31 / 439
シゲル
本気
しおりを挟む
「亮平。お前今まで本気で何かをやったことってあるんかぁ?」
安藤さんとシゲルのやりとりを聞いていた僕にオヤジが聞いてきた。
「本気?」
唐突に聞かれて僕は戸惑った。
「ああ、なんでもええねんけど、何かのめり込んだ事とか、これは本気でやってきたって事ってあるんかぁ?」
「ない……と思う」
と僕は首を振った。唐突にそんな事を聞かれても答えに困る。
「やっぱりなぁ……ピアノはどや? ずっと弾いていたやろ」
オヤジは僕がピアノを習っていた事を知っていた。
――そうか、ピアノの発表会に来てくれていたのか――
とすぐに合点がいった。
ピアノは冴子と宏美と一緒に習っていたからな。僕が気がつかないところで見ていたんだろう。
「う~ん。本気といえば本気やけどなぁ。でも、まあ、あれは趣味かな。適当とは言わんけど、必死なって弾いたという記憶もないなぁ」
「ふ~ん。なるほどなぁ……お前も器用貧乏なタイプやしな」
オヤジはそう言うと腕を組んでテーブルのグラスを見つめていた。グラスの中には大きな丸い氷が一つと琥珀色のスコッチが半分ぐらい残って天井の照明の光に淡く反射していた。
「器用貧乏?」
僕はオヤジに聞き返した。
「ああ、なまじ器用であるが故に全てが中途半端に終わるって事や。お前を見ていてずぅと気になっていたんや」
オヤジは腕組みしたままそう言ってまだ考えているようだった。
「シゲルとお前の違いはそこかもな……。シゲルはどう見ても器用やない。生き方自体も不器用や。だから周りと勝手にぶつかって、勝手に追い込まれる。まあ自業自得とも言うけどな。あいつはいつも周りに対していつも過激に真剣にぶつかってまうんやろうな。お前は幸いというかなんというかそんな事は無かった。お前が感じているシゲルとお前の違いはそこやな」
いつの間にか安藤さんとシゲルも僕とオヤジの会話を聞いていた。
「シゲルは分かりやすい奴や。これからも色々とぶつかって行くやろう。でも、シゲルが真剣にぶつかっている限り遠回りしてでも結果は後からついてくるし、それがシゲルの武器になるやろうな。人生の財産にもなるな。シゲルもその調子で頑張れよ」
シゲルは黙って頷いていた。
オヤジは横目でシゲルを見ながら腕組みを解いた。そしてグラスを持ち上げてスコッチを飲み干すと、安藤さんの前に空いたグラスを静かに置いた。
「同じもんでええんか?」
安藤さんが聞いた。
「ああ」
とオヤジは頷いた。
そして僕を見ると
「学生の間に何か打ち込めるものを見つけられたらええな」
と言った。
オヤジはまだ何か言いたそうな表情をみせていたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、僕はそのオヤジの表情の陰に、何か意味深な寂しげな笑いを感じた。
安藤さんがオヤジの前に新しいグラスを置いた。
「安ちゃん。やっぱりこいつも器用貧乏やわ」
オヤジはグラスを見つめたまま安藤さんに言った。
「親子やなぁ」
と安藤さんは笑いながら応えた。
「まぁな」
オヤジはそう言うとグラスを手で弄ぶように軽く振っていた。
氷がカランと軽い音を立てた。
ほんのしばらく間があって安藤さんはオヤジに聞いた。
「かける言葉はそれだけでええんか?」
「それだけでええ。余計な話はするもんやない」
オヤジはまだグラスを見ている。
「せやな」
と安藤さんはオヤジのひとことに納得したように頷いた。
オヤジと安藤さんの会話はいつも短い。
しかし当の本人たちはそれで充分事足りるようだ。
僕の人生で本気で何かを成し遂げた記憶は無かった。
勉強にしろ体育にしろ絵にしろピアノにしろそれなりに卒なくこなすタイプだと思っている。それって悪いことなのか? いや、オヤジは悪いとは言っていなかった。ではなんだ?
シゲルに対する僕のジレンマの原因がそこにあるとオヤジは言っていたが、本当にそうなのか?
