オメガの大公閣下の溺愛

秋月真鳥

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リオネル(攻め)視点

14.お茶会での侮辱

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 カリスは常に優美で堂々としている。
 生まれながらの王族だとよく分かる洗練された動作で、ナイフの使い方からフォークの上げ下げまで、非常に優雅に行う。口元をナプキンで拭って、口に当たったナプキンの端を折って膝の上に乗せ直す仕草など、芸術かと思うくらい洗練されている。

 それは戦場でも同じだった。
 たたき上げの騎士たちと一線を画す優雅さがカリスにはあった。
 どんな状況でもその美しさが変わることはなく、戦況が悪化すれば鬼気迫るような迫力の美貌すら見せた。

 そのカリスが、目を閉じて静かに眠っている。
 心から寛いでいる姿はリオネルしか見たことがないだろうし、その姿すらも神の作り給うた奇跡のように美しくて、リオネルは拝んでしまいそうになる。

 アルファの中のアルファといわれていたカリス。
 その美貌はオメガだと発覚した後も全く変わりはない。
 出会ったときから美しかったが、九年の年月を経て、色気が増したくらいで、その容貌に衰えはない。

 普段は規則正しく目覚めるカリスは、リオネルよりも早く起きていることが多い。こんな風にカリスの気の抜けた寝姿を見られるのは非常に珍しかった。
 目覚めが近いのか、白い瞼がぴくぴくと動いているのに、リオネルはそっとそこに唇を落とす。キスをして顔を離すと、カリスの黒に近い濃い赤の目が開かれた。

「リオネル……おれは寝坊したか?」
「いいえ、わたしがいつもより早く目覚めただけです」
「起こしてくれてよかったのに。おれが抱き締めていたせいで動けなかっただろう」

 がっしりとリオネルを抱き締める腕のせいで動けなかったのは確かだが、それも心地よく、リオネルは幸福で胸がいっぱいだった。

「閣下の寝顔を堪能できて幸せです」
「間抜けな顔ではなかったか?」
「閣下は気が抜けていても美しいのですね」

 言葉の限りにカリスの美しさを讃えたかったが、カリスが起き上がってしまったので、リオネルもベッドから降りて身支度をする。
 騎士団にいたころはぴしりと騎士服を着こなし、普段でも優美なジャケットとトラウザーズに中はベストとシャツ姿のカリスだが、リオネルは屋敷にいる間は堅苦しい格好はしなくていいと免除されていた。

 騎士学校は卒業しているが、リオネルは元々平民で、一時は奴隷にまで落ちていた。それを慮って、カリスはリオネルに屋敷の中では堅苦しい格好をさせないでいてくれた。

 冬で寒いので温かい下着のシャツにタートルネックのシャツ、その上にVネックのセーター、トラウザーズという出で立ちのリオネルは、使用人たちよりも砕けた格好をしていたが、使用人もカリスに言われているのか、リオネルを侮るようなことはなかった。

 王家の血を引くカリスの屋敷の使用人には貴族もいる。貴族からしてみれば、奴隷上がりのリオネルに仕えるのは不満もあるだろうが、カリスが常にリオネルのそばにいてくれるので、カリスの屋敷ではリオネルは快適に過ごせていた。

 領地の貴族たちのお茶会ともなるとこうはいかない。
 きっちりとフロックコートを着込んだリオネルをカリスがエスコートしてくれるが、周囲の視線が好意的なものばかりではないことにリオネルは気付いていた。

「大公閣下、伴侶殿、本日のお茶会にお越しくださりありがとうございます」

 領地の一部を治めさせている貴族のお茶会は、茶葉と果物のよくとれるこの地の新しい特産品として、新作のフレーバーティーを広めるためのものでもあった。それに領主であるカリスと、その伴侶であるリオネルが出ないわけにはいかない。

「今日はよろしく頼む」

 カリスが挨拶すると貴族は深く頭を下げるが、リオネルのことは視界にも入れたくない様子だった。
 運命の番で、お互いに愛し合っているからリオネルはカリスの伴侶となれただけで、自分がカリスに相応しくないことはよく分かっている。

