オメガの大公閣下の溺愛

秋月真鳥

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カリス(受け)視点

11.茶会での侮辱とリオネルの変化

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 リオネルは風呂上がりにはカリスの髪を丁寧に梳いて、香油を馴染ませて艶を出す。
 戦場でかなり荒れていなかったわけではないカリスの髪だったが、リオネルがケアをするようになってから艶を取り戻し、美しく輝くようになった。
 まるで愛するように髪のケアをするリオネルに、カリスは妬けて「切ってしまおうか」などといえばリオネルは慌てて止めたが、必死に堪えてカリスのいいようにしてほしいといい直す。
 そういうところもかわいくて愛しいと思っていると、ふとリオネルが感じるカリスのフェロモンについて疑問がわいた。

「おれのフェロモンは普通のアルファには感じられないくらい薄いはずなんだが、リオネルはそれを感じているのだな?」
「はい、いつも閣下はいい香りがします」
「おれのフェロモンはどんな匂いだ?」

 これまで誰も気付かなかったので聞いたことがなかったが、カリスのフェロモンはどんな匂いなのだろう。
 リオネルに問いかけると、困ったようにしばらく考えてから答えをくれた。

「なんと申しますか、包み込まれるような安心する香りです。甘いのですが、甘すぎるわけではなく、爽やかなのですが刺激があるわけでもなく、優しくわたしを抱き締めてくださる閣下の腕の中にいるような安心感のある香りです」
「汚臭ではないのだな」
「そんなはずはありません。閣下の香りはフェロモンと気付いていないときからずっと好ましく感じておりました」

 隣国の王女がヒートトラップを仕掛けて来たとき、リオネルはそのフェロモンを「汚臭」と感じていたようなので、そうではないのかと確認すると、好ましく感じていたという答えが返ってくる。
 カリスもリオネルのフェロモンの匂いについて考えてみた。

「リオネルに初めて出会ったとき、アルファのフェロモンを感じた」
「本当ですか?」
「おれはオメガ性が弱いので、アルファのフェロモンはほとんど感じないし、影響もないのだが、リオネルからはいい匂いがしていた」

 初めて会ったときからリオネルにだけはカリスの弱いオメガ性が反応していたと白状するのは恥ずかしかったが、リオネルは興味を持って聞いてくれる。

「わたしのフェロモンはどのような香りですか?」
「甘さと爽やかさの中に、少しスパイシーな匂いがして、おれは好ましいと思った」
「今も香っていますか?」

 僅かな甘さと爽やかさと少しのスパイシーな香り。これがないとカリスは落ち着かなくなっていた。
 リオネルを後ろから抱き締めた状態で肩口に顔を埋めて息を吸い込むと、リオネルのいい匂いがしてくる。
 戦場にいたころは何日も風呂に入れなかったことがあったが、今は毎日入っているし、風呂上がりなので互いに同じ石鹸の匂いもしていた。石鹸の匂いよりもずっと強い、リオネルのフェロモンの匂い。

「他のアルファの匂いはさっぱり分からないのだが、リオネルの匂いはいつも好ましく感じるな。いい匂いだ」

 カリスがリオネルの匂いを嗅ぎながら言えば、リオネルの方もカリスの髪を摘まんで匂っている。

「閣下、抱かせてください」
「おいで、リオネル」

 リオネルに請われて、カリスはリオネルの手を引いてベッドまで連れて行った。
 抱き合うことにカリスも快感を拾えるようになってきていた。
 心地よい互いの体温を分け合って、抱き合うことが何よりも満たされる。

 抱き合った後で風呂に入り直して、カリスはリオネルを布団の中で抱き締めた。
 戦場で雪の吹きすさぶ中で震えて「閣下、寒いです……」と助けを求めて来たときから、カリスはリオネルの寒がりを知っている。雪解けが近い時期になっても夜は冷えるので、カリスはリオネルを深く胸に抱き込んで眠っていた。その体勢はリオネルも落ち着くようだった。

「リオネル、寒くはないか?」
「閣下の腕の中はいつも温かいです」
「夏場は暑そうだな」
「そのときは、布団を薄くすればいいでしょう」
「おれが抱き締めないで寝る選択肢はないのか?」
「抱き締めてくださるでしょう?」

 カリスにリオネルを抱き締めない選択肢はないのだが、暑がっていたらかわいそうなので開放するつもりだった。それをリオネルは夏場でもそばにいたそうにしている。
 夏場で汗だくになってもカリスはリオネルを抱き締めて眠ってしまうかもしれない。
 そう思っているとリオネルが眠りに落ちたようで、幼子のようにカリスに縋ってくる。