ただ不完全燃焼感はなんとなく持っている。シゲルの後先考えずに行動を起こせる性格を羨ましいと思った事も何度かある。
しかし今時の高校生ってこんなもんだろう?……本気で何かに打ち込める奴ってそんなにいないだろう?……いや、違う。僕は何か違う答えを求めている。だからその答えが何かも分からないので、漠然とした不安感・焦燥感を感じているのは確かだった。
そう、何かの答えを求めている。どんな質問をオヤジ達にしたら良いのかさえも分からないというのに……。
オヤジの言葉が頭の中を駆け巡る。
急に臓物をえぐられたような気がしてきた。多分誰も気が付いていない。
しかしこういう時に僕は周りにそんな風には見せないように平静を装っている自分を知っている。
そんな自分に対しても、今何か違和感を感じ始めている。
オヤジの顔を見た。
さっき僕と話をしていた表情はどっかに消え去り、いつものバカオヤジの表情で安藤さんと話をしていた。
シゲルはその話を楽しそうに聞いている。
僕が今のめり込めるもの……そう考えていたら、急に思いついてオヤジに聞いた。
「父さん、父さんが高校生の時には何にのめり込んでいたん?」
オヤジの表情が止まった。
「父さんかぁ……俺は何も無かったなぁ。さっき安藤が言っただろう? 親子やなぁって。俺も器用貧乏やったからな。強いて言えばバンドかな。安藤とバンド組んでいたわ」
オヤジは視線だけ僕に向け横顔でそう答えた。
僕は安藤さんの顔を見たが、安藤さんは無表情だった。僕が視線を向けている事に気がついていないようだった。
「え? 亮平のお父さんバンド組んでいたんですか? どんなバンドを?」
とシゲルが興味津々な表情で聞いてきた。
「単なるロックバンドやで」
とオヤジはひとこと言った。
「へえ、じゃあ、BEATLESとかやりました?」
とシゲルは間髪入れずに聞いた。
「それは中学生の頃やな。高校生になったらパープルとかツェッペリンとかクリームなんかもやったなぁ。なあ、安藤」
とオヤジは安藤さんに同意を求めるように話を振った。
「ああ、そうやったな」
と安藤さんは頷いた。
「父さんは何をやっていたん?」
と僕が聞くと
オヤジは間髪入れずに
「縦笛とハーモニカとカスタネットや」
と真顔で即答した。
「そんな訳ないやん。ホンマはなんなん?」
と僕が聞き返すと
「タンバリンや」
と取ってつけたような答えを返した。
「嘘やろ?」
と僕が言うのと同時に
「お前は岸部シローか!」
と安藤さんがツッコミを入れた。
僕はその人が誰か知らない。
「ギターやギター」
面倒くさそうにオヤジは言った。それは少し照れているのかもしれないと思った。
僕にはオヤジと楽器は全く結びつかなかった。イメージが全然湧かない。
「へえ。オヤジがギターかぁ。似合わんな」
と僕は言った。なんだかオヤジの弱みを握ったような気がして楽しかった。
「ほっとけ」
とオヤジは吐き捨てるように言った。
「じゃあ、安藤さんと一緒にギターを弾いていたんや」
「え? あ、そうやな。そうやったな安ちゃん」
「ああ」
と安藤さんは素っ気なく応えた。
「父さん弾いてよ。ここにギターあるやろ?」
「ああ、また今度な。今日はもう面倒臭いわ」
本当に面倒臭そうにオヤジはそう言うと、笑ってグラスを口に運んだ。
結局その話題はそれで打ち切られ、十二時を回る頃に僕とシゲルは帰る事にした。
オフクロが殴り込みに来なくて良かった。この歳でシゲルの前でオフクロに迎えに来られるのはちょっと恥ずかしい。さらに敗北感に苛(さいな)まれそうな気がする。
僕とシゲルはオッサン二人を残して店を出た。
「亮平。今日は楽しかったわ。この店また来るな。入り浸るかもしれん」
とシゲルは満足げに言った。
「ええんちゃうか」
僕はシゲルにこの店を気に入ってもらえてほっとしていた。
「お前のオヤジ、なんか渋いな」
「そうかぁ?」
「ああ、安藤さんもやけどかっこええ中年やわ」
「かなぁ?」
