後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

文字の大きさ
25 / 30
第一部

25.伝達の処遇

しおりを挟む
 後宮で聞き取りを続けながらも、私のボーイズラブ小説は変わりなく皇帝陛下に届けられていた。
 皇帝陛下がどうしても望むので、後宮の妾をモデルにしているが、罪悪感が酷い。妾の中には売られてきたものもいるので、女性によって酷い目に遭わされた経験者も少なくなかった。

「貧しい家で、十歳のときに娼館に売られました。十五歳から客を取らされて、見目がいいからと貴族に買い取られ、後宮に連れてこられました」
「これからどうしたいと思っていますか?」
「もう誰も信じられない……。貴族の元に嫁がされても、どうせ、私はまた捨てられる運命なのでしょう? それならば、できるだけ豊かな商人に嫁ぎたいです。二番目でも三番目でもいい。豊かな生活が一生送れるのならば……」

 人生を諦めたようなその妾の話に、私は同情してしまった。
 皇帝陛下も難しい顔をしている。

「娼館は夫を持てない女性のためには必要なのだが、こういうことがあると考えてしまうな」
「娼館で種をもらってきたという話はよく聞きますからね」
「それに、種をもらうだけではなく、男の肌に触れて安らぎを得る場所でもある。高級娼夫は、体を交わさずとも話術で女を虜にすると聞いているし」

 娼館が必ずしも悪い場所ではないと私も分かっているのだが、こういう話を聞けばどうしても陰鬱な気持ちになってしまう。
 それを振り払うように皇帝陛下が私に問いかけた。

「伝達、そなたはどうしたいか決めたか?」
「私にも選択権があるのですか?」
「もちろんだ。そなたも形だけとはいえ、私の妾の一人だ」

 まさか自分にも選択権があるとは思わず私は戸惑ってしまった。ちらりと私の横に立つシャムス様を見れば、皇帝陛下を真剣な眼差しで見つめている。

「伝達殿さえよければ、私は伝達殿を夫に迎えたいと思っております」
「シャムス、そなた、やはり伝達殿を想っていたか」
「はい。伝達殿は私にない発想をして、伝達殿と行動を共にするのはとても楽しかった。私は後宮が解体されても伝達殿と一緒にいたいのです。伝達殿、どうでしょう?」

 はっきりとシャムス様は皇帝陛下に自分の意思を告げてくれた。
 私は目の奥が熱くなって涙が滲んでくる。
 ずっとシャムス様のことを慕わしく思っていた。それが叶う日が来るなど考えてもいなかった。

「私もシャムス様の夫になりたいです」

 必死に言えば、涙と洟が垂れてしまう。シャムス様は私の顔をハンカチで拭いてくれた。

「勇気を出して申し出てみてよかった。伝達殿、こんな私だがよろしく頼む」
「私こそ、よろしくお願いいたします」

 シャムス様は私の護衛になる前は騎士団でも中隊を任されるほどの騎士だった。それが皇帝陛下の直属の吟遊詩人である私の護衛という立場で満足してくださっているのだからありがたいことこの上ない。

「後宮の解体が終われば、城下町にもシャムス様と取材に行ってもよろしいですか? 他にも行きたいところがたくさんあります。蜜の国も、太陽の国も、この目で見てみたいです」

 自分が住んでいた日の国ですら、城に閉じ込められて育っていたので私は市井のことはよく知らない。月の帝国のこととなると、尚更知ることがない。
 これからも皇帝陛下に満足していただけるボーイズラブ小説を書いていくのであれば、リアリティを追求するために取材は欠かせなかった。

 それにしても、いつまで私はボーイズラブ小説を書かされるのだろう。
 一度くらい男女の恋愛で皇帝陛下を唸らせてみたかった。

「それにしても、神がかりになったイフラース殿の演技はものすごかったですね」

 お茶会が終わった後にイフラース様にシャムス様が言っていたのだが、イフラース様は呆然としてそれを聞いていた。

「僕は演技などしていない」
「え?」
「あんな演技ができるわけないだろう? 皇帝陛下のお名前を呼び捨てにするなど畏れ多くてできるわけがない」

 あの言葉を言っていた間のイフラース様の意識はあったようなのだが、言葉は勝手に口から出てきたのだという。

「イフラースは演技ではなかったのか!?」

 そのことを皇帝陛下にお伝えするととても驚いていた。

「私の名前を呼び捨てにしているから、打ち合わせとは違うとは思っていた。それに、私もあの声を聴いていたら自然と平伏していた」

 皇帝陛下もイフラース様の態度がおかしいことには気付いていたようだった。演技ではなかったとすれば、あれは何なのだろうか。
 前世の私はいわゆるスピリチュアルなことは信じない主義だったが、この世界にはそういうものが存在するのかもしれない。イフラース様が幼少期から、毒物が混ざったものは黒い霞がかかったように見えていたというのも、イフラース様が本当に神がかりになった可能性を考えると、信じられなくもないことだった。

