転生皇女セラフィナ

秋月真鳥

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二章 ミカエル誕生

11.セラフィナの冒険

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 エリカは苺を食べることができたが、あまり好きではないようだった。
 ミカは初めての苺を潰してもらってもりもりと食べていた。

「ミカたん、アルベルトおにいたまのいちごでつ」
「うー」

 わたくしがミカに教えてあげると、ミカは真剣な表情で聞いていた。
 アルベルト様が帰ってからわたくしはクラリッサのことを考えていた。
 わたくしの魂がセラフィナの体に馴染んできたのか、クラリッサであったことは遠い昔のように思い出される。
 エリカの名前をラファエルお兄様に言われたときにはクラリッサだったときの記憶が朧気で、アルベルト様に再び言われないとクラリッサがエリカの花が好きだったことを思い出せなかった。

 子ども部屋で暖炉に当たりながら、エリカを背もたれにして寛いでいると、お母様がミカとわたくしの様子を見に来てくれた。お母様に甘えたくてわたくしはソファに座ったお母様の横によじ登って座る。
 お母様はわたくしの髪を撫でて膝の上に座らせてくれた。
 わたくしはお母様にそっと言ってみた。

「おかあたま、わたくち、ぼうけん、ちたい」
「冒険、ですか?」
「あい。わたくち、きゅうでん、ちらないとこ、いっぱい。わたくち、あるいてみたい」

 ベルンハルト公爵家のメイドでいたころも皇帝陛下がおられる宮殿は遠くから見たことがあった。広大な敷地にいくつもの建物があって、ものすごく広いと思っていたベルンハルト公爵家が何軒も入るくらい広いことを知って驚いたものだ。
 帝都の真ん中にそびえ立ち、宮殿の周囲は城壁で覆われており、門には門番が立っていて、気軽に入れないことも理解していた。

 前世では入れなかった宮殿に、わたくしは今住んでいる。
 それを考えると、宮殿の中を歩いてみたいと思うのは自然だった。

「セラフィナの気持ちも分かりますね。自分が住んでいるところはどんなところか知りたい気持ちが出てきたのですね。これも三歳の成長なのかもしれません」
「わたくち、みっちゅ」

 指を三本立てて主張すると、お母様が教えてくれる。

「宮殿のこの棟はわたくしたち皇帝一家のための居住区となっています。厳重に守られていて、許されたものしか出入りできません」
「あい」
「セラフィナが歩き回っても安全であることは保証されています。ただし、広いのでセラフィナが迷子にならないか心配です」
「エリカたん、つれていきまつ」
「エリカと一緒ですか。それでも心配ですね。マティルダさんが一緒ではいけませんか? 転んだときにも安心ですよ」

 お母様に言われてわたくしは悩んでしまう。
 わたくしは自立して冒険に行きたかったのだが、三歳児の小さな体ではできないことがたくさんある。
 ドアノブの位置が高いので持って開けられない。段差に出くわしたら、両手をついても上がれないことがある。転んだり、滑ったりすると三歳児は頭が重いので顔面から床に突っ込んでしまう。

「わたくち……」

 一人で冒険するのは無理そうだと分かっていたが、冒険したい気持ちが捨てられないわたくしに、お母様が提案する。

「それでは、セラフィナに内緒でそっとついてきてもらうのはどうでしょう?」
「ないちょ?」
「はい。セラフィナに気付かれないように、セラフィナの冒険の日には、色んな所に助けてくれるひとを配置しておきます」

 わたくしに話してしまったら内緒でも何でもないのだが、お母様は三歳児のプライドと冒険心を守るために、内緒という言葉を使った。
 それならばわたくしも冒険に行けるのではないだろうか。

「無理だと思ったら近くの大人に助けを求めてください」
「あい」
「冒険には準備が必要なので、数日待ってください」
「あい」

 お母様と約束をして、わたくしは冒険に行く日を二人で決めた。

 冒険に行く日、お父様とお母様が子ども部屋に来て、わたくしの身支度を手伝ってくれた。
 わたくしはチュニックにズボン、靴を履いて、寒さ対策にポンチョを着た。
 お母様がわたくしの首にかわいいリボン刺繡の入ったポシェットを下げてくれた。

「ここに小さなお菓子とエリカのジャーキーが入っています。お腹が空いたら開けて食べてください」
「あい」
「階段もあるから、気を付けるのだよ」
「あい。おとうたま、おかあたま、いってきまつ」

 エリカの首のあたりをポンと叩いてわたくしがお父様とお母様に挨拶すると、エリカが起き上がってわたくしの横についた。わたくしはエリカを連れて子ども部屋から出ようとした。
 子ども部屋のドアノブに手が届かなくて困っていると、エリカが上半身を起こして、前足でドアノブを動かして開けてくれる。

「エリカたん、すごーい!」

 拍手で称賛すると、エリカは誇らしそうにわたくしの横を歩いていく。
 ドアを出て廊下まではわたくしも見覚えがあった。
 ここからどう歩いて行けばティールームに着くかも、わたくしは把握していないのだ。
 まずは長い廊下を直進していく。
 わたくしの方をちらちらと見ながら、床を掃除しているメイドさんや花瓶を磨いているメイドさんがいるのだが、わたくしは気にしないことにする。

 そのまま直進していくと右と左に廊下が分かれている場所に来た。
 ティールームに行くときにはいつも右に行っている気がする。
 行ったことがないのは左だと判断して左に曲がると、少し歩いたら階段が見えてきた。

