラファエルお兄様がいい雰囲気なのを感じ取って、わたくしも嬉しい気持ちになる。
ベルンハルト公爵家はお父様の弟が婿入りして継いでいるし、ルクレール公爵家はお母様の生家だ。これでアルマンドール公爵家のアンリエット嬢とラファエルお兄様が婚約するとなれば、この国の全ての公爵家と繋がりができることになる。
それは皇帝家の安定にもつながる。
ラファエルお兄様の婚約は、政治的にも意味があるものだった。
それを狙ったわけではないだろうが、ラファエルお兄様は自分に相応しい相手を見極めて婚約を申し込んだと言えるだろう。
わたくしもいつか皇女として婚約するのだろう。
そのときにどんな相手と婚約するのか。
わたくしにはまだ分からない。
それから、ミカはお母様の母乳とミルクを飲んでむちむちと大きくなり、首が据わって縦抱っこができるようになった。
毎日ミカの成長を同じ子ども部屋で見守ってきたわたくしは、ミカがうつぶせに寝かされた状態で頭を上げられるようになったときには、拍手をして感激してしまった。
ミカの成長を喜んでいる間に季節は秋になり、わたくしのお誕生日が来ていた。
わたくしはまだ三歳なので、お誕生日は身内だけで祝われる。
今年はベルンハルト公爵家とアルマンドール公爵家とルクレール公爵家が招かれた。
アルベルト様の一家と、アンリエット嬢の一家と、ユリウス様の一家と一緒に祝うことになったのだ。
アルベルト様のベルンハルト公爵家はお父様の弟の一家になるし、アンリエット嬢のアルマンドール公爵家はラファエルお兄様の婚約者の一家になるし、ユリウス様のルクレール公爵家はお母様の兄の一家になる。
全員身内だということでわたくしも安心していた。
アルマンドール公爵家からはニコ様とリヴィア嬢も来る。ルクレール公爵家からはルカ様も来る。
リヴィア嬢はともかく、ルカ様は一歳で会ったときにはものすごくやんちゃなイメージが強かったので、わたくしはどうなることかと思っていた。
お誕生日の当日、お茶会はサンルームで開かれた。明るい日差しが入るガラス張りのサンルームには、お茶の準備が整っている。
ミカのためのベビーベッドも用意されていた。
お父様がわたくしを抱っこして、お母様がミカを抱っこして、ラファエルお兄様と一緒にサンルームに入る。ベルンハルト公爵家、アルマンドール公爵家、ルクレール公爵家は全員集まっていた。
ベルンハルト公爵家とアルマンドール公爵家とルクレール公爵家が、この国の三つの公爵家だ。この他に公爵家を名乗れるものはいない。どの家も皇族の血を引いている由緒正しい公爵家だった。
「セラフィナ殿下、お誕生日おめでとうございます」
最初に声をかけてくれたのはアルベルト様だった。アルベルト様はわたくしにダリアの花束を差し出す。去年ももらっていたが、去年はピンクで今年は紫のダリアだ。両手を広げて受け取ると、わたくしはアルベルト様に頭を下げた。
「ありがとございまつ」
三歳になってわたくしの発音もはっきりしてきた。まだ正確に発音できないところはあるが、コミュニケーションに困らなくなった。
「セラフィナでんか、おめでとうございまつ」
「リヴィアじょう、ありがとございまつ」
リヴィア嬢はわたくしに去年くれたお人形の弟とその着せ替えの服を持って来てくれた。お人形の弟は、赤い髪で金色の目をしていてミカとよく似ている。
「これ、ミカたん?」
「あい。ミカエルでんかでつ」
リヴィア嬢が答えてくれる。
思った通り、この人形はミカをイメージしたもののようだった。
「これ、どーじょ」
「ありがとございまつ」
ルカ様が差し出してきたのは、二十四色の色鉛筆の箱だった。クレヨンは持っていたが、色鉛筆は持っていなかったのでわたくしは喜んでそれを受け取る。
「おにいたま、ルカ、でちたよ!」
「偉かったね、ルカ」
ルカ様はわたくしに色鉛筆を手渡した後でユリウス様の報告しに行っていた。ユリウス様もルカ様の髪を撫でて褒めている。
ルカ様は灰色の髪で、薄い水色の目で、ユリウス様とそっくりだった。ルカ様の方がわたくしよりも生まれは早いはずだが、どこか幼く見えるのは、わたくしが女の子で成長が早いのと、クラリッサだったころの記憶があるからだろう。