 席に案内されて、カリスとリオネルが離れた場所に椅子を用意されたのに気付いて、カリスが髪と同色の黒に近い濃い赤の眉を僅かに吊り上げたのが分かった。

「どうしておれの愛しい番と引き離されなければいけないのだ?」
「これは申し訳ありません。席順に手違いがあったようで」
「すぐにその手違いを正してほしいものだな」

 手違いなどあったはずがない。
 これがわざとだとリオネルも分かっているが、カリスが対応してくれているのでリオネルは黙っていた。
 リオネルとカリスを隣の席に変えた貴族は、リオネルにだけ聞こえるような小声で囁いた。

「大公閣下に媚を売る卑しい奴隷め」

 これが周囲の認識と理解しているリオネルだが、ここで言い返さねばカリスの面目も潰してしまいそうで、口を開いた。

「わたしは国王陛下から閣下との結婚のお許しをいただきました。それ以前に、わたしは戦場で功績を立て、勲章もいただいております。わたしは国の英雄、そのはずですが、あなたの目には閣下に媚を売る卑しい奴隷に見えますか?」

 はっきりと周囲にも聞こえるように貴族が口にしたことを繰り返すと、貴族の顔が青くなった。
 カリスの目が赤みを増して、怒りに燃える炎のように色を変えている。

「そうか、お前はおれの伴侶を卑しい奴隷だと思っているのか?」
「ち、違います! 何かの間違いです!」
「それでは、なぜおれの愛しい番が、『閣下に媚を売る卑しい奴隷』などという言葉を口にしたのだ?」
「そ、それは、わたしを陥れようとしているのです!」

 リオネルの被害妄想にしてしまおうとする貴族に対して、カリスが席から立ち上がる。長身のカリスは立ち上がっただけで貴族よりも頭一つ大きく、肩幅も広く、胸も厚く、非常に威圧感があった。

「おれの愛しい番がお前を陥れて何の利益があるというのだ」
「わたしの正しい出自に劣等感を抱いているのだと思います。閣下、信じてください。わたしはなにも言っておりません」
「正しい出自? お前も貴族の地位を金で買った元平民の商人にすぎないだろう。おれの番を侮辱したことを後悔させてやる。お前には追って沙汰を下す。不愉快だ。帰ろう、リオネル」

 怒鳴るでもなく、酷く冷ややかに告げてリオネルの手を引くカリスに、リオネルは大人しくついて行く。
 愛しいカリスは、リオネルの名誉のために貴族を叱責してくれた。

「閣下、ありがとうございます」

 帰りの馬車の中でリオネルが礼を口にすれば、カリスがリオネルの体を抱き寄せる。
 お茶会会場の入り口でコートもマフラーも預かられてしまったが、今はしっかりとカリスの手によって身に付けさせてもらっていた。

 冬の終わり切っていない馬車は冷たい風が入り込んできて、カリスに抱き締められるとリオネルはその温かさにほっと息を吐く。

「リオネルは国のために十六のときから六年間もおれと共に最前線にいた。救国の英雄として崇められこそされても、奴隷上がりと侮辱されるいわれはない」
「わたしが奴隷上がりであることは確かですが、元騎士団の副団長として、国王陛下から勲章をいただいた英雄として、そして、閣下の伴侶として、何一つ恥ずかしい生き方はしていないと思っています」

 そう思わせてくれたのは、他でもないカリスの存在だった。
 カリスが大きな愛で包み込んでくれるので、リオネルは自分を卑下することがなくなった。

 抱き締められてカリスの肩にかかる髪に鼻先を埋めて香りを吸い込んでいると、カリスがリオネルの癖のある金髪を撫でる。リオネルの髪はカリスのように真っすぐでこしがあるわけではなく、どちらかといえばふわふわとしていた。

「リオネル、おれのかわいいリオネル」
「わたしの愛しい閣下」
「かわいいリオネルを侮辱されて、あの男の首を刎ねたいのを我慢していたのだぞ?」
「首を刎ねるのはやめてください。閣下の手を汚す価値もない相手です」

 戦場でカリスもリオネルも覚えていないほど敵を屠ってきたが、平和になった今、リオネルはカリスには血の一滴も浴びずに生きてほしいと思っていた。
 優雅で穏やかで大らかなカリスには、平和な生き方が似合う。

「この国の在り方から変えていかねばいけないのかもしれない。まずは、奴隷となるものがいなくなるようにしなくてはな」

 奴隷を売る人身売買組織は王都の騎士団によって摘発されているが、それでも、奴隷として子どもを売る貧しい平民がまだ存在するのは間違いない。
 貧しい平民達を豊かにさせることこそが、奴隷上がりであるリオネルの名誉を守ることだとカリスは考えているようだった。
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