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お嬢と美乃梨の夏休み
祓う者
しおりを挟むギシ、ギシと人が歩いているような音。間違いなく玄関から何者かがこの部屋に向かってきている。
それは裕也にも圭祐にも聞こえているようで、二人はお互いの顔を見て引きつっていた。
廊下のきしむ音は僕達が居る仏間の前で止まった。
僕達の視線は部屋の襖へと注がれた。
「お前らなにしとんや?」
聞こえてきたのは、この場にそぐわない緊張感のかけらもない声だった。
廊下の暗がりの中、部屋に差し込む月の明かりで見えたのは、缶ビールを片手に仏間を覗き込んで突っ立て居るオヤジの姿だった。
いつもはそれほど聞きたいと思わないオヤジの声だったが、この時だけは天使の歌声にも勝る声に思えた。
オヤジは僕達の様子を見ると
「何か楽しそうな事をしているねえ……君たち」
と口元に嘲笑をたたえながら聞いてきた。
「これのどこが楽しそうに見えるんや……」
と言おうとしたが声にならなかった。
オヤジにはこの状況とても楽しそうな状況に見えるとでも言うのか?
どれだけ鈍感なオヤジなんだ。見ればわかるだろう?
さっきまで感じていた恐怖感がオヤジに対する怒りに変わりそうになった。
でもなんでオヤジは平気なんだ? と思い至った瞬間に
「え? ちゃうんか? お前の背中の上でご先祖様がくつろいではるで」
とオヤジは首をかしげながら不思議そうに聞いてきた。
「え?」
僕は驚いた。
そして這いつくばったまま、恐る恐る背中の上に何が乗っているのか確認しようと首を曲げた。
そこには見知らぬ爺さんと婆さんとがオヤジの言った通りに僕の背中に座っていた。月の明かりで青白く見える老人の顔は不気味だった。
「なんなんや? これは?」
なんとか声が出た。
「だからお前のご先祖さまやっていうてるやろ。勿論、俺のご先祖様でもあるし、ここにいる奴全員のご先祖様でもあるわな。ちゃんと挨拶でもしとけよ」
「なんで俺の上に……」
声を出すのが本当に辛い。気を抜くとこのまま押しつぶされそうになる。
「それは知らん。なんか居心地がええんやろ。それよりちゃんと挨拶したか?」
「む、む、無理……!」
「そうか……躾がなっとらんなと怒られるのはワシやぞ……」
とオヤジは頭を掻きながら言った。
「まあ、ええわ……で、亮平。仏壇見てみい。何が見える?」
オヤジはそう言って軽く仏壇を顎で指さした。
「なにが見えるって、青白い光が……」
そんな事よりもこのご先祖様を何とかしてほしかったが、僕は何とか首を回して仏壇を見た。
そこにはさっきまで見えていた青い光と共に赤や黒や暗い色に覆われた得体のしれない何かが沢山仏壇に覆いかぶさるようにうごめいていた。
「こ、これは?」
僕は声を絞り出して聞いた。
「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」
オヤジは事もなげにそう言った。
そしてそのまま部屋の中に入ってくると僕の横を通り抜けて仏壇の前まで行った。オヤジの右手には数珠が握られていた。
仏壇の前でオヤジは何かつぶやくと右手で空を縦に何回か切ってからさらに横にも同じように切って、最後に両手を印を結ぶように重ねた。勿論缶ビールは左手に持ったままだ。
そのまま数珠を持った右手を仏壇に向けて勢いよく伸ばすと「喝!」と小さな声を発した。まるでそれは目の前のハエを払うような面倒臭そうな緩慢な動きだった。
すると仏壇の周りの魑魅魍魎が一瞬で消えて、部屋の蛍光灯が点いた。と同時の僕の体も軽くなって僕はそのまま畳の上に突っ伏した。どうやらオヤジにとってこの部屋の魑魅魍魎はハエ並みの存在だったようだ。
僕はやっとまともに呼吸がきるようになった。そして全身の力が一気に抜けたような脱力感に襲われた。
「なんやったんやぁ」
裕也も圭祐も僕と同じようにその場に荒い息で座り込んだままだった。
彼らにもこの状況が何か不気味なものによる怪奇現象だという事は理解できていた様だが、今は安堵のため息をついていた。
ただ美乃梨だけが青白い顔のまま
「あの仏壇の青白い光と黒い影は何やったん?」
とオヤジに聞いた。
「なんや、美乃梨には見えてたんや?」
オヤジは意外だという顔をして美乃梨に声を掛けた。
「うん。はっきりとは見えんかったけど、なんか光っていたのが見えた……」
「ふむ。そうなんや」
オヤジはそう言って少し考えてから言葉をつづけた。
「あれは物の怪やな。それがここに集まっていたっていう訳や」
それを聞くと真由美ちゃんと美乃梨は顔を見合わせて泣きそうな顔をしていた。
どうやらオヤジはどういう言い方をすれば彼女たちを怖がらせないように説明できるかを考えていた様だが、結局思いつかなかったらしい。口を突いて出てきた説明は直球だった。
「まあ、もう大丈夫や。おっちゃんが祓っておいたから」
そう言って跪(ひざまず)いたオヤジは真由美ちゃんと美乃梨の背中をパンパンとまるで大きな埃でも払うかのように叩いた。
「もうこれで大丈夫や」
最後に真由美ちゃんの肩を軽くポンと叩いてオヤジは立ちあがった。
「これで身体が軽くなったやろ?」
「うん」
真由美ちゃんがそう答えると親父は二人の顔を見て満足そうに笑った。
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