シゲルにそう言われて僕は少し嬉しかった。
「うん。恰好ええわ」
とシゲルは大きく頷いた。
「亮平、また来るわ」
「ああ、じゃあな」
僕達は店の前で別れた。シゲルはここからトアロードを南に下っていった。
僕は山本通りを西に歩いて帰った。
歩きながら考えていた。
――本気で熱中できるものかぁ――
そんなものはないなぁ……。
月が綺麗な夜だった。
こんな日は『月光』でも弾こうかな。
家に帰るとおオフクロはまだ起きていた。
僕は安藤さんの店でオヤジに会った事とシゲルという友達も一緒だった事を話した。
「父さんって高校生時代にバンドを組んでいたんやってね。安藤さんと一緒にギター弾いていたんやぁ? 母さんは父さんのギターを聞いた事あるん?」
と僕は聞いた。
「え? お父さんがギター? ふぅん。ギターって言うたんや……」
とオフクロは意外そうな表情で呟いた。
「え? ギターとちゃうの?」
僕はオフクロの表情が理解できずに聞き返した。
「え? ギターも弾いていたよ」
と少し慌てたようにオフクロは応えた。
「”も”って他には何を弾いていたん?」
オフクロの顔に余計な事を言ってしまったという言葉が浮かんでいた。
しばらく黙っていたが観念したように口を開いた。
「カスタネットに縦笛にハーモニカ」
「ええ? それってホンマやったんかぁ!! 父さんが最初に言うた楽器がそれやったわ」
「そうよ。お前のお父さんはカスタネットの天才やったんよ。その上タンバリンなんかは凄かったわ。まるで*岸部シローのように!! お母さんはそれに惚れたんよぉ」
と完全に馬鹿にしたようにオフクロは言った。
なんだか嘘臭い話だけど、オフクロもオヤジも同じ事を言うんだからもしかしたらオヤジは本当にカスタネット上手いのかもしれない。
――オヤジとカスタネットねぇ――
しかしどんなに想像力を逞しくしても、オヤジがカスタネットやタンバリンを叩いている姿が思い浮かばなかった。
まだギターを弾いている姿の方が想像できる。
安藤さんとシゲルのやりとりを聞いていた僕にオヤジが聞いてきた。
「本気?」
唐突に聞かれて僕は戸惑った。
「ああ、なんでもええねんけど、何かのめり込んだ事とか、これは本気でやってきたって事ってあるんかぁ?」
「ない……と思う」
と僕は首を振った。唐突にそんな事を聞かれても答えに困る。
「やっぱりなぁ……ピアノはどや? ずっと弾いていたやろ」
オヤジは僕がピアノを習っていた事を知っていた。
――そうか、ピアノの発表会に来てくれていたのか――
とすぐに合点がいった。
ピアノは冴子と宏美と一緒に習っていたからな。僕が気がつかないところで見ていたんだろう。
「う~ん。本気といえば本気やけどなぁ。でも、まあ、あれは趣味かな。適当とは言わんけど、必死なって弾いたという記憶もないなぁ」
「ふ~ん。なるほどなぁ……お前も器用貧乏なタイプやしな」
オヤジはそう言うと腕を組んでテーブルのグラスを見つめていた。グラスの中には大きな丸い氷が一つと琥珀色のスコッチが半分ぐらい残って天井の照明の光に淡く反射していた。
「器用貧乏?」
僕はオヤジに聞き返した。
「ああ、なまじ器用であるが故に全てが中途半端に終わるって事や。お前を見ていてずぅと気になっていたんや」
オヤジは腕組みしたままそう言ってまだ考えているようだった。
「シゲルとお前の違いはそこかもな……。シゲルはどう見ても器用やない。生き方自体も不器用や。だから周りと勝手にぶつかって、勝手に追い込まれる。まあ自業自得とも言うけどな。あいつはいつも周りに対していつも過激に真剣にぶつかってまうんやろうな。お前は幸いというかなんというかそんな事は無かった。お前が感じているシゲルとお前の違いはそこやな」
いつの間にか安藤さんとシゲルも僕とオヤジの会話を聞いていた。
「シゲルは分かりやすい奴や。これからも色々とぶつかって行くやろう。でも、シゲルが真剣にぶつかっている限り遠回りしてでも結果は後からついてくるし、それがシゲルの武器になるやろうな。人生の財産にもなるな。シゲルもその調子で頑張れよ」
