オメガの大公閣下の溺愛

秋月真鳥

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カリス(受け)視点

7.ヒートトラップとカリスのヒート

 国王であり兄であるアデルバルトから招待された夜会で、リオネルはヒートトラップにあった。
 ヒートトラップとは、ヒート促進剤でヒートを起こしたオメガが、アルファをフェロモンで誘惑して無理やり抱かせる罠だ。

 夜会自体、和平のためにこの国に人質として差し出された隣国の王女が我が儘を言って開かせたもので、リオネルは夜会の間に気分が悪くなったと言って離席した。
 リオネルが心配だったがアデルバルトに話しかけられてカリスはリオネルについて行ってやることができなかった。

「新婚生活はどうだ?」
「順調です、兄上」
「番にはなれそうか?」
「おれのヒートが来ないので、無理かもしれませんが、リオネルはおれを愛して大事にしてくれます」

 そばにいてくれるだけでいい。
 カリスのヒートはここ十年起きていない。ヒートが起きることがないからこそリオネルはカリスのそばに安心していられるのだと思えば、そのことは嬉しいくらいだった。
 番になりたいなどと望まない。
 リオネルには愛する相手と結ばれてほしい。
 今、カリスと結婚しているのはリオネルの心を癒すためであり、三年後にカリスの持つ爵位を譲るためでもある。その後はリオネルの思うままにしてくれればいい。

「リオネルが気分を悪くしているので、様子を見てきます」
「それは大変だ。行ってやってくれ」

 なかなかリオネルが戻らないことに気付いたカリスがリオネルを探しに手洗いの方に向かっていると、リオネルの声が聞こえた。

「閣下! カリス閣下!」

 切羽詰まった声に、その方向に行けば、閉ざされた控室のドアがあった。ひと蹴りでドアを蝶番ごと吹っ飛ばすと、カリスはリオネルを呼ぶ。

「リオネル、どうした?」
「閣下! 助けてください!」

 真っ青な顔になっているリオネルに、隣国の王女が跨ろうとしている。嫌がっているのは間違いないので、隣国の王女を押し退けて、カリスはリオネルを抱き上げた。

「リオネル、平気か?」
「閣下……すみません、吐きそうです……」

 手洗いに素早く連れて行くと、リオネルは個室で吐いているようだった。
 吐くほど嫌だったのかと知ると、隣国の王女が許せなくなってくる。
 落ち着いたリオネルを抱き上げて、カリスは真っすぐにアデルバルトのところに向かった。このことを報告しなければいけない。
 カリスのかわいいリオネルを隣国の王女は苦しめたのだ。

「隣国の王女がおれの夫にヒートトラップを仕掛けました」
「それは本当か!?」
「おれの最愛を汚されそうになったのです!」
「隣国の王女はすぐに捕えさせる」
「リオネルは体調を崩しています。本日はこれで失礼します」

 怒りのままに告げると、アデルバルトは事の重大さを理解してくれたようだった。
 リオネルを抱いたまま馬車に戻って王都のタウンハウスに帰るように伝えると、リオネルはカリスの胸に顔を埋めてじっとしている。吐いたせいか顔色は少しよくなっていた。

「閣下、ご迷惑をおかけしました」
「おれのリオネルに手を出したのだ。相応の罰は受けてもらう」
「閣下……」

 余程嫌だったのだろう。カリスの首に腕を回して抱き着いてくるリオネルの背中を撫で、カリスは宥める。
 リオネルは結んでいたカリスの長い髪を解いて、髪に顔を埋めて嗅いでいるようだった。
 髪は毎日洗っているので、戦場にいたときのように不潔ではないと思うのだが、洗ってから一日近く経っているので、臭うかもしれない。
 カリスが気にしていると、リオネルは深く息を吸い込んで、長く息を吐いた。

「すみません、オメガの匂いがどうしても無理で……」
「おれの匂いは平気か?」
「閣下はいい匂いです。落ち着きます」
「それなら、好きなだけ嗅いでいるといい」

 奴隷時代にオメガのヒートで襲われた経験のあるリオネルは、オメガの匂いが無理なのだろう。リオネルの匂いは平気なようなので、落ち着くのならばどれだけでも嗅いでいていいが、多少気恥ずかしさがないわけではなかった。
 疲れ切っているリオネルをタウンハウスのベッドに寝かせて、髪を撫でていると眠ってしまう。
 眠っているのを確かめて、カリスはリオネルの頬を撫でた。

「おれのリオネル……かわいいリオネル」

 隣国の王女がリオネルに跨ろうとしていたのを見たとき、カリスは脳髄が焼けるような感情を抱いた。リオネルは自分のものだ。かわいいリオネルは自分だけのものだ。
 我慢ができなくて頬にキスをしたが、それ以上はいけないと耐えて、カリスはリオネルから離れてバスルームに入って体を流し、リオネルと別の部屋で休んだ。

「閣下!? 閣下、どこですか!?」

 朝になってリオネルが探している声がしたので、ベッドから起き上がって廊下に出ると、リオネルは昨日の格好のままでカリスに抱き着いてきた。

「閣下……一人にしないでください」

 寂しかったといわれて、カリスはリオネルに謝って、その体を強く抱き締めた。
 もう我慢ができないくらいリオネルへの想いが募っていて、カリスは自我を保つのが大変だった。

 隣国の王女は隣国に送り返されて、リオネルには慰謝料が払われた。
 無欲なリオネルは、その慰謝料を神殿に寄付してしまった。神殿では孤児や捨て子を引き取って育てているので、その子たちのためを思ったのだろう。

「いつか必要になるかもしれないが……まぁ、リオネルはおれと離縁するときには生活に困らないだけの慰謝料を払えばいいか」
「離縁はしません」
「おれは構わないが、リオネルはそれでいいのか?」
「閣下と添い遂げるのがわたしの願いです」

 添い遂げるなどと言っているが、リオネルは若い。いずれはカリスの元を離れていくだろうとカリスは思っていた。

 リオネルとカリスの領地に戻ってから数日後、カリスは熱っぽさを感じていた。
 カリスには自覚がなかったが、リオネルが恐る恐る聞いてきた。

「閣下のフェロモンが濃くなっています。ヒートなのではないでしょうか?」

 起きるはずのないヒートが起きてしまう。
 リオネルに迷惑をかけるわけにはいかないので、カリスはリオネルに告げた。

「ヒートの間はおれの部屋に入らないでほしい。部屋に近付くのもダメだ」

 これまでに二回しか経験していないが、カリスのヒートは軽いものだった。抑制剤を飲んでいれば治まったし、フェロモンも誰にも感じ取られたことがない。なぜかリオネルはカリスのフェロモンが分かるようなので、リオネルだけは遠ざけておかなければいけない。
 ヒートのときにはオメガは我を失ってアルファを求めてしまう。
 カリスはヒートでリオネルを無理やり番にしてしまうことだけが怖かった。

「閣下とわたしは夫夫なのです。婚姻関係にあるオメガのヒートに、アルファは寄り添う義務があります」
「そういうことはしなくていい。リオネル、おれは抑制剤がよく効く体質だから心配しなくていい。抑制剤を飲んで三日も大人しくしていればヒートも過ぎる」

 真面目に言うリオネルに、カリスはきっぱりと拒否する。
 それでも、リオネルは引き下がらない。

「ヒートが起きたのは何年ぶりくらいですか?」
「覚えていない。もう十年は来ていないのではないだろうか。もう起きないものだと思っていた」
「わたしに相手をさせてください」
「リオネル、結婚したからといってそんなことを考える必要はない。抑制剤で抑えるから大丈夫だ」

 これまでのヒートは軽かったはずなのに、息が荒くなってリオネルを求めそうになるカリスは、必死に正気を保とうとする。強く拳を握り締めて、手に爪を立てて痛みで何とか正気を保つカリスに、リオネルは引き寄せられるように近付いてくる。

「頼む、部屋から出ていってくれ」

 頼んでも部屋から出て行ってくれないリオネルに、最終手段としてカリスは命じた。

「リオネル・ラウゼン、速やかに退出せよ!」
「はっ! 閣下!」

 騎士としての精神が骨の髄まで染みついているリオネルは、命じられたらそれに従うよりほかはない。
 やっとリオネルが部屋から出て行ってくれて、カリスは抑制剤を飲んだが、体のほてりは冷めない。体がリオネルを求めているのが分かる。
 呼んではいけないと分かっていても、カリスの口から呻き声が漏れた。

「リオネル……おれのリオネル……」

 リオネルは自分のものなどではない。
 分かっていても、カリスのオメガとしての本能がリオネルを自分のアルファだと認識している。
 どれくらい時間が経ったかわからない。
 カリスは意識を失っていたようだ。
 夢の中にいるようで、リオネルの香りがカリスを包んでいる気がする。

「リオネル……これはおれに都合のいい夢か?」
「閣下、つらいのでしょう? わたしにできることなら何でもさせてください」
「リオネル……」

 手を伸ばすと、リオネルがカリスの頬に触れていて、カリスはその手に手を重ねる。
 腕を引けば、リオネルの体がカリスの腕の中に倒れ込んでくる。
 抱き締めると、リオネルのフェロモンを胸いっぱいに吸い込む。

「リオネル……おれのリオネル……かわいいリオネル……」
「閣下?」
「夢ならばこのままおれのものにしてしまいたい」

 夢ならばいいだろうと唇を重ねた。
 触れるだけの口付けでは足りなくて、舌を絡めていると、リオネルがカリスに縋ってくる。

「愛しています、閣下。わたしを閣下のものにしてください」
「リオネル……かわいいリオネル……ずっとおれのものにしたかった」

 夢なのだから本当のことを言ってもいいだろう。
 ヒートの熱に浮かされているカリスは、リオネルと口付けながらリオネルのフェロモンに溢れた唾液を飲み込む。

「閣下……閣下のものになりたいです」

 リオネルがこんなことを言うはずがない。
 これは夢に違いない。
 夢ならばカリスの思う通りにしていいのではないだろうか。

 口付けを交わしながらリオネルを抱き締めて、カリスはふと気付いた。
 これは本当に夢なのだろうか。
 口付けの感触も、リオネルのフェロモンも、何もかもがリアルすぎる。

「夢、ではない?」
「閣下?」
「リオネル!? どうして!? ここに入ってはいけないと言ったのに」
「閣下が苦しんでいると思ったら、おそばにおらずにはいられませんでした」
「リオネル、すぐに部屋から出ていくのだ」
「嫌です!」

 気付いて必死に拒絶したが、リオネルはカリスの命令に従わなかった。

「閣下、御身に触れる許可をください」
「ダメだ、リオネル。離れなさい」
「閣下、お願いです。わたしは閣下を愛しているのです」

 愛しているといわれている。
 それが本当だとはカリスは全く信じられなかった。

「おれのヒートに惑わされているだけだ。冷静になるのだ、リオネル」
「惑わされてなどいません。閣下がわたしを助けてくださったときから、わたしの心は閣下のものでした。閣下をずっと愛してきました。どうか、御身を慰める許可をください。番になりたいなどと言いません。触れさせてください。ヒートを治めさせてください」

 突き放せば、床の上に正座をして額を床にこすりつけるリオネルに、カリスは混乱してくる。
 ヒートのフェロモンとはこんなにも強くアルファであるリオネルを誘ってしまうのだろうか。

「ヒートのせいだ」
「閣下もわたしを自分のものにしたいと言ってくださったではないですか! わたしは聞きました! 聞いた以上はもう退けません!」

 ここまで言われたら、一度くらいはリオネルと体を繋げてもいいのではないだろうか。
 一夜の夢と思ってリオネルもカリスも忘れればいい。

「床の上に座っているとリオネルが冷えてしまう。寒がりなのに」
「閣下が温めてください」
「リオネル、後悔しないか?」
「後悔など致しません。閣下のものにしてください」

 もう我慢ができなくて、カリスはリオネルをベッドの上に座らせて噛みつくように口付けていた。
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