北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
172 / 439
夏休みの部活

宏美と冴子

しおりを挟む
 振り向くとそこに冴子と宏美が居た。

「なんや? お前らいつ来たんや?」

「今さっきや」
と冴子は僕を見下ろして言った。

「なんも考えてへんあんたの話はええわ。それよりも哲ちゃんのその心配性な性格治さんと、これからしんどいで」
と僕の横に立ったまま哲也に言った。

「うん。それは分かっとるねんけどな」

「まぁ、これだけは自分で解決せなどうしようもないんやからね」
と冴子はサッサと突き放した。彼女は本当に厳しい。

「うん。分かっとぉ」
と小さい声で哲也は答えた。冴子には哲也も反論する気も失せるようだ。この威圧感はその辺の女子高生には醸し出せないだろうと思う。

 僕は一連のやり取りを見ていて哲也が気の毒になった。
瑞穂と冴子に連続で罵られた哲也はさらに落ち込んでいるように見えた。

「ちょっとその辺ぶらついてくるわ」
哲也はそう言って立ち上がると、そのまま音楽室を出て行った。僕は後を追いかけようとも思ったが、立ち上がりもせずにただ後ろ姿を見送った。

 彼の痛々しい後ろ姿を見送りながら、彼のスランプは相当重傷である事を感じた。
彼が導き出す旋律は彼が言う程酷い音ではない。いや、どちらかと言えば美しい音色だ。しかし彼はそこのコンクールというフィルターを自ら被せて勝手に悩んでいる。僕には何となくその悩みの理由が分かるような気がしていたが、今彼にかけるべき言葉を僕は知らなかった。

 僕は彼に声を掛ける代りに
「冴子、お前、それは言い過ぎやろ」
と冴子を諫めた。

「えぇ!? そんなこと無いわ。これでも気ぃつこうて言うてるで」
と事も無げに答えた。
 お前の気を遣うという基準はどこにあるのか小一時間ほど膝を詰めて確認したくなったが、それは言わずにいた。

 僕のそんな気持ちはお構いなしに
「ちょうどええわ。亮ちゃん。伴奏してよ」
と言うと冴子は僕に顎でピアノの前に座る様に指示した。

「はぁ? 何を急に?」
僕は思いっきり怪訝な顔をして聞き返した。

「これ、弾いた事あるやろ」

 冴子が僕の目の前に突き出した楽譜は『ツィゴイネルワイゼン』だった。
この曲はスペイン生まれのヴァイオリニストであるサラサーテが一八七八年に作曲した曲で、本来は管弦楽伴奏付きのヴァイオリン独奏曲である。伴奏を管弦楽ではなくピアノ伴奏で演奏する場合も多い。

 彼女が差し出した楽譜は勿論後者だ。
僕はそれを受け取ると楽譜を一読した。
八分間そこそこの曲だが三部構成に主題が別れている。

「これを今から弾けと?」
僕は冴子を見上げながら聞いた。

「そう。亮ちゃん、この曲まだ覚えているやろ」
冴子がそう言って僕をじっと見た。いつも彼女の目力(めぢから)は強いなとは思っていたが、今日はいつもに増して強い。
思わず視線を外して隣に立っていた宏美を見たが、彼女は硬い表情で僕を見ていた。

――何かあるのか?――

と聞きたくなったが、この場でそれを聞くのは憚られた。
第一、冴子の表情がそれを許さなかった。

 この曲は僕がヴァイオリン教室を辞める寸前まで冴子と一緒に演奏していた曲だ。
確か冴子に伴奏を頼まれて弾いてみたものの、冴子自身が納得のいく演奏ができずに終わった曲だった。後半のピチカートが上手く弾けずに冴子は毎日悔しそうな顔でこの曲を練習していたのを僕は思い出した。

 僕はそのままヴァイオリン教室通うのを辞めてしまったので、冴子との演奏もそれで終わった。その当時は冴子に散々弾かされた曲だったが、僕ははそれ以降この曲を弾いていない。もちろん冴子とこの曲を一緒に演奏するのはその時以来だ。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...