北野坂パレット

うにおいくら

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お嬢と美乃梨の夏休み

仏間

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――自分の家なのに……いつまで怖がっているんや――
案外、真由美ちゃんも怖がりかもしれない。

 そう思いながらも僕は誰かに手を引かれるような感覚で廊下を歩いていた。そう、早くここに来いと急き立てられているかのように……。

「ここやろ?」

 僕は廊下の一番奥の部屋の前で立ち止まった。そしてその部屋の襖を指さした。

「うん。そう」
真由美ちゃんはそう言っただけだったが、「何故分かる?」と言いたげな表情だった。

――美乃梨の聞こえていた声というのはご先祖様の声か?――

 一瞬僕にはそう思えたが自信はなかった。
それよりも今感じている空気は身内のものというより、邪悪な何者か得体のしれない者の雰囲気だった。妖気と言っても差し支えない。僕はふすまを開く前から、とてつもない重圧に押しつぶされそうになっていた。

――なんだ? この重い空気は――

 このままふすまを開けずに帰りたかったが、ここまで来てそれはできなかった。
この二人はここに住んでいるのだ。このまま恐怖に駆られて帰ったら、彼女たちの不安と恐怖を煽るだけ煽って帰る事になる。それは非常にマズい。

 これに比べたら職員室のドアを開ける方がどれほど楽か……等とどうでもいい事を緊張感もなく考えていた。ここまで来たら仕方ない。僕は唾を飲み込んでから、意を決してふすまをスッと開けた。

 瞬間的に玄関よりも生暖かい風圧を感じて体が少しひるんだが、それは本当に一瞬だった。

部屋に一歩足を踏み入れるとそこは十二畳ほどの広めの和室だった。左手に床の間と大きな仏壇があり、開けたふすまの正面は障子が開いており、その先に庭へと続く縁側が見えた。縁側の先はガラス戸だったが今は夏なので片側が網戸になっていた。微かに線香の匂いもする。
今僕が見ているこの状況は、全てこの家の玄関前に立った時に浮かんだ情景そのものだった。

 仏壇を中心に鴨居の上にはご先祖様の遺影が月明かりの中うっすらと見えた。
真由美ちゃんが壁のスイッチを押して電気をつけた。

「この部屋にいるとよく聞こえる」
 僕の隣りで美乃梨が小さな声でそう言った。

 蛍光灯の灯りがついているのにも関わらず暗く感じるのは気のせいか?
重い空気は相変わらず両肩に感じていたが気にしても仕方ないので、僕は更に部屋の真ん中まで歩いて行った。そこでゆっくりと仏壇に向き合った。仏壇の隣の床の間には水墨画が描かれた掛け軸が掛けてあった。
その掛け軸が風もないのに微かに揺れていた。

「何もないなぁ……美乃梨は今なんか聞こえる?」
敢えて僕は何も気づかなかったように装って聞いてみた。

 美乃梨も恐る恐るではあったが部屋の中に入り僕の横に立って同じように仏壇を見た。
「今は何も聞こえない……本当に何もいない?」
と心配そうに僕の顔を上目遣いに見上げた。

「うん。何も余計なものは見えんなぁ」
さっきから感じていた嫌な空気は相変わらず続いていたが、他の四人をあまり怖がらせたくなかったのでそう言った。しかしその判断は誤りだった。
 その僕の声に安堵したのか、他の三人も和室の真ん中に集まってきた。

「パキ」と木が割れるような乾いた音がして、続けて「どん!」という壁を誰かが思いっきり蹴った様な音がしたかと思うと部屋の灯りがかき消されるように消えた。
廊下の灯りも同時に消えたのを見ると、この家全体が闇に包まれた様だ。

 美乃梨と真由美ちゃんは「きゃー」と叫び声をあげてその場にしゃがみこんだ。
男三人は流石に叫び声はあげなかったが、なすすべもなくその場に立ちすくんだ。

 部屋の中には月の明かりが微かに入るだけで、電灯の明るさに慣れてしまった僕達の目にはほとんど暗闇だったが、仏壇の周りがだけ青白く光っているのが分かった。

――仏壇の周りに誰かいる!?――

 それは誰かというべきものではなかったかもしれない。
物の怪の類である事は間違いなかった。

 僕以外の人間に見えているかどうかは分からなかったがこの部屋が今、異様な事態に巻き込まれていることはここにいる誰もが理解していた。

――体が動かない――

 立ちすくんだまま僕の体は動かなくなっていた。
寝ている時に金縛りになった事はあっても完全に起きている時になった事は今までなかった。
目だけで何とか裕也と圭祐を見たが彼らも同じように全く動かずに立ちすくんだままだった。

仏壇の周りの青白い光は徐々に大きくなってきている。

――これはどういうことなんや?――

 僕は何とか真由美ちゃんに声を掛けようかとしたが、声を出す事が出来なかった。呼吸も苦しい。
嫌な汗が出る。

 急に得体のしれな何かが両肩にドスンと乗っかって来た。息が止まりそうなぐらいに驚いたが、それはお構いなしに重さを増してくる。とうとう耐えきれず僕は膝を折ってその場にしゃがみ込んだ。そのまま畳に押し付けられそうになるのを両腕を突いて耐えていた。

「亮平……大丈夫か?」
裕也がかすれた声で聞いてきたが、それに応える声が出なかった。
これはやばい……僕にはもうどうしていいのか分からなかった。ここからすぐにでも飛び出して逃げたかったが身体が動かなかった。

 その時、誰かが廊下を歩く音が聞こえた。
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