シゲルは黙って頷いていた。
オヤジは横目でシゲルを見ながら腕組みを解いた。そしてグラスを持ち上げてスコッチを飲み干すと、安藤さんの前に空いたグラスを静かに置いた。
「同じもんでええんか?」
安藤さんが聞いた。
「ああ」
とオヤジは頷いた。
そして僕を見ると
「学生の間に何か打ち込めるものを見つけられたらええな」
と言った。
オヤジはまだ何か言いたそうな表情をみせていたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、僕はそのオヤジの表情の陰に、何か意味深な寂しげな笑いを感じた。
安藤さんがオヤジの前に新しいグラスを置いた。
「安ちゃん。やっぱりこいつも器用貧乏やわ」
オヤジはグラスを見つめたまま安藤さんに言った。
「親子やなぁ」
と安藤さんは笑いながら応えた。
「まぁな」
オヤジはそう言うとグラスを手で弄ぶように軽く振っていた。
氷がカランと軽い音を立てた。
ほんのしばらく間があって安藤さんはオヤジに聞いた。
「かける言葉はそれだけでええんか?」
「それだけでええ。余計な話はするもんやない」
オヤジはまだグラスを見ている。
「せやな」
と安藤さんはオヤジのひとことに納得したように頷いた。
オヤジと安藤さんの会話はいつも短い。
しかし当の本人たちはそれで充分事足りるようだ。
僕の人生で本気で何かを成し遂げた記憶は無かった。
勉強にしろ体育にしろ絵にしろピアノにしろそれなりに卒なくこなすタイプだと思っている。それって悪いことなのか? いや、オヤジは悪いとは言っていなかった。ではなんだ?
シゲルに対する僕のジレンマの原因がそこにあるとオヤジは言っていたが、本当にそうなのか?
ただ不完全燃焼感はなんとなく持っている。シゲルの後先考えずに行動を起こせる性格を羨ましいと思った事も何度かある。
しかし今時の高校生ってこんなもんだろう?……本気で何かに打ち込める奴ってそんなにいないだろう?……いや、違う。僕は何か違う答えを求めている。だからその答えが何かも分からないので、漠然とした不安感・焦燥感を感じているのは確かだった。
そう、何かの答えを求めている。どんな質問をオヤジ達にしたら良いのかさえも分からないというのに……。
オヤジの言葉が頭の中を駆け巡る。
急に臓物をえぐられたような気がしてきた。多分誰も気が付いていない。
しかしこういう時に僕は周りにそんな風には見せないように平静を装っている自分を知っている。
そんな自分に対しても、今何か違和感を感じ始めている。
オヤジの顔を見た。
さっき僕と話をしていた表情はどっかに消え去り、いつものバカオヤジの表情で安藤さんと話をしていた。
シゲルはその話を楽しそうに聞いている。
僕が今のめり込めるもの……そう考えていたら、急に思いついてオヤジに聞いた。
「父さん、父さんが高校生の時には何にのめり込んでいたん?」
オヤジの表情が止まった。
「父さんかぁ……俺は何も無かったなぁ。さっき安藤が言っただろう? 親子やなぁって。俺も器用貧乏やったからな。強いて言えばバンドかな。安藤とバンド組んでいたわ」
オヤジは視線だけ僕に向け横顔でそう答えた。
僕は安藤さんの顔を見たが、安藤さんは無表情だった。僕が視線を向けている事に気がついていないようだった。
「え? 亮平のお父さんバンド組んでいたんですか? どんなバンドを?」
とシゲルが興味津々な表情で聞いてきた。
「単なるロックバンドやで」
とオヤジはひとこと言った。
「へえ、じゃあ、BEATLESとかやりました?」
とシゲルは間髪入れずに聞いた。
「それは中学生の頃やな。高校生になったらパープルとかツェッペリンとかクリームなんかもやったなぁ。なあ、安藤」
とオヤジは安藤さんに同意を求めるように話を振った。
「ああ、そうやったな」
と安藤さんは頷いた。
