魔王城の面子、僕以外全員ステータスがカンストしている件について

第３５話 魔王様の怒り

「この症状は――減生虫が寄生しているのです」

　コットンが美波ちゃんの身体に触れながら――言う。

「わぅ、生命力を徐々に吸い取っていき、宿主を食べ尽くすのです。私の調合した薬、以前晴人様にお渡しした、栄養ドリンクで治療できます」
「……妹は、治ると、いうこと？」
「は、はい。ただ、今は材料もなにもないので、あちらの世界に戻らないと、調合することはできません」
「コットンちゃん、診てくれてありがとう。結局、救える道があったのに――因果応報、自業自得ってわけね」
「碧土様のお話は、私も聞いています」

　コットンは言う。
　ニャンニャが死ぬことになった一端、恨むべき対象であるはずだが――コットンは特に責めることもなく、ただ哀しい笑みを浮かべるだけだった。
　憐れみなく、怒りもなく、今をただ――現実的に見ていた。

「コットン、魔王城は――あれからどうなった？」
「勇者との戦いは、ワン魔王様が、勇者を退けました。問題は――その後なのです」
「その後？」
「ニャン魔王様亡き今、ワン魔王様が、世界を――滅ぼそうと動いています。領外にもでることが可能となった今、怒り狂ったワン魔王様を止めることができるものは、誰もいません。最早、領外との交流など、不可能なのです」

　魔王は――本物の魔王と化した。

「晴人様、碧土様、どうやら――時間のようです」

　コットンの姿が――少しずつ薄くなっていく。
　なんとなく、わかっていた。フェルティフェアリ、同じ世界にいた時とは違う。今コットンは二つの世界を股にかけて移動してきているのだ。
　それが、どれだけ無茶なことか――想像に容易い。

「わぅ。間もなく、私は、フェルティフェアリに強制的に戻されます。加護魔法は今回で完全に消え去り、もうここに来ることは――不可能になるのです」

　コットンは僕と碧土さんの手を握りながら、

「お二人が一緒にいるということは、なにか、お考えなのでは？　無理だけは、しないでくださいなのです。ですが、もし、また違う形でお会いできたのなら、また私と仲良くしてくれると、嬉しいのです」

　そう言い残し、コットンは――姿を消した。
　作戦会議のため、一度――僕の家に戻る。碧土さんも散々泣いたら落ち着いたようで、今ではいつも通りのクールビューティーな雰囲気を醸し出している。
　僕は冷蔵庫にあった牛乳を注ぎながら、

「トキミヤレンという人間を探したいんだ」
「トキミヤレン？」
「魔王城、ワンワが見せてくれた絵本でね。見た瞬間から――違和感があった。江戸時代や原始時代の写真が載っていたんだ。あれはイラストなんかじゃない、絶対に現地に赴いていないと撮影できないものだよ」
「なんかこの牛乳酸っぱいわね」
「僕たちが異世界に転移した時、スキルが手に入ったよね？　その力をこの世界に戻った今でも使える人が存在するんじゃないかな？」
「ねえ、天音くん。この牛乳の賞味期限どうなってる？」
「×月×日だね」
「１週間過ぎてるわよね」
「そう、タイムリープできるスキルを持つ人がいると思うんだ。この牛乳が腐る前、購入したての新しい状態の時にね」
「なに清々しい感じにまとめてるのよっ！　現役モデルに腐った牛乳飲ませてるんじゃないわよっ？！」

　碧土さんがトイレに駆け込む。
　一人暮らしのワンルーム、どうしてもトイレとは――距離が近い。水を流した音も普通に耳に入るだろう。
　碧土さんもそれを察したのか、

「……天音くん、耳塞いでおいて」
「オナラくらい気にしないよ」
「べ、別に、するわけじゃないわよ」
「碧土さん、こうなったら――全てをさらけ出し合おう。そうすることで、僕たちの協力する絆も深まるはずだ」

　ボンっ！　僕も屁をこいてみる。
　何故なら、同じく牛乳を飲んでしまっていたからだ。つまり、緊急事態である。今の屁もゼロか１か――かなりきわどいラインであった。
　ニャンニャを救うと決めた日、なんとも前途多難なスタートである。