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部下
駄々っ子
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そう思いながらも僕はこの二人の会話に割って入った。
「父さん、昔、自分のメンバーの為にクビを掛けた事があったって本当?」
「ん? なんのこっちゃ。そんなん知らんで」
オヤジは即答で否定したが、顔には明らかに『知っている』と書いてあった。
「え?」
でも僕は思わず聞き返してしまった。
「岩本の事ですよ。あの売れなかった営業マンの……」
大迫さんはすかさず助け舟を出してくれた。
オヤジは大迫さんの顔をチラッと見て
「お前、そんな話もしとったんか……」
と半ば呆れ気味に言った。
「はい。しゃべってしまいました」
大迫さんは悪びれもせずに笑って言った。
「岩本なぁ……。おったなぁ……そんな奴が……どないしてるんやろうなぁ」
オヤジは懐かしい名前を聞いた……みたいな顔で天井を見上げた。
釣られて僕も天井を見たが、古民家から廃物利用で貰って来たような黒い太い梁と天井が見えるだけだった。
「あいつって藤崎さんのチームに半年居て、それから異動になってましたよね?」
と大迫さんがオヤジに聞いた。
「ああ、売れる営業マンになったからって、他の営業所に持って行かれたわ」
そう言うとオヤジはビールを一気に飲んで
「で、直ぐにそこの所長に潰されよったわ」
と大迫さんに言った。
「え、そうなんですか?」
大迫さんはその話を初めて聞いたのか、驚いていた。
「ああ。元々生意気な奴やったからな……あいつは。入社して天狗の鼻を折られて自信をなくして2年経って俺の下に来たんや。だから自信さえつけてやったら勝手に売りよると思っとったんや」
「それで岩本は売れるようになったんですね?」
大迫さんはオヤジに尋ねた。
「簡単にいえばな。そうや。ああいう気の強い生意気な奴が自信をなくした時は、信頼してやることや。一番分かりやすい方法は仕事を任す事や。そうしたらアホな岩本は自信をなくした事を忘れて、仕事をする事だけを考えよったからな」
「そうかぁ。自信を取り戻す訳ですね」
大迫さんは感心したように頷いた。
「ちゃう、ちゃう、自信を失っていたことを忘れるだけや。自信なんか日々の結果がちゃんと出ていたらその内に勝手についてくるわ。
だからあいつには毎日朝のヨミ会で『今日は売れるんか?』と聞くだけやったわ。『はい。売ります』『ほな、よろしゅうに』これだけ。後は週頭と週末に『今週の数字は行くんか?』と聞くだけ。『はい、行きます』『ほな、よろしゅうに』毎回これだけの会話やで」
「ホンマですか?」
大迫さんが聞いたが僕も同じ事を思っていた。
オヤジは事も無げに
「ホンマや。それしか言うてない。それであのアホは勝手に達成しよったわ。楽なもんやったわ。後は毎晩あいつらと一緒に飲んでたわ」
と言うと美味そうにビールを飲んだ。
「やっぱり飲むんですね」
大迫さんは笑いながら聞いた。
「そうや。酒なくて何が己の桜かなってな。まあ、仕事の指示は朝にやるんや。仕事の意味は夜に教えるんや」
「そうなんですか?」
「新人の営業マンに『これやっとけ!』っていうても意味分かってやているかどうかなんか分からんわ。というか、ほとんど解ってないわ。こっちも昼間は自分の仕事で忙しいしな。だから夜に飲みに行って、その意味を教えるんや。じっくりとな。それも俺の奢りで。だから聞いてくるんや」
「なるほどねぇ」
「お前かってそうやったやんか……というか、飲んで説明してやってもお前はち~とも理解しよらんかったけどな」
とオヤジは呆れたような表情で言った。
「え~。そんな事ないですよ。ちゃんと理解して実践してましたよ」
大迫さんは慌てて否定していた。
「ホンマかいな」
オヤジは笑いながらそう言うとビールを飲んだ。
「ま、これは俺のやり方やからな……他の奴らのやり方は知らん。ところで、安ちゃん、唐揚げないんかい?」
「お前ここBARやぞ」
安藤さんはぶっきら棒に応えた。
「え?洋風居酒屋やなかったんかいな?」
オヤジはすっとぼけてニヤケ顔で聞き直す。
このニヤケタ顔が安藤さんの琴線に……いや逆鱗に触れるみたいだが、オヤジはそれを分かってやっている風体だった。
「ちゃうわ。BARや。何度も言うけど」
安藤さんもうんざりした表情で返した。
「じゃあ、ないんかいな?」
「あるけど……」
忌々し気に安藤さんは答えた。
「なんや!あるんやったら出せや!」
オヤジは眉間にしわを寄せて怒った顔をしながら唐揚げを注文していた。
なんだかこのパターンも見慣れてきた風景だ。
僕は大迫さんに聞いた。
「BRAって普通、唐揚げとかあるんですか?」
大迫さんは真顔で
「ないで」
と笑いながら小声で教えてくれた。
オヤジは唐揚げがあると聞いてとっても嬉しそうな顔をして話を続けた。
「だから、もうあと半年は俺の下で見たかったんや。やっと自分自身の力でプライドを取り戻して、これが本当の力どうかの見極めに入る時期やったからなあ…。
それを乗り越えたら本物の力になるんやけどなぁ……あの時の岩本の状態は自分の力に疑心暗鬼やけど、人前では自信を取り戻したように強気に出てただけや。だから、上司とぶつかりやすい……案の定、ぶつかりよったわ。『たかだか二回ほど目標達成したぐらいでいい気になるなよ』って……」
「それで辞めた……と」
「まあ、そんなもんや。辞めるのが決まったあと、俺の家に1週間も泊まって毎日飲んでたわ」
「そうなんですねえ……」
大迫さんは寂しそうに呟いた。大迫さんもよく知っている後輩なんだろう。
「まあな。そん時は俺は飲むしかでけへんからな。それにな、あいつとぶつかった所長な、俺よぉ知ってんねん。俺の先輩や。悪い人ではないし真面目な人なんやけどな……方法論が少ない。だから自分に理解できないやり方はみな否定しよる。まあ、ぶつかるべくしてぶつかったというべきやな」
オヤジは寂しそうな顔をしていた。
どちらかの肩も持つ事ができないようで辛さがあるような感じだった。
「その人が父さんの部下やった時、父さんはその人が目標達成しなかったら一緒に辞めるつもりやったん?」
僕はオヤジに聞いた。ずっとこれが気にかかっていた。
「ああ、そうやなぁ。辞めたかもな。でもな、俺そんな事一言も言うてないんやで」
とあっけらかんと話を混ぜ返してくれた。
「え~!」
と大迫さんが叫んだ。大迫さんも初めて聞く話だった。
「いや、『数字行かなかったらそんな役立たずクビにしたらよろしいやんか』は言うたで、どうせ達成すると思っとったし。でもな、あん時、あのおっさん、所長の浮谷さんが『お前も勿論辞めるんやな』っていうてきたから、『なんでやねん』と思ったけど、『どうぞお好きなように』って答えただけや」
「それって言っているのと一緒やないですか?」
大迫さんはオヤジにツッコんだ。
その時安藤さんが
「いや違うな。それは単なる売り言葉に買い言葉……深い意味なんか全然ないわ。ホンマにお前ら子供か?」
と呆れたように言った。
まさその通りだと僕も思った。
オヤジはうんざりした顔で
「ええやないか。それで目標達成したんやから。岩本も俺まで道連れにするわけには行かんって頑張ったんやから」
と言った。
「じゃあ、それって浮谷さんっていう上司が、その一言を言って追い込んだおかげで岩本さんは頑張ったんやね?」
思わず僕が突っ込んでしまった。
「うん?そうなるかな……」
オヤジは、なんだか余計なことを言ってしまったなぁみたいな顔をして僕の顔を見た。と同時に僕に余計な事を言うなという顔もした。
その表情のオヤジも味があって面白かった。なんか、どっかが抜けているようなユルさがオヤジにはある。安藤さんや鈴原さんはオヤジの事を天才というが、基本的にオヤジはユルイ。
そのユルさがオヤジの味なんだろう……僕はその時そう思った。
でも、同時に僕はオヤジに対して一言多いかも知れない……とちょっと反省した。
しかし安藤さんは
「なかなか鋭いツッコミやな。亮平。お前は一平より賢いかもしれんな」
と楽しそうにそう言った。
「あ~うるさい!」
そう言うとオヤジは一気にビールを飲み干して
「安藤! おかわりや!」
とグラスをテーブルにドンと置いた。
そして
「負うた子に道を教わるのも父親の醍醐味や」
と不貞腐れたように言うとオヤジは、もうこの話題には全く触れなくなって他の話をしだした。
安藤さんは駄々っ子をあやす様に唐揚げをオヤジの前に置いた。
「お、待ってたんや。こいつの唐揚げは美味いねん。レシピがな、ややこしいねん」
ついさっき不機嫌そうな表情を浮かべたオヤジだったが、そんな事は忘れたかの如く嬉しそうに唐揚げに塩を振りかけた。
「お前もこのレシピ知っとるやろ」
安藤さんは表情も変えずにオヤジに言った。
「まあな。でも他人が作った方が美味いやん」
「自分が楽なだけやろうが」
「まあ、そうとも言うな」
そう言うとオヤジは安藤さんが作った唐揚げを美味そうに食って、注がれたばかりのビールを美味しそうに飲んだ。
「お前らも食えや。美味いで、これ」
相変わらずオヤジには無邪気という言葉が似合う。
で、オヤジには僕はどういう風に見えているのだろうか?
