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夏休みの部活
ツィゴイネルワイゼン
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僕は黙って立ち上がった。
周りを見渡すと二年生が全員……いや哲也以外が全員音楽室にいた。
今日入部した三人も音楽室に戻って来ていた。
彼らは今までの成り行きを見ていた。昼食休憩のひと時が、冴子のひとことで重苦しい雰囲気に包まれ始めていた。
いや実際にはみんなこの空気をどうにか変えて欲しいと願っているはずだ。そんな視線を感じた。
――ホンマにこのバカ女、空気を読めよ――
と決して声には出せない想いを呪文のように唱えながら、僕はピアノの前に座ると楽譜を広げて楽譜台に置いた。
この重い空気を作った責任の一端……いやほとんど全てを担っているはずの冴子は、気に留めるそぶりも見せずに、黙ってヴァイオリンをケースから取り出してチューニングを始めていた。
鍵盤をはじいて最初の音を出した。
冴子が音を合わせる。
気合の入った音色だ。腹立たしいが一発で合わせて来た。
冴子と目が合った。もう準備は良いみたいだ。
今からは僕と冴子との勝負だ。余計な感情は捨てる。
最初はModerato - Lento ハ短調だ。
出だしのフレーズはピアノソロで入る。僕は敢えてこれから始まる衝撃的なドラマの予兆を感じさせるような扇情的な音で煽った。冴子がそれにどう応えるか試してみた。ここまで自信たっぷりな冴子の音を確認したかった。
そんな挑戦的なピアノを受けた冴子は口元に笑みを浮かべた。
――やはり、そう来たか――
とでも言っているかのようなその笑みだった。
冴子はヴァイオリンのソロを重くそして力強く弾く。それは僕の試みを一蹴するかのように周りで聞いている部員の気持ちを一気に持って行ってしまった。
緊張感漂う力強く伸び切った音。そして伸び切った後の一瞬の余韻が聞いている者の気持ちを鷲掴みにしたのがすぐに判った。そして僕がさっきまで冴子に抱いていた色々な小さな憤りも一瞬で消え失せた。
この前、宏美と三人で弾いた時とは明らかに違う音だった。この一年間で音が変わったのは僕だけではなかった。
冴子もまたあの当時から数段腕を上げていた。
――これが冴子の本気か?――
と僕は冴子の弾くヴァイオリンの音に驚いていた。もう僕の知る冴子のヴァイオリンの音ではなかった。彼女の音はもっと繊細な音だったはず。繊細ではあるが、か細い音ではなかった。しかし、これ程のどっしりと落ち着きのある旋律を奏でられるとは思ってもいなかった。そもそも音の艶が全く違う。
曲の始まりから冴子の独擅場だった。
哀し気な旋律の中に力強い主張を感じる音だ。緊張の糸は全く途切れない。
この場にいた者は全て冴子の音の粒を驚きを持って迎い入れそして酔いしれていた。心の内に秘めた悲しみを抑え込むようなそれでいて力強く伸びのある音。こんな音を彼女は出せるんだ。僕は驚きと感動を覚えながら彼女のヴァイオリンに合わせて鍵盤に指を置いていた。
それと同時に僕は冴子の心の叫びを聞いたような気がした。この音の粒たちは彼女の憂いも一緒に乗せている。単なるジプシーの哀愁を奏でているのではない事はすぐに判った。
何が冴子の心をここまで哀しみの色に染めたのか? 僕は不思議だった。今までの冴子の態度とは全く想像もできない音だった。
――亮ちゃん、私はピアノをやめる――
そんな言葉が聞こえてきた。
僕はハッとして冴子に目をやった。視線が絡み合う。
――なんて哀しい目をしているんだ?――
それと同時に冴子の強い意志を感じた。
彼女は何かを捨て自分の道を進もうと決めたのか?
――このままでは自分を見失う――
冴子の音はそう言っていた。
――何故? ――
僕は問い返した。
周りを見渡すと二年生が全員……いや哲也以外が全員音楽室にいた。
今日入部した三人も音楽室に戻って来ていた。
彼らは今までの成り行きを見ていた。昼食休憩のひと時が、冴子のひとことで重苦しい雰囲気に包まれ始めていた。
いや実際にはみんなこの空気をどうにか変えて欲しいと願っているはずだ。そんな視線を感じた。
――ホンマにこのバカ女、空気を読めよ――
と決して声には出せない想いを呪文のように唱えながら、僕はピアノの前に座ると楽譜を広げて楽譜台に置いた。
この重い空気を作った責任の一端……いやほとんど全てを担っているはずの冴子は、気に留めるそぶりも見せずに、黙ってヴァイオリンをケースから取り出してチューニングを始めていた。
鍵盤をはじいて最初の音を出した。
冴子が音を合わせる。
気合の入った音色だ。腹立たしいが一発で合わせて来た。
冴子と目が合った。もう準備は良いみたいだ。
今からは僕と冴子との勝負だ。余計な感情は捨てる。
最初はModerato - Lento ハ短調だ。
出だしのフレーズはピアノソロで入る。僕は敢えてこれから始まる衝撃的なドラマの予兆を感じさせるような扇情的な音で煽った。冴子がそれにどう応えるか試してみた。ここまで自信たっぷりな冴子の音を確認したかった。
そんな挑戦的なピアノを受けた冴子は口元に笑みを浮かべた。
――やはり、そう来たか――
とでも言っているかのようなその笑みだった。
冴子はヴァイオリンのソロを重くそして力強く弾く。それは僕の試みを一蹴するかのように周りで聞いている部員の気持ちを一気に持って行ってしまった。
緊張感漂う力強く伸び切った音。そして伸び切った後の一瞬の余韻が聞いている者の気持ちを鷲掴みにしたのがすぐに判った。そして僕がさっきまで冴子に抱いていた色々な小さな憤りも一瞬で消え失せた。
この前、宏美と三人で弾いた時とは明らかに違う音だった。この一年間で音が変わったのは僕だけではなかった。
冴子もまたあの当時から数段腕を上げていた。
――これが冴子の本気か?――
と僕は冴子の弾くヴァイオリンの音に驚いていた。もう僕の知る冴子のヴァイオリンの音ではなかった。彼女の音はもっと繊細な音だったはず。繊細ではあるが、か細い音ではなかった。しかし、これ程のどっしりと落ち着きのある旋律を奏でられるとは思ってもいなかった。そもそも音の艶が全く違う。
曲の始まりから冴子の独擅場だった。
哀し気な旋律の中に力強い主張を感じる音だ。緊張の糸は全く途切れない。
この場にいた者は全て冴子の音の粒を驚きを持って迎い入れそして酔いしれていた。心の内に秘めた悲しみを抑え込むようなそれでいて力強く伸びのある音。こんな音を彼女は出せるんだ。僕は驚きと感動を覚えながら彼女のヴァイオリンに合わせて鍵盤に指を置いていた。
それと同時に僕は冴子の心の叫びを聞いたような気がした。この音の粒たちは彼女の憂いも一緒に乗せている。単なるジプシーの哀愁を奏でているのではない事はすぐに判った。
何が冴子の心をここまで哀しみの色に染めたのか? 僕は不思議だった。今までの冴子の態度とは全く想像もできない音だった。
――亮ちゃん、私はピアノをやめる――
そんな言葉が聞こえてきた。
僕はハッとして冴子に目をやった。視線が絡み合う。
――なんて哀しい目をしているんだ?――
それと同時に冴子の強い意志を感じた。
彼女は何かを捨て自分の道を進もうと決めたのか?
――このままでは自分を見失う――
冴子の音はそう言っていた。
――何故? ――
僕は問い返した。
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