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ピアノ
職員室の前で
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週が明けて朝から真面目に登校した僕は、昼休みに職員室の前で長沼美奈子先生にすれ違いざまに声を掛けられた。三十路前の男子生徒からは結構人気のある音楽担当の先生だ。
「君は藤崎……亮平君だっけ?」
と唐突に声を掛けられた。
「はい……そうですが……」
音楽の先生に声を掛けられるとは、思ってもいなかったので僕は戸惑った。確かに音楽は選択していたが、こんなところでこの先生に声をかけられる筋合いは全く無く予想もしていなかった。
だから目一杯怪訝そうな顔をして応えたと思う。ついでに言うとデフォルトで迷惑そうな声もついていたと思う。
そんな僕の声のニュアンスには全く気が付かなかったかのように先生は
「ちょうど良かった。ちょっと話したいことがあるから、今日の授業が終わったら音楽室に来てくれるかな?」
と見事なほどさわやかにスルーしてくれた。
「え? 今日ですかぁ?」
「そう。放課後ね。待っているからね」
そう言うと僕の返事も聞かずに長沼先生はそのまま職員室に入っていった。
「なんで? なんの用で? どうして俺が?……って俺の返事位聞けよ」
とか言いたい事は沢山あったが、職員室の中まで押しかけていって問い質せるほど僕は根性が座っていなかった。
昼休みに食堂でカレーうどんを食ってからはまっすぐ教室に帰れば良いものを、グラウンドの自動販売機で缶コーヒーを買おうと思い、寄り道したのが間違いだった。
そう、昼休み、僕はこの自動販売機の横のベンチに座って食後の缶コーヒーを飲んでいた。もちろんブラックコーヒーではない。一応、微糖を選んでいるが、缶コーヒーだけは砂糖入りを飲むことを自分に許していた。
音楽室から流れてくるピアノの音を、甘いコーヒーにほっとしながら僕は聞いていた。
ラヴェルのソナチネ第三楽章の旋律が校舎と校舎の間を通り抜け、グランドまで流れ込んで一気に音符が拡散していった。
――昼休みにこんな曲を弾くなんて、誰かピアノコンクールにでもでるのかしらん――
なんて思いながら小漏れ聞こえるこの旋律に適当に耳を傾けていた。
確かに上手い。コンクールに出てもいい線行けるだろうと思える演奏だった。
演奏が終わるとしばらくしてまたピアノの音色が流れて来た。今度はバルトークのピアノソナタ第3楽章だった。
――あぁそうか。誰か音大を目指しとぉ奴がおるんや――
僕はそう理解した。
打楽器的なリズムと強弱の幅が特徴の曲で、僕もコンクールでこの曲を弾いた事があった……その時僕は、この曲は予想以上に体力が必要な楽曲だと知った。そしてピアノが打楽器であると改めて認識させてくれた楽曲でもあった。
どちらも僕が中学生の時、コンクール前に散々弾いた曲だった。
それにしても今これを弾いている人は上手い。この難曲を二曲続けて弾き切った。時間にしては二曲で十分強程度の長さだが、これを連続して弾くのは中々なもんだ。
二曲目はちゃんと疾走していたな。軽やかにそして力強く。でも表現を抑えているような……リサイタルではなくコンクールでの弾き方だな。
僕もコンクールでは、そうやって弾いていた。
いつもは結構好き放題、気持ちよく自己中なピアノを弾いていたが、コンクールでは『どれだけ譜面通り弾けるか!』という事に執念を燃やしていた……でも今聞こえたこのピアノよりも、僕の方がもう少し上手く弾けていたと思う。
ピアノはこの二曲で終了した。三曲目は弾かないようだ。ちょっと残念。もう少し聞いていたかった。
それにしても僕なら昼休みにこんな曲をわざわざ弾いたりはしない。
そう、受験かコンクールでもない限り僕は自らこんな曲を弾きたいと思ったりはしない。
僕がコンクールの時にこのバルトークのこの曲を弾いた時、『ルーマニア民族舞曲にすれば良かったなぁ』とコンクールが終わった後に少し後悔したのを思い出した。
そんな事を考えながら缶コーヒーを飲み終わったので、教室に帰ろうかと廊下を歩いていたら先生に捕まった。
何だろうなぁ……。
別に怒られるような事は身に覚えはないのだが……。
このまま忘れてしまわないかと思っていたが、僕の若い脳みそは授業が終わっても覚えていた。
記憶力には自信があるが、今はそれが恨めしい。
――仕方ない。ちょっと顔を出してくるか――
授業が終わって僕は席を立った。
宏美が僕の席の前に来て
「一緒に帰る?」
と小声で聞いてきた。
「長沼先生に呼ばれたから、ちょっと音楽室に今から行かなあかんねん」
「え? なんかやったん?」
宏美は少し驚いたような顔をして聞いてきた。
「なんもしてへん」
と僕は軽く首を振った。
「ホンマにぃ?」
宏美は明らかに怪しんでいる。
「うん。ホンマ」
「そうなんや……時間かかりそうやね?」
案外あっさりと宏美は納得してくれたが、今度は心配そうに聞いてきた。
「それも判らん。何で呼ばれたのかも判ってないのに……。だから今日は冴子と一緒に帰ってくれるかな?」
と僕は宏美に言った。
「うん。そうする。後で連絡してね」
「うん。判った。連絡するわ」
宏美は冴子に声を掛けて一緒に教室を出て行った。
教室の入り口で冴子がこっちを見て、意味ありげに笑って出て行った。
なんじゃ? そりゃ?