「父さんは何をやっていたん?」
と僕が聞くと
オヤジは間髪入れずに
「縦笛とハーモニカとカスタネットや」
と真顔で即答した。
「そんな訳ないやん。ホンマはなんなん?」
と僕が聞き返すと
「タンバリンや」
と取ってつけたような答えを返した。
「嘘やろ?」
と僕が言うのと同時に
「お前は岸部シローか!」
と安藤さんがツッコミを入れた。
僕はその人が誰か知らない。
「ギターやギター」
面倒くさそうにオヤジは言った。それは少し照れているのかもしれないと思った。
僕にはオヤジと楽器は全く結びつかなかった。イメージが全然湧かない。
「へえ。オヤジがギターかぁ。似合わんな」
と僕は言った。なんだかオヤジの弱みを握ったような気がして楽しかった。
「ほっとけ」
とオヤジは吐き捨てるように言った。
「じゃあ、安藤さんと一緒にギターを弾いていたんや」
「え? あ、そうやな。そうやったな安ちゃん」
「ああ」
と安藤さんは素っ気なく応えた。
「父さん弾いてよ。ここにギターあるやろ?」
「ああ、また今度な。今日はもう面倒臭いわ」
本当に面倒臭そうにオヤジはそう言うと、笑ってグラスを口に運んだ。
結局その話題はそれで打ち切られ、十二時を回る頃に僕とシゲルは帰る事にした。
オフクロが殴り込みに来なくて良かった。この歳でシゲルの前でオフクロに迎えに来られるのはちょっと恥ずかしい。さらに敗北感に苛(さいな)まれそうな気がする。
僕とシゲルはオッサン二人を残して店を出た。
「亮平。今日は楽しかったわ。この店また来るな。入り浸るかもしれん」
とシゲルは満足げに言った。
「ええんちゃうか」
僕はシゲルにこの店を気に入ってもらえてほっとしていた。
「お前のオヤジ、なんか渋いな」
「そうかぁ?」
「ああ、安藤さんもやけどかっこええ中年やわ」
「かなぁ?」
シゲルにそう言われて僕は少し嬉しかった。
「うん。恰好ええわ」
とシゲルは大きく頷いた。
「亮平、また来るわ」
「ああ、じゃあな」
僕達は店の前で別れた。シゲルはここからトアロードを南に下っていった。
僕は山本通りを西に歩いて帰った。
歩きながら考えていた。
――本気で熱中できるものかぁ――
そんなものはないなぁ……。
月が綺麗な夜だった。
こんな日は『月光』でも弾こうかな。
家に帰るとおオフクロはまだ起きていた。
僕は安藤さんの店でオヤジに会った事とシゲルという友達も一緒だった事を話した。
「父さんって高校生時代にバンドを組んでいたんやってね。安藤さんと一緒にギター弾いていたんやぁ? 母さんは父さんのギターを聞いた事あるん?」
と僕は聞いた。
「え? お父さんがギター? ふぅん。ギターって言うたんや……」
とオフクロは意外そうな表情で呟いた。
「え? ギターとちゃうの?」
僕はオフクロの表情が理解できずに聞き返した。
「え? ギターも弾いていたよ」
と少し慌てたようにオフクロは応えた。
「”も”って他には何を弾いていたん?」
オフクロの顔に余計な事を言ってしまったという言葉が浮かんでいた。
しばらく黙っていたが観念したように口を開いた。
「カスタネットに縦笛にハーモニカ」
「ええ? それってホンマやったんかぁ!! 父さんが最初に言うた楽器がそれやったわ」
「そうよ。お前のお父さんはカスタネットの天才やったんよ。その上タンバリンなんかは凄かったわ。まるで*岸部シローのように!! お母さんはそれに惚れたんよぉ」
と完全に馬鹿にしたようにオフクロは言った。
なんだか嘘臭い話だけど、オフクロもオヤジも同じ事を言うんだからもしかしたらオヤジは本当にカスタネット上手いのかもしれない。
――オヤジとカスタネットねぇ――
しかしどんなに想像力を逞しくしても、オヤジがカスタネットやタンバリンを叩いている姿が思い浮かばなかった。
まだギターを弾いている姿の方が想像できる。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる