後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

27.ハウラ殿下の絵本

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 シャムス様が曲刀を構えた女性を見た後の動きは早かった。
 素早く私を自分の背中側に庇い、女性に飛びかかって腕を掴んで曲刀を落とさせる。落とした曲刀は私の方に蹴って来て、私がその曲刀を拾って、シャムス様が女性を押さえ付けて確保した。

「シャムス! 皇帝陛下の乳姉妹の分際で!」
「貴様は騎士団も追われて、自粛するように言われていた身であろう! 皇太子殿下の宮の敷地に刃物を持って押し入った罪は重いぞ!」
「知っておるわ! もう、この身など惜しくはない! 我が家は崩壊したのだ!」

 自棄になっている女性をシャムス様が他の騎士を呼んできて連れて行かせる。あの女性はシャムス様も知っている人物のようだった。

「イフサーン様とイフラース様の姉だと言っていました」
「その通りだ。イフサーン殿とイフラース殿が皇帝陛下の寵愛を受けられぬことにずっと不満を持ってきた騎士だ。先日騎士団から除名されたがな」

 やはりあの女性は彼女が言う通りイフサーン様とイフラース様の姉だった。
 イフラース様はイフサーン様のそばにいることを決めたので、下級の騎士の元に嫁いだのだが、それも二人の姉には面白くなかったのだろう。

「彼女の家はどうなりますか?」
「皇太子殿下の宮の敷地に刃物を持ち込んで、皇帝陛下直属の吟遊詩人の命を狙った罪は重い。家は取り潰しになるだろう」

 それもイフサーン様という毒物に異常に執着する人物を後宮に送ってしまった末路なのだが、イフラース様が家を離れて他の家に嫁いでいてよかったと思わずにはいられない。
 イフラース様はイフサーン様と違って取り調べにも協力してくれたし、常に私とシャムス様に協力的だった。

「イフラース様は嫁ぎ先でどのようにして暮らしているのですか?」
「とても大事にされていると聞いている。高貴な方が婿に来てくれたので、家中でお祝いして今後イフラース様を守って行こうと誓っている。イフラース様も妻と仲睦まじい様子だったよ」

 高貴な家の出身ということが邪魔をして、下級の騎士に打ち解けられないなんてことがあるかもしれないと思っていたが、そんなことはないようだ。元々イフラース様は私にも気安い様子だったので、下級の騎士でも自分を愛してくれる相手に心を許しているのだろう。
 イフラース様のような美しい男性が婿に来て、その下級騎士の家も喜んでいるようで安心した。

「私の母も伝達殿に会うのを楽しみにしておる」
「え? シャムス様のお母上に私のことを話してくださったのですか?」
「もうすぐ結婚するのだ。当然だろう。母は『皇帝陛下直属の吟遊詩人様が家に嫁いできてくださるなんて素晴らしい』と喜んでおったぞ」
「そうなのですか!?」

 シャムス様の家の当主であるお母上にそれだけ歓迎されているのならば私の未来も明るいのではないか。
 自分の頬が熱くなっていることに気付き、私は頬を押さえて隠した。

 絵本を渡しに行くとハウラ殿下はとても喜んでいた。
 この絵本で襲ってきたイフサーン様とイフラース様の姉を退けたなどというわけにはいかないが、紙の端が少し曲がっている気がする。

「ありがとう、でんたつ。よんでもいい?」
「読んでくださいませ、ハウラ殿下」
「ちちうえー! わたしのえほんがきたー! えがかいてあるー! とてもきれいー!」
「ハウラ殿下、父の膝で読みますか?」
「やったー!」

 大喜びで絨毯に座る千里様の膝の上に座ってハウラ殿下が絵本を読む。くりくりとした大きな目が見開かれ、文字を一つ一つ指で辿りながら真剣に読んでいく様子はとても愛らしい。
 喜んでいただけるか心配していたが、ハウラ殿下は手に汗を握りながら読み進めていく。