 そのイフラース様も無事に塔を護衛する騎士の元に嫁いだ。騎士は身分は高くないが、イフラース様を一生愛して大事にすると言っていた。こんな美しい夫が来てくれてとても幸せだと喜んでいたという。

 一人、また一人と後宮から妾が減っていく。

 私の番も近付いていた。

 バシレオスに相談すると、バシレオスは私の前で深く頭を下げてお願いしてきた。

「私も伝達様と共に連れて行ってくださいませんか? 伝達様と共に物語を作るのが、私の喜びとなっております」

 それに関しては、シャムス様に相談しなければいけなかった。
 私が嫁ぐのはシャムス様の家で、シャムス様はその家の跡継ぎなのだ。

「私と共にバシレオスも従者として連れて行くことが可能ですか?」
「そうなると、バシレオスの妻も探してやらねばならないな。私の屋敷に仕えているものでバシレオスが気に入るものがいれば、引き合わせよう」
「それでは、バシレオスを連れて行ってもいいのですね」
「伝達殿の物語を書くためにはバシレオスが必須なのだろう? 引き離すわけにはいかないよ」

 心優しいシャムス様の言葉に私は救われる気持ちだった。
 シャムス様の屋敷に移ることになっても、バシレオスと一緒に小説を書ける。

「私は皇帝陛下と共に萌えを語ってから屋敷に帰る。伝達殿は皇帝陛下に物語を渡して、皇帝陛下と私が読んでから、私と一緒に屋敷に帰る。夜は遅くなるが平気か?」
「これまでもそうでした」
「これまでは後宮内で帰り道は近かったが、私と一緒になれば私の屋敷に帰るので、少し遠くなる」
「それでも大して差はないでしょう」

 平気ですと答えると、シャムス様の手が私の頬を撫でた。
 顎に手を添えられて、口付けられそうになって、私は慌ててシャムス様を止める。

「い、いけません! まだ!」
「そうであったな。まだ伝達殿は私のものになっていなかった」

 早く私のものにしたいものだ。

 耳元で囁かれて私は飛び上がってしまう。
 前世の世界では男性がこういうことを言うと女性が喜んだものだが、今世のこの世界では、女性の方がこのようなことを口にするのだ。
 男女の恋愛を書くとしたら、前世の男女観は完全に捨てた方がよさそうだ。

「シャムス様、男女の恋愛を試しに書いてみたのですが、読んでみてくれませんか?」

 話題を変えるために、私は試作品として書いていた男女の恋愛の小説をシャムス様に差し出した。バシレオスの箔押しもされていないし、バシレオスの字でもない、私の汚い字で書かれたそれを、シャムス様はじっくりと読んでくれた。

 そして、膝から崩れ落ちた。

「シャムス様!?」
「どうしてなのだ……どうして、この女はこんなにも弱いのだ。男は妙にいきり立っておるし。伝達殿がこんな物語を書くとは……」

 ショックを受けているシャムス様に、私は「そこまで!?」と驚いてしまう。ショックのあまりシャムス様は涙目になっていた。

「こんなにつまらないものを伝達殿が書くなど、全く信じられない。どうか嘘だと言ってくれ。これは伝達殿が書いたのではないのだな? バシレオスの考えを伝達殿が写しただけなのであろう?」
「そこまで酷かったですか?」
「あり得ない……」

 あり得ないとまで言われてしまった。
 これはこれでものすごくショックだ。

「これは恋愛を知らぬものが書いた夢物語のようではないか。伝達殿が書く男同士の物語はもっと現実味があって、もっと深みがあって……。嘘だと言ってくれ、伝達殿! これを書いたのは伝達殿ではないと言ってくれ!」

 シャムス様は私のことを愛してくれていて、結婚も考えてくれているのに、その相手ですらこんな反応をするものを私は書いてしまった。
 そっと今夜皇帝陛下に渡すボーイズラブの構想を差し出すと、顔を覆って悲しみに暮れていたシャムス様の表情が明るくなる。

「なに!? 娼館に売られた男と、その男を慕っている娼館の料理人の男の話!? これは、他の女に好きにされている男を助けられぬ料理人の葛藤、そして、体を与えることになれば、他の女と同じように料理人を思っていると思われるという娼夫の苦しみ! なんと! これはいつ読めるのだ?」
「これからバシレオスと書き上げて、夜には皇帝陛下にお届けしようと思っております」
「なんと素晴らしい。期待しておるぞ」

 どうしても私はボーイズラブしか受け入れられないようだ。
 「解せぬ」と思いつつも、将来の妻と皇帝陛下のために、私はボーイズラブ小説を書くのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...