後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

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第一部

30.その後の佐野伝達

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 後宮が解体されて月が変わって、次の年に入った。
 新年には、肉と豆の入った濃厚なシチューや何種類もの甘味を用意して、新しい年を祝う。

 新年は皇帝陛下の元へ私もシャムス様も顔を出さなくてよいとのことなので、ゆっくりと過ごすことができた。
 育てていた子猫はかなり大きくなって、最近はやんちゃで困るほどだ。
 縄張りをきっちりと決めているようで、屋敷の敷地内からは出ないので私も安心している。

 新年は日の国では秋に当たる季節に行われるので、私は慣れない感じがあるが、月の帝国の騎士で皇帝陛下の乳姉妹に嫁いだのだから、シャムス様に倣って新年を過ごした。

 新年のために作っておいた肉と豆の入ったシチューや何種類もの甘味が部屋に運ばれてくる。
 シャムス様は私の部屋にやってきて一緒に食事をしてくれた。肉と豆の入ったシチューを平たいパンにつけて食べると、濃厚でとても美味しい。

「冬になれば私もこの土地に来て一年になりますね」
「昨年は本当に色んなことがあった」

 後宮での自殺未遂事件と見せかけた毒殺未遂事件、皇帝陛下のご出産、私が後宮に入って皇帝陛下直属の吟遊詩人となる、毒殺未遂事件の解決、皇帝陛下と高貴な貴族たちのお茶会、神託と後宮の解体、そして、私とシャムス様の結婚。
 それだけのことが昨年にあったのだと思うと、感慨深くなる。

「伝達殿、日の国とは暦が違うので、皇帝陛下のご出産は一昨年のことになる」
「あ、そうでした」

 前世の暦とも全く違うし、日の国の暦ともずれているので、私は勘違いしてしまっていたようだ。
 後宮での自殺未遂事件と見せかけた毒殺未遂事件と、皇帝陛下のご出産は一昨年のことだった。

「ということは、万里殿下も一歳を越されたのですね」
「そうだな。盛大に祝われるだろう」

 男性は出生率が低いだけではなくて、病で死にやすい。この世界では遺伝子的にそうなっているのだろう。遺伝子的にというのも私の前世の記憶があってこそ言えることで、周囲に理解はされないのだが。

 日の国では「七歳までは神の子」と言うように、子どもの死にやすさを表現しているが、万里殿下も死にやすい男性の子どもながら一歳まで生き延びたということで盛大に祝われることだろう。
 千里様も万里殿下の成長を喜んでいることだろう。

 お正月が明けると私は皇帝陛下に呼ばれた。
 皇帝陛下のためにも、ハウラ殿下のためにも、私は小説を用意していた。
 シャムス様がバシレオスを屋敷の敷地内に住ませてくれて、絵師も雇ってくれているので、挿絵付きの絵本も作りやすくなっていた。

「皇帝陛下、この一年も皇帝陛下と千里様とハウラ殿下と万里殿下がお元気で過ごせますように」
「シャムスと伝達もこの一年、健康であるように」

 シャムス様が挨拶をされているが、これが月の帝国での「明けましておめでとうございます」に当たる言葉のようだ。
 私も真似をして挨拶をする。

「皆様がこの一年もご健勝であられますように」
「伝達、ハウラが首を長くして待っておるぞ?」
「皇帝陛下にも、ハウラ殿下にも物語を持ってきております」

 皇帝陛下にはボーイズラブの小説、ハウラ殿下には絵本を書いて持ってきたのだが、皇帝陛下に捧げるのはそれだけではなかった。
 男女の恋愛小説を書いてみたのだ。

「女は男を守るが、二人きりのときにはお互いに呼び捨てにし合い、愛し合うのだな」
「これはどう思いますか、シャムス様?」
「ものすごく萌えるわけではないが、読み物として読めないわけでもない」