どんな息子に見えているのだろうか?
なんか、オヤジを見ていて無性にそれが気になった。
だからといってオヤジの望むような息子になるつもりも、オヤジに気を使うつもりもない。
ただ、オヤジの目には僕はどういう息子として映っているのかがちょっと気になっただけだ。
そもそもオヤジが僕に何かを望んでいるとは思えない。
そんな事を考えながらオヤジと大迫さんの話を上の空で聞いていた。
まだオヤジの息子になって数か月。
色々と考えてしまう。
一番感じる事は距離感。
オヤジと僕の距離感をどれくらい取ればいいのか分からない。
そもそも親子の間でそんな事を考える事が間違っているのかもしれないが、親子ビギナーな僕は考えてしまう。
でも確かな事は、今はこのオヤジの息子で良かったと思っている事。
そして、そんな事を考えながら食った安藤さんの唐揚げは美味しかった……が、この味は唐揚げが美味しい事で有名なビアホールのそれと同じだった。
なんでこの味を?
この二人は若い頃何をしていたんだ?
今度はそれが気になって仕方ない。またいつか聞いてみようと思った。
「父さん、昔、自分のメンバーの為にクビを掛けた事があったって本当?」
「ん? なんのこっちゃ。そんなん知らんで」
オヤジは即答で否定したが、顔には明らかに『知っている』と書いてあった。
「え?」
でも僕は思わず聞き返してしまった。
「岩本の事ですよ。あの売れなかった営業マンの……」
大迫さんはすかさず助け舟を出してくれた。
オヤジは大迫さんの顔をチラッと見て
「お前、そんな話もしとったんか……」
と半ば呆れ気味に言った。
「はい。しゃべってしまいました」
大迫さんは悪びれもせずに笑って言った。
「岩本なぁ……。おったなぁ……そんな奴が……どないしてるんやろうなぁ」
オヤジは懐かしい名前を聞いた……みたいな顔で天井を見上げた。
釣られて僕も天井を見たが、古民家から廃物利用で貰って来たような黒い太い梁と天井が見えるだけだった。
「あいつって藤崎さんのチームに半年居て、それから異動になってましたよね?」
と大迫さんがオヤジに聞いた。
「ああ、売れる営業マンになったからって、他の営業所に持って行かれたわ」
そう言うとオヤジはビールを一気に飲んで
「で、直ぐにそこの所長に潰されよったわ」
と大迫さんに言った。
「え、そうなんですか?」
大迫さんはその話を初めて聞いたのか、驚いていた。
「ああ。元々生意気な奴やったからな……あいつは。入社して天狗の鼻を折られて自信をなくして2年経って俺の下に来たんや。だから自信さえつけてやったら勝手に売りよると思っとったんや」
「それで岩本は売れるようになったんですね?」
大迫さんはオヤジに尋ねた。
「簡単にいえばな。そうや。ああいう気の強い生意気な奴が自信をなくした時は、信頼してやることや。一番分かりやすい方法は仕事を任す事や。そうしたらアホな岩本は自信をなくした事を忘れて、仕事をする事だけを考えよったからな」
「そうかぁ。自信を取り戻す訳ですね」
大迫さんは感心したように頷いた。
「ちゃう、ちゃう、自信を失っていたことを忘れるだけや。自信なんか日々の結果がちゃんと出ていたらその内に勝手についてくるわ。
だからあいつには毎日朝のヨミ会で『今日は売れるんか?』と聞くだけやったわ。『はい。売ります』『ほな、よろしゅうに』これだけ。後は週頭と週末に『今週の数字は行くんか?』と聞くだけ。『はい、行きます』『ほな、よろしゅうに』毎回これだけの会話やで」
「ホンマですか?」
大迫さんが聞いたが僕も同じ事を思っていた。
オヤジは事も無げに
「ホンマや。それしか言うてない。それであのアホは勝手に達成しよったわ。楽なもんやったわ。後は毎晩あいつらと一緒に飲んでたわ」
と言うと美味そうにビールを飲んだ。
「やっぱり飲むんですね」
大迫さんは笑いながら聞いた。
「そうや。酒なくて何が己の桜かなってな。まあ、仕事の指示は朝にやるんや。仕事の意味は夜に教えるんや」
「そうなんですか?」
「新人の営業マンに『これやっとけ!』っていうても意味分かってやているかどうかなんか分からんわ。というか、ほとんど解ってないわ。こっちも昼間は自分の仕事で忙しいしな。だから夜に飲みに行って、その意味を教えるんや。じっくりとな。それも俺の奢りで。だから聞いてくるんや」
「なるほどねぇ」
「お前かってそうやったやんか……というか、飲んで説明してやってもお前はち~とも理解しよらんかったけどな」
とオヤジは呆れたような表情で言った。
「え~。そんな事ないですよ。ちゃんと理解して実践してましたよ」
大迫さんは慌てて否定していた。
「ホンマかいな」
オヤジは笑いながらそう言うとビールを飲んだ。
「ま、これは俺のやり方やからな……他の奴らのやり方は知らん。ところで、安ちゃん、唐揚げないんかい?」
「お前ここBARやぞ」
安藤さんはぶっきら棒に応えた。
「え?洋風居酒屋やなかったんかいな?」
オヤジはすっとぼけてニヤケ顔で聞き直す。
このニヤケタ顔が安藤さんの琴線に……いや逆鱗に触れるみたいだが、オヤジはそれを分かってやっている風体だった。
「ちゃうわ。BARや。何度も言うけど」
安藤さんもうんざりした表情で返した。
「じゃあ、ないんかいな?」
「あるけど……」
忌々し気に安藤さんは答えた。
「なんや!あるんやったら出せや!」
オヤジは眉間にしわを寄せて怒った顔をしながら唐揚げを注文していた。
なんだかこのパターンも見慣れてきた風景だ。
僕は大迫さんに聞いた。
「BRAって普通、唐揚げとかあるんですか?」
大迫さんは真顔で
「ないで」
と笑いながら小声で教えてくれた。
オヤジは唐揚げがあると聞いてとっても嬉しそうな顔をして話を続けた。
「だから、もうあと半年は俺の下で見たかったんや。やっと自分自身の力でプライドを取り戻して、これが本当の力どうかの見極めに入る時期やったからなあ…。
それを乗り越えたら本物の力になるんやけどなぁ……あの時の岩本の状態は自分の力に疑心暗鬼やけど、人前では自信を取り戻したように強気に出てただけや。だから、上司とぶつかりやすい……案の定、ぶつかりよったわ。『たかだか二回ほど目標達成したぐらいでいい気になるなよ』って……」
「それで辞めた……と」
「まあ、そんなもんや。辞めるのが決まったあと、俺の家に1週間も泊まって毎日飲んでたわ」
「そうなんですねえ……」
大迫さんは寂しそうに呟いた。大迫さんもよく知っている後輩なんだろう。
「まあな。そん時は俺は飲むしかでけへんからな。それにな、あいつとぶつかった所長な、俺よぉ知ってんねん。俺の先輩や。悪い人ではないし真面目な人なんやけどな……方法論が少ない。だから自分に理解できないやり方はみな否定しよる。まあ、ぶつかるべくしてぶつかったというべきやな」
オヤジは寂しそうな顔をしていた。
どちらかの肩も持つ事ができないようで辛さがあるような感じだった。
「その人が父さんの部下やった時、父さんはその人が目標達成しなかったら一緒に辞めるつもりやったん?」
僕はオヤジに聞いた。ずっとこれが気にかかっていた。
「ああ、そうやなぁ。辞めたかもな。でもな、俺そんな事一言も言うてないんやで」
とあっけらかんと話を混ぜ返してくれた。
「え~!」
と大迫さんが叫んだ。大迫さんも初めて聞く話だった。
「いや、『数字行かなかったらそんな役立たずクビにしたらよろしいやんか』は言うたで、どうせ達成すると思っとったし。でもな、あん時、あのおっさん、所長の浮谷さんが『お前も勿論辞めるんやな』っていうてきたから、『なんでやねん』と思ったけど、『どうぞお好きなように』って答えただけや」
「それって言っているのと一緒やないですか?」
大迫さんはオヤジにツッコんだ。
その時安藤さんが
「いや違うな。それは単なる売り言葉に買い言葉……深い意味なんか全然ないわ。ホンマにお前ら子供か?」
と呆れたように言った。
まさその通りだと僕も思った。
オヤジはうんざりした顔で
「ええやないか。それで目標達成したんやから。岩本も俺まで道連れにするわけには行かんって頑張ったんやから」
と言った。
「じゃあ、それって浮谷さんっていう上司が、その一言を言って追い込んだおかげで岩本さんは頑張ったんやね?」
思わず僕が突っ込んでしまった。
「うん?そうなるかな……」
オヤジは、なんだか余計なことを言ってしまったなぁみたいな顔をして僕の顔を見た。と同時に僕に余計な事を言うなという顔もした。
その表情のオヤジも味があって面白かった。なんか、どっかが抜けているようなユルさがオヤジにはある。安藤さんや鈴原さんはオヤジの事を天才というが、基本的にオヤジはユルイ。
そのユルさがオヤジの味なんだろう……僕はその時そう思った。
でも、同時に僕はオヤジに対して一言多いかも知れない……とちょっと反省した。
しかし安藤さんは
「なかなか鋭いツッコミやな。亮平。お前は一平より賢いかもしれんな」
と楽しそうにそう言った。
「あ~うるさい!」
そう言うとオヤジは一気にビールを飲み干して
「安藤! おかわりや!」
とグラスをテーブルにドンと置いた。
そして
「負うた子に道を教わるのも父親の醍醐味や」
と不貞腐れたように言うとオヤジは、もうこの話題には全く触れなくなって他の話をしだした。
安藤さんは駄々っ子をあやす様に唐揚げをオヤジの前に置いた。
「お、待ってたんや。こいつの唐揚げは美味いねん。レシピがな、ややこしいねん」
ついさっき不機嫌そうな表情を浮かべたオヤジだったが、そんな事は忘れたかの如く嬉しそうに唐揚げに塩を振りかけた。
「お前もこのレシピ知っとるやろ」
安藤さんは表情も変えずにオヤジに言った。
「まあな。でも他人が作った方が美味いやん」
「自分が楽なだけやろうが」
「まあ、そうとも言うな」
そう言うとオヤジは安藤さんが作った唐揚げを美味そうに食って、注がれたばかりのビールを美味しそうに飲んだ。
「お前らも食えや。美味いで、これ」
相変わらずオヤジには無邪気という言葉が似合う。
で、オヤジには僕はどういう風に見えているのだろうか?
どんな息子に見えているのだろうか?
なんか、オヤジを見ていて無性にそれが気になった。
だからといってオヤジの望むような息子になるつもりも、オヤジに気を使うつもりもない。
ただ、オヤジの目には僕はどういう息子として映っているのかがちょっと気になっただけだ。
そもそもオヤジが僕に何かを望んでいるとは思えない。
そんな事を考えながらオヤジと大迫さんの話を上の空で聞いていた。
まだオヤジの息子になって数か月。
色々と考えてしまう。
一番感じる事は距離感。
オヤジと僕の距離感をどれくらい取ればいいのか分からない。
そもそも親子の間でそんな事を考える事が間違っているのかもしれないが、親子ビギナーな僕は考えてしまう。
でも確かな事は、今はこのオヤジの息子で良かったと思っている事。
そして、そんな事を考えながら食った安藤さんの唐揚げは美味しかった……が、この味は唐揚げが美味しい事で有名なビアホールのそれと同じだった。
なんでこの味を?
この二人は若い頃何をしていたんだ?
今度はそれが気になって仕方ない。またいつか聞いてみようと思った。
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