北野坂パレット

うにおいくら

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クリスマスの演奏会

Merry Christmas Mr. Lawrence

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  僕たちの演奏は完全にBGM化していたが、それでもグラスを片手に熱心に聞いてくれている人も何人かは存在した。

「そろそろ出番とちゃうん?」
と冴子が思い出したように聞いてきた。
「あ、ホンマや。そろそろ行かな」
僕と宏美はオヤジと冴子と別れて控室に一度戻る事にした。

二年生の演奏では僕たちが最初だった。

 一年生の演奏が終わり、僕達はステージに向かった。
僕は持ってきた楽譜を立てるとピアノ椅子に座った。
ピアノの前にはヴァイオリンを肩の上に乗せた宏美が居る。
軽く音合わせをした後、僕は会場を見渡した。仄かに照明を落とした会場ではあるが、周りの状況はよく見えた。

――さて演奏(や)りますか――

 食事を取りながら会話を楽しんでいる会場の人たちが、僕たちの演奏に何人興味を持って聞いてくれるかは分からなかったが、それは気にならなかった。

あくまでも僕たちはパーティ会場のBGMとして存在している。今回の目的は部費を稼ぐことだ。
ある意味お金を貰って演奏しているとも言えない事はない。

その為のメイド服であり黒服なんだから……。


 僕たちが演奏するのは坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』だった。
この時期にこの曲を弾かずしていつ弾くのだ? と思う。この曲を選択したのは宏美だった。
実はこの曲は宏美と昔から何度か演奏していた。冴子も入って三人で演奏したこともある弾きなれた曲だった。

 僕は軽く息を吸って小雪が舞う冬の空を感じながら鍵盤に指を落した。
音の粒が雪のように降り注ぐ。とってもいい景色だ。
肩にヴァイオリンは挟んだ姿で宏美は、その音の粒を目を閉じて感じている。

 僕は最初のピアノのソロをいつもより少し遅めのリズムで弾いた。少しでもこの時間を長く共有したいと思ったのと、今日のこの会場はそう言う音が一番似合うと思ったからだった。

 弓が上がった。
宏美のヴァイオリンの音色が重なる。
この曲を演奏すると決めた時は哲也と拓哉も一緒に演奏する予定だったのだが、彼らは瑞穂とも組むので『この曲は二人でやれよ』と言ってさっさと裏切ってくれた。
彼らなりに気を使ってくれたのだろう。

余計なお世話だったがありがたくその好意に甘える事にした。

 宏美のヴァイオリンの音色はとても優しい。そして正確な音だ。

 いつも控えめな音を奏でる宏美だ。自己主張はそれほど強くない。そんないつもの優しい音が僕のピアノの音の粒を包むように流れてくる。
が、中盤以降の宏美の音は違った。

 メリハリの利いた力強い音だ。昔は無かった音だ。
この音はどう弾いてもどんな音を出しても僕が合わせてくれると信じて弾いている音だった。
その信頼感が伝わってきて僕はとても嬉しかった。それは冴子とは全く違う信頼だった。宏美のそれは僕を幸せな気分にしてくれた。

 ヴァイオリンの音に合わせながら、僕は宏美の横顔を見つめていた。

――伸びのある良い音だ。冴子にも負けてない――

 冴子と演奏する時は独特な緊張感が漂うが、宏美との演奏はそれを感じる事はない。
僕自身も心安らかに弾いているのが分かる。誰かのために奏でるというよりも、それも含めて純粋に自分自身が楽しんで弾いている事を実感している。

 少しでもこの時間に浸っていたかった。
宏美と視線が絡んだ。
目元が笑っている。

――冴ちゃんと比べないでね――

――いや、そんな事はないない――

と慌てて僕は視線を鍵盤に落とした。

 ハラハラと舞っていた雪はいつの間にか降り積もり、やがて一面が銀世界へと変わっていく。
宏美のヴァイオリンの音色に切なさの色が加わる。
嗚呼なんて胸を締め付けられるような音を出すんだ。

 僕は宏美のヴァイオリンを見くびっていた訳ではないが、いつもそこに居るという安心感からか、あるいは僕の感性が鈍っていたからなのか宏美がこんな音を奏でられるとは思ってもいなかった。決して冴子や瑞穂にもひけを取らない音色だ。
こんな近くに、こんなにいつも傍にいるのに、僕は宏美の何を見て聞いてきていたんだろう?

――冴子みたいに弾けないけど、これが私の音――

――僕と宏美の音だろう?――

 宏美の弓が彼女の頭上に上がった。

僕と宏美の出番は終わった。ああ、なんて短い逢瀬なんだろう。
 
 会場からは拍手が沸いた。僕たちはお辞儀をするとステージから降りたが、拍手がアンコールの拍手に変わった。案外会場の人たちは僕たちの演奏をしっかりと聞いていてくれていた。

 今日、ここで二人で演奏するのはこの一曲の予定だけだった。
驚きながらお互いの顔を見合わせた僕と宏美は再びステージに戻った。
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