二度目の姑

輪島ライ

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二度目の姑

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 平成31年4月30日。翌日には新たな元号を迎えるその日に、高野たかの睦子むつこは78年の人生を終えた。

 若くして夫を心臓病で失ってからは息子夫婦と同居するようになっていたが、婚約者のいた息子を今で言う「授かり婚」なるもので奪った高野英実えみのことは何十年経っても許せなかった。
 同居が始まってから20年間、事あるごとに嫁をいびり抜いてきた睦子は、用事で珍しく2階に上がった際、階段を上る介助をしていた英実に突き飛ばされ、そのまま1階まで転げ落ちて絶命したのだった。


 それと時を同じくして、同じ町内の別の家庭で、大高おおたか弥生やよいも78年の人生を終えていた。

 地元で有名な蕎麦屋の店主として家族からも町の人々からも慕われ、店を長男に譲ってからは地域の子供を対象とするボランティア活動に励んでいた弥生は、15年前に若年性認知症を発症していた。
 家族に迷惑をかけたくない一心から弥生は老人福祉施設への入所を希望したが、彼女を慕う家族は自分たちで面倒を見たいと言い張り、この15年間は長男の妻である大高千重ちえを中心とする家族に介護を受けていた。
 弥生の認知症の症状は激しく、彼女を慕っていた家族も長期にわたる介護で疲れ切っていた。

 ある日の夜、千重がうたた寝している間に自宅を出て徘徊していた弥生は、近くの踏切へと迷い込んだ。
 弥生はそのまま人影に気づかず走ってきた電車に衝突し、瞬時にして絶命した。



 睦子の死後、英実は夫に対して姑が勝手に階段を上ろうとして転げ落ちたと説明し、睦子の嫁いびりを苦々しく思っていた夫は母の死を事故として処理した。

 弥生の死後、彼女の家族は鉄道会社から認知症患者の監督責任を追及され、最終的には情状酌量が認められたが、長年の介護生活と裁判を経て家族の絆は崩壊してしまった。


 そして時は遡り、平成13年4月30日。

 町内独自の催しとして行われた還暦を祝う会で、今年60歳となる高野睦子と大高弥生は、初めてお互いに知り合うこととなった。



「あたしの家は二丁目の『富嶽ふがく』っていう蕎麦屋でしてね。夫と二人で始めた店ですけど、今は息子夫婦が後を継いでくれて、何とか続けられてます」
「『富嶽』っていうと、私も何度か行ったことがありますよ。息子夫婦と同居するようになってから、家族で何度か。うちの嫁ときたらろくな料理もできませんから、おたくのご子息はうらやましいです」

 弥生は生まれてからずっとこの町内に住んでいるが、睦子は2年前に息子夫婦と同居し始めるまでは別の自治体に住んでいたので、今日の催しでは知り合いがいなかった。
 隣同士の席に座っていた二人は世間話をきっかけに会話が弾み、還暦を祝う会の終了後は近場の喫茶店で話し込んでいた。


「あたしらも今年で60と聞くと、人生は早いもんだと思いますね。昭和から平成と生きてきて、また次の元号を生きることになるんでしょうかね」
「そうですねえ。弥生さんは、次の元号があるとしたらどんな言葉になると思いますか?」

 何気なく言った睦子に、弥生は一瞬ぎくりとしてから、

「……令和、じゃないかね」

 静かにそう言った。


「れいわ……? 令和っていうと、命令の令に、なごやかという字の?」
「何だって? あたし、漢字まで伝えたかしらね」
「弥生さん、これは信じて貰えるか分かりませんけど、私には自分が18年後、元号が令和に変わる直前の日に死ぬ未来が見えてるんです。2年前から息子夫婦と同居し初めて、これから18年後、私は嫁に階段から突き落とされて死ぬっていう未来が……」
「まさか、あんたもかい!?」

 睦子の言葉に、弥生は自分が3年後に若年性認知症を発症し、18年後には家族に介護の負担をかけた上で電車に轢かれて死ぬという未来が見えていることを伝えた。



「私は自分がおかしくなったのかと思ってましたけど、弥生さんも同じだっていうからには、私たちには本当に未来が見えているのかも知れませんね」
「あたしもそう思うよ。だけど、これがもし二度目の人生だっていうなら、あたしは家族に迷惑をかけて死ぬのはごめんだね。あんなにいい嫁の千重さんを、15年間も苦しめたくないよ」
「私だってそうですよ。確かに嫁は気に入りませんけど、階段から突き落とされて死ぬぐらいなら、あんなにきつく当たるのはやめます。……あっ、そうだ、いい案があります」


 それから睦子は弥生に、お互いが満足な形で天寿を全うする方法を提案した。

 睦子は弥生を見習い、これから嫁にきつく当たるのはやめる。弥生は睦子の前世での生き方を取り入れ、これから嫁をいびり始めることで、いざ自分が老人福祉施設に入所すると言った際に反対されないようにする。

 悲惨な未来が見えているなら、それぞれの努力で運命を変えてやろうというのだ。


「今日はあんたに会えて良かったよ。これで、あたしは家族に迷惑をかけずに済む」
「私こそ弥生さんに会えて良かった。お互い、幸せな老後を送りましょう」

 二人は喫茶店のテーブルで握手すると、お互いの明るい未来を願って別れた。



 それから睦子は息子の嫁である英実に優しく接するようになり、同居を始めてから2年間もいびられ続けていた英実は、姑の突然の変化に驚いた。

 弥生はボランティア活動を止め、一日中自宅に引きこもっては仕事から帰ってきた千重にきつく当たるようになった。



 そして、彼女らにとって2回目の平成31年4月30日。


 その日の昼間、遠い親戚である若い男が睦子の家を訪ねてきた。

 英実は買い物で出かけていたため、睦子がその男に用件を尋ねると、ここでは話しにくいので2階で話したいという。
 老体に鞭を打って2階に上がり、長男の部屋で話を聞くと、男の用件は金の無心だった。

 遠い親戚にそんな大金を貸せないと突っぱね、睦子がさっさと1階に戻ろうとすると、男は背後から睦子を突き飛ばした。
 睦子はそのまま階段を転げ落ちて動かなくなり、ちょうど帰ってきた英実は凄惨な事態に悲鳴を上げた。

 親戚の男は通報で駆け付けた警察に逮捕されたが、睦子は警官と救急隊員の心肺蘇生を受けても目を覚まさなかった。
 18年間も仲良く過ごしてきた姑の死に、英実は心から悲しんで涙を流したが、もしあの場で睦子が応対していなければ、親戚の男は英実を手にかけていたかも知れない。


 還暦を祝う会から嫁をいびり続けた弥生は、3年後に予定通り若年性認知症を発症した。
 弥生はこんな嫁に介護されるぐらいなら施設に入所すると大声で主張し、家族も満場一致で弥生の施設入所を認めた。

 老人福祉施設は警備が厳重であり、弥生の徘徊は防がれ、交通事故によって命を落とすこともなかった。
 弥生はやはり睦子の死と時を同じくして誤嚥性肺炎で死亡し、彼女の死は施設における一人の老人の死という形で平和的に処理された。



 来世へと生まれ変わるまでの待機場所である冥界で、睦子と弥生は再会を果たした。


「お久しぶりです、弥生さん。私、やっぱり階段から突き落とされて死にましたよ」
「そうかい。でも、今回はそこまで悲惨な死に方じゃなかったみたいだね」
「弥生さんこそ。来世がいい人生になるかは分かりませんけど、少なくとも満足できる生き方をしたいですね」
「まったくだ。一つ言えることがあるとしたら、なるべく人の迷惑にならずに生きたいね」


 それぞれ転生の時が来て、二人は来世でもまた会おうと約束して別れた。

 彼女らがまた姑として生きることになるかは分からないが、二回繰り返された前世での経験はいつかどこかで彼女らを助けることになるかも知れない。


 (END)
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