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天使のホワイトデー

ひな祭りの用意

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 まだ少し先だが、ひな祭り。こいつを利用してお姫様たちを仲直りさせることにした。
 キミたちが『まだ先じゃん!』と言いたい気持ちも分かるが、まあ待て。ちゃんと説明してやるから。

 まだ先なのは本番であって、用意というのはもう初めてもいい。というか、用意をやっておかなくては本番はないよ?
 そして、しておく用意というのはアレだ。
 ひな祭りといえばお雛様だろう。アレがメインだろう。

 しかし、お雛様といえば出すのがめんどくさい。だが、手伝わなければ妹がガチで怒る。
 これが俺のひな祭りの認識である。

 なんで並べるのがあんなにめんどくさいのか……。
 俺は女の子ではないので、お雛様などどーでもいいんだ。お菓子だけあればいいんだ。
 と思ってはいても決して口には出せないがね。

 去年は『受験生だから』と言ってやらなかった。今年は『バイトだから』と言ってやらないつもりだった。
 しかし、『これは使える!』と思った。
 決して、『──やった! 人数が多いなら持ち回りが少なくなるぜ!』とか思ってない。本当だよ?

 お雛様を飾る作業を一緒にすれば、いくら『クチモキカナイ。メモアワセナイ』状態でも、1つ2つは会話する必要性があるだろう。
 ここで仲直りとまではいかなくても、そのためのキッカケになればいい。
 大事なのは一緒にというところだ。

 どうだい、この作戦は! 誰も損をしない。みんなしあわせ。ほら、とっても素晴らしいだろ!
 この作戦に天使は強制参加させ、お姫様にはいちおうお伺いを立てにきた。断られないだろうという前提でね。

「──と。どうだろうか? まるで、お姫様のためのようなイベントだと思うのだが」

 ひな祭りの概要は事前にまとめておいた。学校でね。
 それをいつものように、プリントアウトしてお姫様に提出。軽くひな祭りをプレゼンしつつ、興味を持っているかを見ていた。

「わ、悪くないんじゃない? お雛様というのも見てみたいし」

 ──よし! 平静を装ってるが興味津々だね。
 プレゼンは成功。あとは約束を取りつければいい。

「そのお雛様だが急遽明日、一愛いちかのやつを飾ることになってしまってな。毎年のことなんだが、やるまでやかましいんだ。言い出したらきかないし。なので、手伝いにきてくれないかい?」

「別にいいわよ。でも、そんなに人数必要なの? お雛様って人形なのよね?」

「うちのヤツはスーパーなやつなんだ。もうビックリするぞ! 詳細は見てからのお楽しみだけどな!」

 ウチのお雛様はばあちゃんが買ったらしいんだが、それはもうスーパーなお雛様なんだ。
 ついこないだまで、並べると俺よりデカかったくらいだからな。豪華で金がかかっているのが一目で分かるやつなんだ。

「わかったわ。明日、手伝いに行くから。一愛にもそう言っておいて」

「決まりだな! あぁ、それと天使が今からここを通る。もうウチでは飼いきれないから返却するね」

「……そう。別に気にしないから勝手に通れば?」

 いや、別に気にしてるじゃない。今、天使ってところにイラッとしたよね。
 おもいっきり顔に出てたよ。ボク、ちょっと怖かった。

「天使は以外と女子力が高いヤツだった。ポンコツなだけではなかったんだ。勢いで生きている感はあるけど、悪いやつではないだろう?」

「悪意がなかったら何をしてもいいの? 知らなかったら何をしてもいいの? 違うわよね」

「それはそうだけど……」

「レイトが気にすることないわ。心配してくれるのはありがたいけど。これは、あたしたちの問題だから」

 そう言われてはこれ以上は食い下がれない。口を挟むなと言われたようなもんだからな。
 悪いやつではなんだが、それだけではダメか。

「分かった。じゃあな、明日よろしく」

 俺が考えているより、ずっと大変なことになっているのではないだろうか? そんな気がします。


 ※


「「──どうだった!?」」

 お姫様のところに行っていた俺の帰りを待っていた女子たちは、クローゼットの前に揃って俺を待っていたらしい。
 ソワソワしてる様子の天使と、特に何もない妹。

「お姫様は明日、お雛様を飾るのを手伝いにはくる」

 成果を報告すると、『おぉーーっ』という感想が両方から発せられる。
 期待はしないで待てと、天使の乱入を防ぐためにけん制しておいたので、上手くいったことに驚かれたらしい。