 試作品をシャムス様に読んでもらって、膝から崩れ落ちるほど酷い出来からは脱却できたのだ。これならば皇帝陛下も読めるのではないだろうか。

 まずはお待ちかねのボーイズラブ小説を皇帝陛下が読む。
 ハウラ殿下は千里様のお膝に座って、絵本を一生懸命読んでいた。

「ちちうえ、こんどはおとこきしとおうじがまちにでておる! まちでぬすみがおこなわれているのだと」
「皇子と男騎士はどうしたのですか?」
「みせのものにばけて、ぬすっとをとらえるのだ!」

 嬉しそうに読んでくれているハウラ殿下に私は胸を撫で下ろす。
 皇帝陛下はシャムス様と一緒にボーイズラブ小説を読んでいた。

「あの旅の二人の続きではないか!」
「私も読みたかったのですが、皇帝陛下より先に読むのは不敬と我慢しておりました」
「二人は旅を続けるのだな。しかし、神に詣でて帰った後には引き裂かれる」
「帰りたくない二人が手に手を取って逃げ出すのです」
「追い詰める兵士の憎らしいこと! これでは捕まってしまうではないか!」
「そこに現れた騎士……いえ、日の国では騎士のことを武士というのでしたね。武士ですよ!」
「そうだ! 武士が助けに入って、二人の旅はまた続く! 続きは! 続きはどこなのだ!」

 日の国を舞台にしたボーイズラブの小説の評価は上々だった。皇帝陛下は続きを所望しておられる。
 安堵しながら私はもう一つの小説を差し出した。
 男女の恋愛ものだ。

 騎士の女性に、街で襲われかけていた男性が助けられて、恋に落ちる。

「女が強いのは悪くないな」
「ものすごく萌えるというわけではないですが、続きは気になりますね」
「二人きりのときに互いの呼び名が変わるのは、私と千里のようだ。私は千里には私の名を呼ぶことを許している」
「千里様がモデルではないと思いますよ」
「そうであろうな。千里を書いたものは決して許さぬ」

 皇帝陛下の愛はものすごく強いものだった。
 千里様を書いたものは許さないとまで言われている。
 今後皇帝陛下の周囲で千里様を書くものがいないように、私は目を光らせておかねばならない。

 それにしても、私はやっと男女の恋愛ものでも皇帝陛下に認めてもらった。

「伝達、旅の二人の物語の続きを書いてくるがよい。それに、時間が余ったときにでも、この男女の話も続きを書くことを許すぞ」
「ありがとうございます」

 前世でもずっと男女の恋愛ものは私には書けないと編集さんに言われていた。
 それが、シャムス様と結ばれて、シャムス様と結婚生活を過ごすうちに男女の恋愛ものも皇帝陛下に許されるくらいには書けるようになっていた。

 前世では私は恋愛に縁のないまま、三十歳を迎える前に死んでしまったが、今世はシャムス様という伴侶を得て、皇帝陛下にも小説を認められて、皇帝陛下の直属の吟遊詩人としての地位もいただいた。

 私の今世の人生は明るく薔薇色だった。

「シャムス様と今度、城下町に取材に行ってまいります」
「そのことだが、伝達、一つ気になることがある」

 皇帝陛下の言葉に私は心当たりがあった。
 ハウラ殿下の絵本にも書いたように城下町では窃盗団が現れているのだ。

「シャムスがいるから大丈夫とは思うが、重々気を付けるのだぞ」
「はい、ありがとうございます」
「城下町に行ったら、私に街の様子を伝えて欲しい。私も民を見て回りたいのだが、政務がそれを許してはくれぬ」

 いい皇帝として民の様子を見ておきたいという皇帝陛下のお気持ちはよく分かる。皇帝陛下が出られない分、私が城下町を見て、それを小説に書いて皇帝陛下にお届けすればよいのではないか。

 これからするべきことも決まって、私は未来に向けて希望を持っていた。

 私がこの世界に生まれ変わったのは、きっと皇帝陛下に小説を書いて届けるため。
 その小説の内容で皇帝陛下が様々なことに気付ければそれが何よりの私の喜びだ。

 皇帝陛下の直属の吟遊詩人、佐野伝達。
 これからも皇帝陛下のために小説を書くことを誓っていた。
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