「わるいジンがいたのか。よるにしろをあらしていたのは、わるいジン。それをびんのなかにとじこめてしまうなんて、すごーい! おもしろい!」

 感動しているハウラ殿下に、皇帝陛下もお渡りになっていて、父娘のやりとりを見ていた。

「ハウラ、伝達の物語は最高であろう?」
「ははうえ! とてもすてきだったの。わたし、もっとでんたつのものがたりをよみたい!」
「私が書いてもらわねば困るからな。ハウラの物語は絵もついていて時間がかかる」
「ははうえ、でんたつをときどきゆずってください」
「そこまで言われると、譲らねばなるまいな。月に一度だけだぞ?」

 新月から次の新月まで。それがこの帝国でのひと月だ。
 その間に一度だけ私はハウラ殿下の絵本を書くことに決まっていた。

「伝達、今日は大変だったようだな」
「イフサーン様とイフラース様の姉に襲われました」
「あの者は、千里と私が愛し合っていることも、私がイフサーンとイフラースの部屋に行かないことも、ずっと面白くないと思っていたようだ。イフサーンが捕らえられて、イフラースが身分の高くない騎士に嫁いだことで不満が爆発したようだな」

 だからといって許す気はない、と皇帝陛下は堂々と仰った。

「あの者の家は取り潰しにする。貴族の身分を剥奪して、辺境の地に一族郎党飛ばしてくれる」
「首を切らないのですか?」
「シャムスは、伝達を襲われたので許せないのだな。そこまではすることはないというのは、私の甘さか。だが、私はできる限り血の流れない治世を行いたいのだ」

 皇帝陛下には理想があった。
 血が流れず、ひとができるだけ死なない治世を行うこと。
 男性の医者にしか男性が診てもらえないという法律を変えたのも、男性の死者を減らすために違いなかった。

「皇帝陛下がそのようにお考えならば、私は従うのみです」

 膝をついて深く頭を下げて言ったシャムス様に、皇帝陛下が表情を明るくする。シャムス様を立たせて、皇帝陛下の横に立たせる。

「今日も物語があるのだろう、伝達。シャムスと共に読まねば、語り合うことができぬ。早く読ませてくれ」
「こちらに御座います」

 皇帝陛下に促されて私は小説を手渡した。
 絵本を作りながら小説も書いていたので、バシレオスには大変な労力をかけてしまったが、バシレオスは文句を言わず私のために働いてくれた。私よりも少し若いバシレオスがいい嫁ぎ先が見付かることを私は願っていた。

「これは、エッチだな」
「今回はエッチから始まるのですね」
「最初にエッチを持ってきて、回想シーンでそこに至るまでの物語を描くとは、これは素晴らしい!」
「最初から皇帝陛下の仰るボーナスステージではありませんか」
「これは日の国の物語か! 興味深いぞ! 詣でるとはなんなのだ? ここに説明があるな。神にお参りすることか」
「神に詣でるために家を初めて出た若い男が、道中に出会った男と心通わせていくのですね」

 今回は日の国を題材に物語を書いてみたが、それも皇帝陛下には好評のようだった。読み終わった皇帝陛下はシャムス様とお茶を飲みながら話している。

「この物語には続きがあるのではないか?」
「まだ男たちは神の社に辿り着いておりませんね」
「日の国には山奥に社があって、何日もかけて歩いて詣でることによって、願いを叶えるという言い伝えがあるのです」
「そうなのか。続きが読みたいぞ」
「二人の旅がどうなっていくのか、楽しみですね」

 皇帝陛下とシャムス様から続きを要求されてしまったので、私は書かざるを得なくなってしまった。
 可愛い小さなカップで緑茶を飲み干し、皇帝陛下が千里様にカップを差し出す。千里様は水出しで丁寧に出した緑茶をそのカップに注いでいた。

「伝達とシャムスの結婚式はどうするつもりだ?」
「式は我が家で身内だけで挙げようと思っております」
「私が仲人として参加しよう」
「皇帝陛下が!?」

 シャムス様が私との結婚式を考えていてくださったのは嬉しいが、皇帝陛下が参列するとなると、ことが大きくなってしまう。

「小さな結婚式ですので」
「私は直属の吟遊詩人、伝達と、乳姉妹のシャムスの結婚式に出て悪いわけがない」
「その通りでございますが!」
「招待状をよこせ。シャムス、伝達、祝ってやるぞ」

 これは大変なことになった。
 皇帝陛下が参列する結婚式は小規模で終わるわけがない。
 大規模になりそうな結婚式の予感に、私は恐れおののいていた。
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