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コンクールの二人
夜の音楽室で見たもの
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十月に入ると哲也は授業が終わった後、ほとんどそのままチェロ教室に直行か個人練習に時間を費やしていた。
残された僕と拓哉は二人で音楽室で練習していた。
「お前はええんかぁ?」
いつものように二人で練習していると拓哉がコントラバスを抱きかかえながら聞いてきた。
「何がぁ?」
僕はピアノの譜面台越しに拓哉を見た。
「いや、哲也みたいに本選の練習しなくても……」
「うん。大丈夫や。今更じたばたしたところで変わるようなもんとちゃうし、一応は練習してるし……」
「もしかして、俺に気を遣(つ)こぉってるとかない?」
拓哉は上目遣いに僕を見ながら聞いてきた。
「なんで?」
「いや、お前まで練習したら俺が一人になるって……」
「あ、そうか! そうやったな。そんなん、気ぃつかんかったわ」
僕は拓哉に言われて初めてその事に気が付いた。
拓哉の眉間に皺が寄った。
「悪かった。お前にそんな話を振った俺がバカだったわ。忘れてくれ」
と拓哉は吐き捨てるように言った。彼は本気で自分の言った言葉を後悔しているようだった。
「ふん!」
と答えながらも僕は拓哉の心遣いに感謝しながら、こういう気遣いが出来る友人を持つ居心地の良さを感じていた。
「ホンマにお前と哲也ってホンマに両極端やな」
気分を取り直した拓哉が今度は呆れたように言った。
「何がぁ?」
「ホンマに哲也は緊張し過ぎやし、お前はそのかけらもないもんな」
「ああ、そう言う事かぁ……まあ、そうかもしれんなぁ……」
「そういう拓哉はコンクールとか無いの?」
僕は拓哉に聞いた。
「無いな。あったとしてもそんなもんに出えへんわ」
「そうやろうなぁ……俺も出来れば出たくないし……」
「緊張するから?」
「いや、ただ単に面倒やから」
「お前らしいわ」
そう言って拓哉は笑った。
「でも流石に来週からは本選モードに入るわ」
僕はどっちでも良かった。拓哉に言ったように『今更』だと思っていた。でもこれ以上拓哉に気を遣わすのも忍びないので本選向けの練習する事にした。
ただ、やはりグランドピアノで練習したいので家より主に練習場所は音楽室にしようと思っていた。
それは本選の一週間前の出来事だった。
いつものように放課後、僕は音楽室で一人でピアノを弾いていた。
時間はもう七時前だった。喉の渇きを覚え、僕は立ち上がると音楽室の窓辺の机に腰掛けて、鞄からペットボトルを取り出した。少しぬるめだが水が美味しい。
窓の外に目をやると外はもう夜の帳が降りていた。神戸の夜景が宝石のようにきらめいていいる。
――もう暗いな……そろそろ帰らんとあかん時間やな――
そう思いながらピアノに何気なく目をやると、そこに一人の男子高校生が座っている姿か目に入った。さっきまで僕がピアノを弾いていた場所に見知らぬ高校生が座っている。
僕は目を見開いてその姿を凝視した。これはリアルではないな……と一瞬で気が付いた。
――ここで、これを見るかぁ……――
肩を落として両手を膝の上に置いて俯(うつむ)いて鍵盤をじっと見ている高校生。その姿から、彼の憔悴しきった心のありようが伝わってきた。
この音楽室で死んだ学生がいるなんて聞いたことはない。うちの高校の七不思議でもそんな話はない。しかし今現実の僕には見えている。
――これは幽霊か?……それとも幻覚か?――
それがこの世のものではないという事は分かっていたが、それ以外は判断がつかなかった。
僕は吸い寄せられるようにその学生の姿をじっと見つめていた。
その男子高校生は、ただただ鍵盤をじっと見つめているだけだった。まるでその時が来るのを待っているかのように……。
身じろぎ一つしなかった彼が息を軽く吸いながら背を起こし、同時に両腕をスッと持ち上げた。指が当たり前のように鍵盤の上にそっと置かれた。一瞬の間があってピアノは寂しげな音を奏でた。