「しかし、ミカのことは変わらずだ。下手すると最初より怒りは増幅してる。イラッとしたのが一目で分かるくらいには怒っている」

 その俺の言葉に天使は固まり、妹は特に何も変化がない。まあ、一愛いちかには他人事だからな。

「帰るのに天使1人でいいかと思ってたが、心配なので俺もついていく。ミカ、余計な事は口にするな。明日を待て。いや、明日も考えて喋れよ?」

「……うぅ……ルシアはそんなに怒ってるの?」

「怒ってる。それを表に出さないのが、なおコワイ。憎しみだけで人が殺せるなら殺せるくらいなレベルだ。お前がきた時より怒ってるな。繰り返すが明日を待てよ」

 あれはガチで怒っている。絶交宣言も本気だろう。
 なんとか見えそうな解決の糸口をここでなくすわけにはいかないから、天使を部屋まできちんと送り届ける。

「れーと。少しだけ一愛が、ルシアちゃんと話してもいい?」

「それは構わないが、余計なことは──」

「──しないよ。れーととミカちゃんじゃあるまいし」

「「ぐっ」」

 ズバリ的確に弱いところを抉られ、俺たちは同じ反応をする。こう胸のあたりにチクリときた。

「だから、しばらくルシアちゃんと2人にして。ミカちゃん連れて行ったら、しばらくおまえは戻ってくんな」

「一愛。なんか口が悪いよ?」

「おまえも人のこと言えんのか? それに口が悪いのは生まれつきだから、一愛にはどうしようもない」

 じゃあ、どうしようもないな。毒を吐くのは止められないし。やめられないと。
 我が家は、母方に似ると口が悪いらしい家系なんだ。ばあちゃんとか口悪かったし。俺たち兄妹も揃って口が悪いし。

「分かった。俺は少し天使と執事に話があったんだ」

 何故、チョコレートが天使に贈られてきたのかを、執事に説明しなくてはいけなかった。
 正直に言うと今思い出した。忘れて明日になるところだった……。

「で、ひとつ確認なんだけど。ミカちゃん。謝る気はあるの?」

 いや、あるだろ。俺はそのために世話を焼いているのに。一愛は何を言って──

「それは……」

 えっ……ないの?
 もしかして天使は謝る気がないの?
 そんなふうに、いいよどむところじゃないよね。

「やっぱり……」

「ま、待て。どういうことだ!」

「れーとはバカだから気づいてないんだね。ミカちゃんが本気で謝る気ならとっくにそうしてるでしょ? ミカちゃんの性格ならね」

 バカだから……。
 妹にバカだからと言われたんだけど。
 地味にショックなんだけど。

「なのに、大人しくれーとの言うことを聞いてた。きっと、れーとが何とかしてくれると思ってたんだよね? でもね。それじゃあダメだよ」

 俺が何とかすると思ってた?
 俺自身、お姫様たちをどうにかしてやりたいと思っていたのは確かだ。そして、今の天使が図星を突かれたように見えるのも確かだ。

「れーともさ。もしも、あのバレンタインのことが翌日に分かったとする。素直にお姉ちゃんに謝りにいけた?」

 小学生の頃の自分の行いを、もっと早くに知っていたら。あの翌日に知っていたら。

「無理だよね。どうせ、『ルイが悪い! 俺は悪くない!』って言うよね」

 その通りだ……。
 絶対に素直に謝りなどしない。
 間違いなく自分は悪くないと言った。

「一愛には歳上の幼馴染しかいない。幼馴染は自分の前にしかいないんだ。でも、2人は違う。幼馴染は隣にいるんだ。常に対等な位置にいる。どちらかが上だとは絶対に認められない」

 だから、ライバル。天使にとってお姫様は対等な存在。あのバトルがまさにそれだろう。
 対等な条件でやり合っていた。でも、競い合うのは相手より上だと思いたいから。

「れーとがどんなに頑張っても、ミカちゃんが謝らないならルシアちゃんは許してくれないよ? それどころか謝ることすら、日増しに難しくなっていく。れーとは、クズすぎて時間が経ち過ぎたのと、お姉ちゃんが優しかったから何とかなった。あれを見習って、ミカちゃんも5年くらい時間を空けてみる?」

 ……ぐっふ……グサクザくるぜ。はぁ……はぁ、なんか血とか吐きそうだよ。
 本当のことだけに何も反論とかできない。刺さったら刺さったままだよ。

「それは、嫌……」

「じゃあ謝るの?」

「それも、嫌……」

 だが、一愛の言うことが俺にも分かった。
 俺とルイは、男女であったからという要因も関係あった。しかし、ルシアとミカエラにそれはない。

「明日、お雛様を飾るのは賛成だし、ミカちゃんたちを同席させるのも賛成。でも、今のままじゃなんの意味はないかもだよ」

 悪いのはミカエラ。自分が悪いとは思っていても、素直には謝れない。そんな気持ちも理解できる。
 でも、頭を下げなくては先に進まない。
 これは本当に、俺が考えていたより大変なことらしい。
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