 前世では軽々と上がっていた階段だが、わたくしは今三歳児である。
 階段の一段が胸くらいまでの高さがある気がする。

 どうやって上がろうかと悩んで立ち尽くしていたら、階段の手すりを磨いているメイドさんがちらちらとこちらを見てくる。
 わたくしは悩んだが、安全を取った。

 メイドさんに近付いて、両腕を広げる。

「だっこちてくだたい」
「心得ました、セラフィナ殿下」

 素早く掃除道具を置き、手を拭ってからメイドさんがわたくしを抱っこして階段を上がってくれる。体格のいいメイドさんだったので安定感があって少しも怖くなかった。
 エリカは体が大きいので普通に階段を上がって行っている。

 階段を登りきると、左右に廊下が開けていた。
 どちらに行こうか迷っていると、右側の廊下から声が聞こえる。
 これはラファエルお兄様の声だ。

「セラフィナはちゃんとここが分かるかなぁ。父上と母上に見送りをお願いして、部屋でセラフィナの到着を待つって宣言したけど、気になるな」

 呟きながらラファエルお兄様がドアを開けたり閉めたりしている。

「おにいたまー!」
「セラフィナ!」

 わたくしがラファエルお兄様の方に走って行こうとすると、絨毯に足を引っかけて転びかけた。素早くエリカがわたくしの下に入って受け止めてくれる。

「エリカ、ありがとう」
「くぅん」

 エリカにお礼を言ってわたくしは転ばないようにラファエルお兄様の方に歩いて行った。
 ラファエルお兄様はドアを開けてわたくしを両手を広げて歓迎してくれる。わたくしはラファエルお兄様の腕に飛び込んだ。
 ぎゅっと抱き締められて、わたくしは安心する。
 しばらく抱き締め合っていたが、ラファエルお兄様の部屋が見たくて体をよじると、ラファエルお兄様はわたくしを開放してくれた。
 ラファエルお兄様の部屋は日当たりのいい場所で、子ども部屋が全部入りそうな机と椅子とソファセットが入った部屋と、それよりも少し狭い寝室が繋がっていた。
 ラファエルお兄様はわたくしをソファに座らせて、お茶を侍女に入れさせた。
 かなり頑張って歩いてきたので喉が乾いていたわたくしは、ありがたくお茶を飲む。
 エリカには水を飲ませてくれた。

「セラフィナにはいつかこの部屋に遊びに来てほしいと思っていたんだ。どうかな、わたしの部屋」
「すてき!」

 カーテンは高級感のある群青で、ベッドカバーは群青に星模様がキルティングされている。ソファセットも群青の布張りで、統一感のあるラファエルお兄様の部屋は、落ち着いていて居心地がよさそうだった。

 お茶を飲み終わると、わたくしはラファエルお兄様にお願いする。

「おにいたま、おてあらい……」
「一緒に行こうね」

 お茶を飲むとすぐにお手洗いに行きたくなるのも、三歳児の膀胱が小さすぎるので仕方がない。
 お手洗いに行ってすっきりして手を洗って、わたくしは冒険を続けることにした。

「おにいたま、いってきまつ」
「気を付けるんだよ、セラフィナ。あぁ、心配だ。ついて行きたい」
「わたくち、ひとりでぼうけん!」
「頑張って!」

 心配そうなラファエルお兄様だったが、廊下までわたくしとエリカを送り出して手を振っていた。
 ラファエルお兄様の部屋の横の部屋がわたくしが一人部屋をもらうことになったら、わたくしの部屋になるのだろうか。
 覗いてみたかったが、エリカにドアノブを下げてもらおうとしても、鍵がかかっていたようで開かなかった。

 階段から上がった廊下を右に来たので、今度は左に戻ってみる。
 階段の横を通り過ぎて歩いていると、わたくしはあることに気付いた。
 ドアが開いている部屋があるのだ。
 ドアが開いている部屋の脇にはメイドさんが立っていて、わたくしをちらちら見ながら掃除をしている。

 ドアが開いている部屋を覗き込むと、メイドさんが独り言のように呟いた。

「皇后陛下のお部屋のお掃除は大変ですわ」

 皇后陛下!
 つまり、ここはお母様の部屋なのだ。
 そっと入って行くと、机とソファセットのある部屋と、寝室が繋がっている。
 白地に花模様のカーテンとベッドカバーがお揃いで、お母様らしいかわいいお部屋だった。

 お母様のお部屋がここということは、隣はお父様のお部屋に違いない。

 同じようにメイドさんがドアを開けて掃除をしている横を通り過ぎて中に入ると、重厚な飴色に磨かれた机の上に書類が積み上がり、皮張りの椅子が置かれた部屋に辿り着いた。
 ソファセットもあるが、いかにもお父様の執務をするための部屋という雰囲気である。

 カーテンは上品な濃い緑色だった。

 その部屋から出て奥に向かうと、突き当りに広い部屋があった。
 なぜすぐに広いと分かったかといえば、その部屋もドアが開いていたのだ。

 広い部屋にソファセットとベッドだけがある。

 ここはお父様とお母様の寝室ではないのだろうか。

 わたくしが立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

「セラフィナ、ここまでたどり着いたんだね」
「ここがわたくしとヘリオドール様の寝室ですよ」
「おとうたま、おかあたま!」

 振り返るとお父様とお母様がわたくしの後ろに立っていた。
 両腕を広げるお父様とお母様に順番に抱き着いてから、わたくしはお父様とお母様の寝室のソファに座らせてもらった。

「冒険は楽しかったですか?」
「あい」
「今日はここまででいいんじゃないかな」
「あい」
「これからはセラフィナは困ったことがあればわたくしたちの部屋に来られますね」

 この冒険にどれだけ意味があったかは分からないけれど、わたくしはお父様とお母様に頷き、冒険を終わらせた。
 次は庭を冒険してみたいと野望を抱きながら。
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