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始まりのバレンタイン

ここまでの集大成。チョコを作ってみる! ②

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 今日のお昼ご飯にチョコレートを出したら、全体的に怒られました。それはもう怒られました。
 せっかく作ってやったのに文句言われて、ひじょうにムカついたので、夜もチョコレートを出します。

 今日はお肉の日らしいので、今晩のメニューは、お肉のチョコレート載せです。
 あの野郎共は『お姫様が作ったチョコレートだよ?』って言ったら、喜んで食べるくせに! 何が気に入らないというのか!

 城の料理人たちにチョコレートを教えるのは、午前中で終わりました。
 彼らはとても優秀です。
 ルイに習ったトリュフチョコも、ブラウニーチョコも、問題なく作れるようです。レシピがあるのが大きいし、昨日の動画もかなり役に立った。

 ……問題はお姫様だ。

「──もっと甘いやつがいい! 砂糖よ。もっと砂糖を増やすのよ!」

「もうじゅうぶんに甘いからやめて! 忖度して、くそ甘いチョコレートが出来上がるし。それが当たり前になっちゃうから、やめて!」

 このように、程よい甘さを認めないお姫様。これ以上は、一切甘いのを許容できない俺。
 2人の意見は少し前から平行線をたどっています。おそらく決着はつかないと思われます。

「仕方ないじゃない。甘いのがいいんだから」

 パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。このお姫様は、その内こんなことを言い出す気がする。
 だが、ここで食い止めなければ! 先に待っているのは、クソ甘いチョコレート地獄。
 絶対に阻止しなくては……。

「ワガママはやめろ。甘すぎていいことなんてない! ぶくぶく太ったらファンが減るぞ? いいのか、笑い者だぞ」

「あんたじゃないんだから、そんなことにはなりません。余計なお世話よ」

 ダメか……。ウエイトの話は女子に効果バツグンだと思ったのに。
 兵士を無双して運動不足にはならない姫に、ウエイトの話は意味がないのか。

「それは、ちっとも成長しないところがあるからかい? だから大丈夫だと?」

「何の話かしら……。まだ、懲りてないみたいね」

「し、身長の話だよ。甘すぎたチョコレートを食べた場合の、身体を心配しての発言だよ。他意はないよ」

 本当に他意はなかったんだ! 信じて! うっかりだった。そんなつもりじゃなかった。
 しかし、よく考えて発言するべきだった。
 お姫様は、けっこう、かなり、本気で気にしているようだ。

「──に、逃げろ、戦略的撤退だ」

「まてコラ! ちっ、逃げ足は無駄に速い」

 今のお姫様に捕まったら、俺はこないだのアンチのようになってしまう。下手するとより酷い目にあう。
 アンチたちは天井がない外で打ち上げられていたが、ここは室内。天井に激突するようなことになれば、死ぬ……。

 初動でついた差をキープして逃げ切り、身の安全を確保確認してから調理場に戻ってこよう!
 転ぶなよ、俺。そして逃げ切るんだ!

「──逃げんな!」

 あの頭のいい名探偵の事だ。きっと、俺が自分の部屋に逃げたと思うはずだ。
 そこを利用すれば、やり過ごすことは可能だ。3階までは行き、適当な部屋に身を隠して、1階に戻ろう。

「あたしから逃げ切れると思ってるの」

 速っ!? このままでは階段で追いつかれてしまう! 何か、どこか、隠れられるようなところは……──あった!

「動かないで。お姫様が行くまで止まってて」

 偶然、目の前を通りかかったおっさんたちの背後に隠れ、階段を駆け上がるお姫様をやり過ごす。
 いないと分かれば戻ってくるだろうから、おっさんたちを盾に、安全な場所を探して進んでいこう。

 広いお城の中でのかくれんぼでは、いくらお姫様とはいえ、相手を見つけるのは困難なはず。
 あ、あぶないところだった……。

「お姫様が調理場に戻っていった場合。シェフたちには申し訳ないと思わない事もないが、ワガママなのは知ってただろうし大丈夫だろ。俺はここで、10分隠れたら戻ろう」

 そして、10分して調理場に恐る恐る戻ったら、お姫様はいなかった。きっと、俺をシメるためにまだ捜索しているのでしょう。
 ついでにシェフたちも休憩時間になったらしく、調理場には俺1人になった。だけど夕方になれば、夕飯の準備に調理場を使うだろう。

 この間にルイに贈るチョコレートを試作せねば! なんとか形にはしないとな……。
 そうとなれば、まずは冷蔵庫を漁ろう! 冷蔵庫というか冷蔵室だな。

「寒っ……」

 原理は不明だが、冷んやりした部屋に足を踏み入れ、中を物色していく。
 見たところ、素材としてはいろいろあるようだが、いかんせん調味料が足りない。メニュー以前の問題だ。

 塩しかない。砂糖が増えたがそれだけだ。
 タレは俺の持ち込みだし、醤油もない。ソースもない。素材の味と塩では、若者は満足できない!

