北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
150 / 439
お嬢と美乃梨の夏休み

祓う者

しおりを挟む

ギシ、ギシと人が歩いているような音。間違いなく玄関から何者かがこの部屋に向かってきている。
それは裕也にも圭祐にも聞こえているようで、二人はお互いの顔を見て引きつっていた。

 廊下のきしむ音は僕達が居る仏間の前で止まった。
僕達の視線は部屋の襖へと注がれた。

「お前らなにしとんや?」
聞こえてきたのは、この場にそぐわない緊張感のかけらもない声だった。

 廊下の暗がりの中、部屋に差し込む月の明かりで見えたのは、缶ビールを片手に仏間を覗き込んで突っ立て居るオヤジの姿だった。 
いつもはそれほど聞きたいと思わないオヤジの声だったが、この時だけは天使の歌声にも勝る声に思えた。

 オヤジは僕達の様子を見ると

「何か楽しそうな事をしているねえ……君たち」
と口元に嘲笑をたたえながら聞いてきた。

「これのどこが楽しそうに見えるんや……」
と言おうとしたが声にならなかった。

 オヤジにはこの状況とても楽しそうな状況に見えるとでも言うのか?
どれだけ鈍感なオヤジなんだ。見ればわかるだろう?
さっきまで感じていた恐怖感がオヤジに対する怒りに変わりそうになった。
でもなんでオヤジは平気なんだ? と思い至った瞬間に

「え? ちゃうんか? お前の背中の上でご先祖様がくつろいではるで」
とオヤジは首をかしげながら不思議そうに聞いてきた。

「え?」

 僕は驚いた。
そして這いつくばったまま、恐る恐る背中の上に何が乗っているのか確認しようと首を曲げた。
そこには見知らぬ爺さんと婆さんとがオヤジの言った通りに僕の背中に座っていた。月の明かりで青白く見える老人の顔は不気味だった。

「なんなんや? これは?」
なんとか声が出た。

「だからお前のご先祖さまやっていうてるやろ。勿論、俺のご先祖様でもあるし、ここにいる奴全員のご先祖様でもあるわな。ちゃんと挨拶でもしとけよ」

「なんで俺の上に……」
声を出すのが本当に辛い。気を抜くとこのまま押しつぶされそうになる。

「それは知らん。なんか居心地がええんやろ。それよりちゃんと挨拶したか?」

「む、む、無理……!」

「そうか……躾がなっとらんなと怒られるのはワシやぞ……」
とオヤジは頭を掻きながら言った。

「まあ、ええわ……で、亮平。仏壇見てみい。何が見える?」

オヤジはそう言って軽く仏壇を顎で指さした。

「なにが見えるって、青白い光が……」

  そんな事よりもこのご先祖様を何とかしてほしかったが、僕は何とか首を回して仏壇を見た。
そこにはさっきまで見えていた青い光と共に赤や黒や暗い色に覆われた得体のしれない何かが沢山仏壇に覆いかぶさるようにうごめいていた。 

「こ、これは?」
僕は声を絞り出して聞いた。

「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」
オヤジは事もなげにそう言った。
そしてそのまま部屋の中に入ってくると僕の横を通り抜けて仏壇の前まで行った。オヤジの右手には数珠が握られていた。

 仏壇の前でオヤジは何かつぶやくと右手で空を縦に何回か切ってからさらに横にも同じように切って、最後に両手を印を結ぶように重ねた。勿論缶ビールは左手に持ったままだ。

 そのまま数珠を持った右手を仏壇に向けて勢いよく伸ばすと「喝!」と小さな声を発した。まるでそれは目の前のハエを払うような面倒臭そうな緩慢な動きだった。

 すると仏壇の周りの魑魅魍魎が一瞬で消えて、部屋の蛍光灯が点いた。と同時の僕の体も軽くなって僕はそのまま畳の上に突っ伏した。どうやらオヤジにとってこの部屋の魑魅魍魎はハエ並みの存在だったようだ。

 僕はやっとまともに呼吸がきるようになった。そして全身の力が一気に抜けたような脱力感に襲われた。

「なんやったんやぁ」
 裕也も圭祐も僕と同じようにその場に荒い息で座り込んだままだった。
彼らにもこの状況が何か不気味なものによる怪奇現象だという事は理解できていた様だが、今は安堵のため息をついていた。


 ただ美乃梨だけが青白い顔のまま
「あの仏壇の青白い光と黒い影は何やったん?」
とオヤジに聞いた。

「なんや、美乃梨には見えてたんや?」
オヤジは意外だという顔をして美乃梨に声を掛けた。

「うん。はっきりとは見えんかったけど、なんか光っていたのが見えた……」

「ふむ。そうなんや」
オヤジはそう言って少し考えてから言葉をつづけた。

「あれは物の怪やな。それがここに集まっていたっていう訳や」

 それを聞くと真由美ちゃんと美乃梨は顔を見合わせて泣きそうな顔をしていた。
どうやらオヤジはどういう言い方をすれば彼女たちを怖がらせないように説明できるかを考えていた様だが、結局思いつかなかったらしい。口を突いて出てきた説明は直球だった。

「まあ、もう大丈夫や。おっちゃんが祓っておいたから」
そう言って跪(ひざまず)いたオヤジは真由美ちゃんと美乃梨の背中をパンパンとまるで大きな埃でも払うかのように叩いた。
「もうこれで大丈夫や」
最後に真由美ちゃんの肩を軽くポンと叩いてオヤジは立ちあがった。
「これで身体が軽くなったやろ?」

「うん」
真由美ちゃんがそう答えると親父は二人の顔を見て満足そうに笑った。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...