「君は藤崎……亮平君だっけ?」
と唐突に声を掛けられた。
「はい……そうですが……」
音楽の先生に声を掛けられるとは、思ってもいなかったので僕は戸惑った。確かに音楽は選択していたが、こんなところでこの先生に声をかけられる筋合いは全く無く予想もしていなかった。
だから目一杯怪訝そうな顔をして応えたと思う。ついでに言うとデフォルトで迷惑そうな声もついていたと思う。
そんな僕の声のニュアンスには全く気が付かなかったかのように先生は
「ちょうど良かった。ちょっと話したいことがあるから、今日の授業が終わったら音楽室に来てくれるかな?」
と見事なほどさわやかにスルーしてくれた。
「え? 今日ですかぁ?」
「そう。放課後ね。待っているからね」
そう言うと僕の返事も聞かずに長沼先生はそのまま職員室に入っていった。
「なんで? なんの用で? どうして俺が?……って俺の返事位聞けよ」
とか言いたい事は沢山あったが、職員室の中まで押しかけていって問い質せるほど僕は根性が座っていなかった。
昼休みに食堂でカレーうどんを食ってからはまっすぐ教室に帰れば良いものを、グラウンドの自動販売機で缶コーヒーを買おうと思い、寄り道したのが間違いだった。
そう、昼休み、僕はこの自動販売機の横のベンチに座って食後の缶コーヒーを飲んでいた。もちろんブラックコーヒーではない。一応、微糖を選んでいるが、缶コーヒーだけは砂糖入りを飲むことを自分に許していた。
音楽室から流れてくるピアノの音を、甘いコーヒーにほっとしながら僕は聞いていた。
ラヴェルのソナチネ第三楽章の旋律が校舎と校舎の間を通り抜け、グランドまで流れ込んで一気に音符が拡散していった。
――昼休みにこんな曲を弾くなんて、誰かピアノコンクールにでもでるのかしらん――
なんて思いながら小漏れ聞こえるこの旋律に適当に耳を傾けていた。
確かに上手い。コンクールに出てもいい線行けるだろうと思える演奏だった。
演奏が終わるとしばらくしてまたピアノの音色が流れて来た。今度はバルトークのピアノソナタ第3楽章だった。
――あぁそうか。誰か音大を目指しとぉ奴がおるんや――
僕はそう理解した。
打楽器的なリズムと強弱の幅が特徴の曲で、僕もコンクールでこの曲を弾いた事があった……その時僕は、この曲は予想以上に体力が必要な楽曲だと知った。そしてピアノが打楽器であると改めて認識させてくれた楽曲でもあった。
どちらも僕が中学生の時、コンクール前に散々弾いた曲だった。
それにしても今これを弾いている人は上手い。この難曲を二曲続けて弾き切った。時間にしては二曲で十分強程度の長さだが、これを連続して弾くのは中々なもんだ。
二曲目はちゃんと疾走していたな。軽やかにそして力強く。でも表現を抑えているような……リサイタルではなくコンクールでの弾き方だな。
僕もコンクールでは、そうやって弾いていた。
いつもは結構好き放題、気持ちよく自己中なピアノを弾いていたが、コンクールでは『どれだけ譜面通り弾けるか!』という事に執念を燃やしていた……でも今聞こえたこのピアノよりも、僕の方がもう少し上手く弾けていたと思う。
ピアノはこの二曲で終了した。三曲目は弾かないようだ。ちょっと残念。もう少し聞いていたかった。
それにしても僕なら昼休みにこんな曲をわざわざ弾いたりはしない。
そう、受験かコンクールでもない限り僕は自らこんな曲を弾きたいと思ったりはしない。
僕がコンクールの時にこのバルトークのこの曲を弾いた時、『ルーマニア民族舞曲にすれば良かったなぁ』とコンクールが終わった後に少し後悔したのを思い出した。
そんな事を考えながら缶コーヒーを飲み終わったので、教室に帰ろうかと廊下を歩いていたら先生に捕まった。
何だろうなぁ……。
別に怒られるような事は身に覚えはないのだが……。
このまま忘れてしまわないかと思っていたが、僕の若い脳みそは授業が終わっても覚えていた。
記憶力には自信があるが、今はそれが恨めしい。
――仕方ない。ちょっと顔を出してくるか――
授業が終わって僕は席を立った。
宏美が僕の席の前に来て
「一緒に帰る?」
と小声で聞いてきた。
「長沼先生に呼ばれたから、ちょっと音楽室に今から行かなあかんねん」
「え? なんかやったん?」
宏美は少し驚いたような顔をして聞いてきた。
「なんもしてへん」
と僕は軽く首を振った。
「ホンマにぃ?」
宏美は明らかに怪しんでいる。
「うん。ホンマ」
「そうなんや……時間かかりそうやね?」
案外あっさりと宏美は納得してくれたが、今度は心配そうに聞いてきた。
「それも判らん。何で呼ばれたのかも判ってないのに……。だから今日は冴子と一緒に帰ってくれるかな?」
と僕は宏美に言った。
「うん。そうする。後で連絡してね」
「うん。判った。連絡するわ」
宏美は冴子に声を掛けて一緒に教室を出て行った。
教室の入り口で冴子がこっちを見て、意味ありげに笑って出て行った。
なんじゃ? そりゃ?
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