 バレンタインが終わったら、そこら辺から増やそう。食が変わるだけで生活も違ってくるはずだ。
 そうなると『っぽいもの』シリーズを把握するところからだな。手ごろなところに何があるのかだな。

「んっ、あれっ……これはこないだのドラゴン肉か? ドラゴンは美味しかったな。毒植物が問題だっただけで」

 それに、毒い植物も単体なら毒は無い。加熱すれば美味しい感じに変身する。
 異世界での万能調味料みたいな感じで使える。ハーブ的に使えるシリーズもある。
 生きてることを除けば、毒い植物たちも立派な食材になる。

 ……ドラゴン肉。
 ……毒い植物。
 ……チョコレート。

「──これは使えるかもしれない! これなら他にはないチョコレートになるはずだ。お菓子を作れるルイにも作れないだろう!」

 試作の方向性は決まった。実験台……味見にはおっさんたちを使おう。
 ドラゴン肉はかなりあるし大丈夫だ。毒い植物は足りなくなったら調達を頼もう。

 ──このチョコレートはいける!

◇◇◇

 帰ってきたら夕方になってしまった。けど、昨日の今日で、あたしによく付き合ってくれた。
 急に押しかけても嫌な顔すらしない。彼女はなんともいい子だ。お菓子作りが上手で、優しくて、少しだけ不器用で。

「ふふっ──……何かしら?」

 戻ったふうがなかったから、調理場にいるんだとは思った。だけど、その調理場の方が騒がしい。
 普段は見ない様子で、何事かは起きていると見てとれる。 ……って、どうせ原因はあいつよね。

 あの男。あの失礼な発言に何もなくは済まさない。ちょうどいい罰はセバスに頼んできた。

「けど、本当にどうしたのかしら?」

 調理場横は食堂ではあるけど、一斉に人が雪崩れ込むようなことは普段はない。
 それなのに、食堂から溢れた人たちが通路にも溢れ出している。そういえば……。

 あいつ、お昼に物騒なことを言っていた気がする。『ムカつくから、夕飯もチョコレートを出す!』そんなことを言っていた。
 まさか、あれを本当にやって抗議が殺到しているとか? あ、あり得る……。

「──押さないで! 肉はそんなに一気には焼けないから。 ──大人しく待ってろよ! 量はあるから大丈夫だ。全員分ちゃんとあるから!」

 ……それにしては……様子が変よね?

「お姫様。いいところにきた! ヘルプ! こいつらに号令を出して。大人しくしろって言って。このままだと調理場が壊れる!」

 向こうも、あたしを見つけたのだろう。いきなり、そんなことを言ってくる。これは確かに普通の様子ではない。
 どうしたのかを聞こうにも、まずはこれを収めないことには話も聞けないわね。

「──全員整列!」

 通路に響くあたしの声に、列の後ろから一斉に整列していく。塞がっていた調理場への通路も通れるようになった。

「よろしい。プロデューサー殿の言葉を信じて、並んで順番を大人しく待ちなさい」

 整列はそのまま待ちの順番になったようで、先の方から順に食堂へと入っていく。
 しかし、食堂から出てきた食事を終えたはずの人が、また列の最後尾に並ぶ?

「助かったー。俺の言うことなんて聞きやしなくて」

「これは何? どうしたのよ?」

「お前たちは順番をしっかりと守れよ。しかし、レディファーストシステムにより、お姫様は優先される。よって、お姫様はちょっとこい」

 今のにも大人しく従ったのだろうみんなを見送り、問題の食堂に足を踏み入れた。
 一歩目ですぐに気づいた。甘い匂いに。これはチョコレートの匂いだ。

 そして分かった。こいつは、本当に夜もチョコレートを出したのだ。
 それでは暴動が起きても仕方ない。あたしは構わなくても他の人は違うだろうから。

「あんた、本当にチョコレートを出したのね? それはみんな怒るわよ」

「違う、逆なんだ! 好評すぎて大変だったんだよ!」

「……チョコレートが? あぁ、そういうこと。あたしが作ったとか、また根も葉もないことを言ったのね。本当に懲りないわね!」

「ちがーーう! もう、すぐ決めつけんだから! こちらの席にお座りください。お姫様」

 いろいろと違和感しかないが、椅子を引かれ、そこに座るように促される。
 こいつは、どうかしたんじゃないのか。そう疑ってしまう。また毒を摂取して、おかしくなっているのだろうか?

「シェフ。悪いけど、お姫様に最初に出して。おかわり組は後でいいから。というか、やつらは食い過ぎだから」

 食堂から見える調理場からは、肉の焼ける音が絶えず聞こえている。そして、分厚いお肉が運ばれてきた。
 特に変わったところはない。いつもと同じだ。

「あたし、お肉はあんまり好きじゃないんだけど……」

「まあまあ、そう言わずに。一口食べてから感想をいただきましょう」

 そう言って、お肉の上に何かがかけられる。
 これはアレだ。『タレ』というやつに違いない。
 食堂からも調理場からも自分に注目が集まっている。この様子では、一口も食べないわけにはいかないらしい。

 すごく不気味なんだけど……。

 そうは思いつつも、意を決してそのお肉を口に運ぶ。

 ──こ、これは!
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