「かっか……わたしのうんめい……」
「リオネルはおれの運命だ」
「うれしい……かっかとわたしはうんめい……」

 こんなにもリオネルがかわいくて胸が苦しい。
 カリスは愛情を持て余しそうになるくらいリオネルを思っていた。

 領地の一部を治めさせている貴族の元にお茶会に出かけたときに、カリスは嫌な気配は感じていた。
 その貴族がリオネルをよく思っていないようなのだ。
 リオネルを置いて行こうかとも考えたが、リオネルはカリスのそばを離れたがらないので、カリスはリオネルを連れてお茶会に参加していた。
 フロックコートを着ているリオネルは格好よくてかわいくて、カリスは自慢だったのだが、挨拶をする貴族の目は厳しい。

「大公閣下、伴侶殿、本日のお茶会にお越しくださりありがとうございます」
「今日はよろしく頼む」

 カリスには媚びへつらうようにしてくるが、リオネルは視界にも入れたくないようだ。
 席に案内されて、カリスは上座に連れて行かれたのに、リオネルは離れた一番端の席で、カリスは冷ややかにその貴族を見つめた。

「どうしておれの愛しい番と引き離されなければいけないのだ?」
「これは申し訳ありません。席順に手違いがあったようで」
「すぐにその手違いを正してほしいものだな」

 これが手違いなどではなくわざとであることをリオネルも気付いているだろう。
 リオネルが嫌な気持ちになるくらいならお茶会は辞めさせて帰ろうと思っていたら、すれ違いざまにその貴族がリオネルになにか囁いたのが聞こえた。
 カリスに聞こえないように言った言葉の内容を知りたいと歩み寄ろうとする前に、リオネルが口を開いた。

「わたしは国王陛下から閣下との結婚のお許しをいただきました。それ以前に、わたしは戦場で功績を立て、勲章もいただいております。わたしは国の英雄、そのはずですが、あなたの目には閣下に媚を売る卑しい奴隷に見えますか?」

 堂々としたリオネルの態度に感心しつつも、カリスは怒りにその貴族を睨み付けた。怒りが募るとカリスの目は血液が集まって赤い色が増してくる。

「そうか、お前はおれの伴侶を卑しい奴隷だと思っているのか?」
「ち、違います! 何かの間違いです!」
「それでは、なぜおれの愛しい番が、『閣下に媚を売る卑しい奴隷』などという言葉を口にしたのだ?」
「そ、それは、わたしを陥れようとしているのです!」

 被害者ぶろうとするその貴族の前にカリスは立ちふさがる。
 怒鳴る必要も、声を荒げる必要もなかった。
 どこまでも冷ややかに、大きな体でその貴族を威嚇しつつ告げる。

「おれの愛しい番がお前を陥れて何の利益があるというのだ」
「わたしの正しい出自に劣等感を抱いているのだと思います。閣下、信じてください。わたしはなにも言っておりません」
「正しい出自? お前も貴族の地位を金で買った元平民の商人にすぎないだろう。おれの番を侮辱したことを後悔させてやる。お前には追って沙汰を下す。不愉快だ。帰ろう、リオネル」

 あの貴族は領地の一部を治める仕事を取り上げて、この領地から追いやってしまおう。心に決めて、カリスはリオネルの手を取って馬車まで連れて行った。
 馬車のリオネルを乗せると、コートとマフラーと手袋を丁寧に身に付けさせる。
 本来ならば侍従や侍女がやることも、カリスはリオネルにはしてやりたかった。

「閣下、ありがとうございます」

 礼を言うリオネルに、カリスは馬車の中でリオネルを温めるように抱き締めて、告げる。

「リオネルは国のために十六のときから六年間もおれと共に最前線にいた。救国の英雄として崇められこそされても、奴隷上がりと侮辱されるいわれはない」
「わたしが奴隷上がりであることは確かですが、元騎士団の副団長として、国王陛下から勲章をいただいた英雄として、そして、閣下の伴侶として、何一つ恥ずかしい生き方はしていないと思っています」

 リオネルが自信をもってそう言ってくれただけでも、カリスはリオネルは変わったのだと感じる。
 騎士団に連れて行かれたときに、新人の騎士たちに侮辱されていたときのリオネルとはもう違う。

「リオネル、おれのかわいいリオネル」
「わたしの愛しい閣下」
「かわいいリオネルを侮辱されて、あの男の首を刎ねたいのを我慢していたのだぞ?」
「首を刎ねるのはやめてください。閣下の手を汚す価値もない相手です」

 リオネルかわいさに、相手の首を刎ねることまで考えてしまったが、それを止められて、リオネルらしいと思ってしまう。

「この国の在り方から変えていかねばいけないのかもしれない。まずは、奴隷となるものがいなくなるようにしなくてはな」

 リオネルのためにも、カリスはこの国を変えたいと思っていた。
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