テーブルに着くと、侍女がアルベルト様からもらったダリアの花をテーブルに飾ってくれていた。豪華に咲き誇る紫のダリアを見つめて、わたくしは自分が成長した喜びがわいてくる。
それでもまだ三歳。
前世で生きた十五歳まではまだまだ遠い。
牛乳より紅茶が少し多くなったミルクティーを飲んで、ケーキをいただく。
わたくしのお誕生日のケーキは栗のクリームがたっぷりと乗ったモンブランだった。フォークでクリームを掬って食べていると、ルカ様がモンブランに顔を突っ込もうとしてルクレール公爵夫人に止められている。
「ルカ、フォークを使うのですよ」
「めんどくさい」
「フォークを上手に使えるようにならないと、お茶会にもデビューできませんよ」
「おちゃかい、めんどくさい」
これが魔の三歳なのか。
ルカ様はイヤイヤ期真っただ中のようだった。
わたくしは前世の記憶があるのであんな風にはならないが、三歳というのは恐ろしい時期なのだとメイドとしてベルンハルト公爵家に入ったときに同僚のメイドから教わった。
「アルベルト様が三歳ではなくてよかったわ。わたしの弟は三歳のとき、ものすごい反抗期だったのよ」
「どんな感じだったのですか?」
「ご飯を食べるのもイヤ、顔を洗うのもイヤ、歯を磨くのもイヤ、服を着るのもイヤ、眠るのもイヤ……」
ご飯も食べず、顔も洗わず、歯も磨かず、服も着ず、眠りもしない。
そんなことでは生きていけるはずがない。
両親は心配するだろうし、何とかして子どもを生かそうとするだろう。
それだけ我が儘を言う時期なのだと思うと三歳というのは恐ろしいのだとぞっとした記憶がある。
幸い、アルベルト様は七歳だったのでそんなことはなかった。
思い出していると、ルカ様がフォークを投げ捨てた。サンルームの床にフォークがからんからんと音を立てて転がる。
「ルカ!」
「みんな、きらい!」
「申し訳ありません、皇帝陛下、皇后陛下」
「セラフィナ殿下、せっかくのお誕生日なのにすみません」
ルクレール公爵夫妻が謝っているが、お父様もお母様も鷹揚に構えていた。
「ラファエルも三歳くらいのとき、こんな感じだったね」
「セラフィナは女の子なので大人しいですが、男の子は激しいものなのかもしれません」
笑っているお父様とお母様に、リヴィア嬢がアンリエット嬢に顔を向けて話しかける。
「わたくち、フォーク、ポイ、しません」
「そうですね、リヴィア、偉いですよ」
「わたくち、えらい」
やはり男の子と女の子は違うのかもしれない。
リヴィア嬢はフォークを上手に使ってモンブランを食べている。リヴィア嬢の方がわたくしよりも半年ほど年上なので、それも関係しているのかもしれない。
「カスパール、アンリエットとラファエルの婚約の準備だが、どうなっているかな?」
「問題なく進んでいますよ。アンリエットのドレスも縫い上がりました」
お父様がアルマンドール公爵に聞いている。
アンリエット嬢とラファエルお兄様はわたくしのお誕生日が終わったら、婚約式を挙げる。婚約式のために、ラファエルお兄様は白いフロックコートを誂えさせていた。
「アンリエット嬢と婚約ができてうれしく思います」
「ラファエル殿下が申し込んでくださったおかげです」
「『殿下』ではなく、『ラファエル』と呼んでください」
「はい、ラファエル様」
アンリエット嬢とラファエルお兄様がいい雰囲気なのを感じ取って、わたくしも嬉しい気持ちになる。
ベルンハルト公爵家はお父様の弟が婿入りして継いでいるし、ルクレール公爵家はお母様の生家だ。これでアルマンドール公爵家のアンリエット嬢とラファエルお兄様が婚約するとなれば、この国の全ての公爵家と繋がりができることになる。
それは皇帝家の安定にもつながる。
ラファエルお兄様の婚約は、政治的にも意味があるものだった。
それを狙ったわけではないだろうが、ラファエルお兄様は自分に相応しい相手を見極めて婚約を申し込んだと言えるだろう。
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