僕は出だしの四小節を聞いた瞬間に背筋がゾクッとした。
――これは……ショパンのノクターン 嬰ハ短調 第二十番だ――
残された僕と拓哉は二人で音楽室で練習していた。
「お前はええんかぁ?」
いつものように二人で練習していると拓哉がコントラバスを抱きかかえながら聞いてきた。
「何がぁ?」
僕はピアノの譜面台越しに拓哉を見た。
「いや、哲也みたいに本選の練習しなくても……」
「うん。大丈夫や。今更じたばたしたところで変わるようなもんとちゃうし、一応は練習してるし……」
「もしかして、俺に気を遣(つ)こぉってるとかない?」
拓哉は上目遣いに僕を見ながら聞いてきた。
「なんで?」
「いや、お前まで練習したら俺が一人になるって……」
「あ、そうか! そうやったな。そんなん、気ぃつかんかったわ」
僕は拓哉に言われて初めてその事に気が付いた。
拓哉の眉間に皺が寄った。
「悪かった。お前にそんな話を振った俺がバカだったわ。忘れてくれ」
と拓哉は吐き捨てるように言った。彼は本気で自分の言った言葉を後悔しているようだった。
「ふん!」
と答えながらも僕は拓哉の心遣いに感謝しながら、こういう気遣いが出来る友人を持つ居心地の良さを感じていた。
「ホンマにお前と哲也ってホンマに両極端やな」
気分を取り直した拓哉が今度は呆れたように言った。
「何がぁ?」
「ホンマに哲也は緊張し過ぎやし、お前はそのかけらもないもんな」
「ああ、そう言う事かぁ……まあ、そうかもしれんなぁ……」
「そういう拓哉はコンクールとか無いの?」
僕は拓哉に聞いた。
「無いな。あったとしてもそんなもんに出えへんわ」
「そうやろうなぁ……俺も出来れば出たくないし……」
「緊張するから?」
「いや、ただ単に面倒やから」
「お前らしいわ」
そう言って拓哉は笑った。
「でも流石に来週からは本選モードに入るわ」
僕はどっちでも良かった。拓哉に言ったように『今更』だと思っていた。でもこれ以上拓哉に気を遣わすのも忍びないので本選向けの練習する事にした。
ただ、やはりグランドピアノで練習したいので家より主に練習場所は音楽室にしようと思っていた。
それは本選の一週間前の出来事だった。
いつものように放課後、僕は音楽室で一人でピアノを弾いていた。
時間はもう七時前だった。喉の渇きを覚え、僕は立ち上がると音楽室の窓辺の机に腰掛けて、鞄からペットボトルを取り出した。少しぬるめだが水が美味しい。
窓の外に目をやると外はもう夜の帳が降りていた。神戸の夜景が宝石のようにきらめいていいる。
――もう暗いな……そろそろ帰らんとあかん時間やな――
そう思いながらピアノに何気なく目をやると、そこに一人の男子高校生が座っている姿か目に入った。さっきまで僕がピアノを弾いていた場所に見知らぬ高校生が座っている。
僕は目を見開いてその姿を凝視した。これはリアルではないな……と一瞬で気が付いた。
――ここで、これを見るかぁ……――
肩を落として両手を膝の上に置いて俯(うつむ)いて鍵盤をじっと見ている高校生。その姿から、彼の憔悴しきった心のありようが伝わってきた。
この音楽室で死んだ学生がいるなんて聞いたことはない。うちの高校の七不思議でもそんな話はない。しかし今現実の僕には見えている。
――これは幽霊か?……それとも幻覚か?――
それがこの世のものではないという事は分かっていたが、それ以外は判断がつかなかった。
僕は吸い寄せられるようにその学生の姿をじっと見つめていた。
その男子高校生は、ただただ鍵盤をじっと見つめているだけだった。まるでその時が来るのを待っているかのように……。
身じろぎ一つしなかった彼が息を軽く吸いながら背を起こし、同時に両腕をスッと持ち上げた。指が当たり前のように鍵盤の上にそっと置かれた。一瞬の間があってピアノは寂しげな音を奏でた。
僕は出だしの四小節を聞いた瞬間に背筋がゾクッとした。
――これは……ショパンのノクターン 嬰ハ短調 第二十番だ――
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