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さよならコンサート
ミシミシ
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「だからぁ、これは部活やって!! 新春コンサートやし、これで三年生は最後なん……分かっとう?」
そう言うと彩音さんはイラついたように頭を掻きむしった。
後ろで縛った髪の毛が揺れた。
「はい。それは重々心得ています」
今僕は何故か彩音さんに詰められている……。
「藤崎君の演奏が手を抜いているとは全然思ってないんよ。本当に流石やと思うわ。最初の音合わせで一気に私の演奏に合わせて来たし……。でもね、私が弾いて欲しいのはそんな音や無いの」
「いや……この曲はそう言う曲でしょう? ピアノが前面に出る曲ではないですよね」
僕は反論した。誰が弾いたって、誰に聞いたってこの曲の主人公はヴァイオリンと言うだろう。
それに簡単に『弾きやすい伴奏だった』とか言ってくれるが、それはそれでそれなりに必死で弾いているんだぞ!!
この人はそれを分かっているのか!?
――……って間違いなく分かって言っているよなぁ……彩音さんは……――
彩音さんの顔色を窺いながら僕は言いたい事の半分も言えずに沈黙した。
いつも寡黙で感情を表に出す事が無い彩音さんのこの豹変ぶりに、僕は戸惑いまくって言葉が出なかった。
「それはちょっと決めつけ過ぎやね。クライスラーに失礼やわ」
敢えて自分を落ち着かせるように声のトーンを抑えながら言うと、彩音さんは息を大きく吸い込みながら天井を見上げた。
必死に何かを考えているようだった。高ぶる感情を抑え込んでいるようにも見えた。
――クライスラーを舐めたつもりはないんやけどなぁ――
僕は彩音さんがいら立つような事を言った覚えもはないし、そんな演奏をした覚えも無かった。
彩音さんの真意が全然つかめていなかった。
「それに私は一度も『伴奏をお願いする』なんて言ってないんだけどなぁ……」
と彩音さんはぽつりとつぶやくように言った。
「え?」
僕はその言葉の意味が理解できなかったが、何か大きな勘違いをしていたのかもしれないと思えてきた。
「う~ん。ちょっと待って」
一瞬、何かに気が付いたような顔をした彩音さんは、そう言うとヴァイオリンをケースの中に置いて自分の鞄の中を漁りだした。
「あったぁ!!」
と言って僕の目の前に差し出されたのは楽譜だった。
僕は黙ってそれを手に取った。
表紙には『Fritz Kreisler / Prelude and Allegro』と書かれてあった。
「これもクライスラーですよね。もしかして『ミシミシ』ですか……」
上目遣いに彩音さんを見ながら僕は聞いた。
「そう。『前奏曲とアレグロ』よ。知っとぉ?」
「そりゃぁ、知ってますよ。僕も弾いた事ありますから……」
「それってヴァイオリンでって事?」
「はい」
「やるな」
と彩音さんは笑った。彩音さんのいらだちは少しは収まった様だが、僕の動揺は相変わらず収まっていなかった。
「いえ、別にそれほどではないです。僕もヴァイオリン習ってましたから……」
今の僕にそれに対して笑いで返す余裕は無かった。
心の中では『いつもの彩音さんに早く戻って欲しい』と願っていた。しかし、この彩音さんも少し捨てがたい気持ちも無きにしも有らずともいえる……
――彩音さんに詰められて罵倒されるのもなんか良いかも……――
なんて思わなくもない。
僕もどこかおかしいのかもしれない。
「ああ、そうやったね」
と、彩音さんは思い出したように頷くと
「じゃあ、ピアノでは?」
と聞き直して来た。
「勿論それもありますよ。例によって例のごとく冴子と宏美の伴奏をさせられていましたから……」
「流石ねぇ。じゃあ、今度は私とお願いできるかな?」
と彩音さんはひとこと言った。
――『愛の悲しみ』はどうした! 『愛の喜び』はどこへ行った!!――
気が乗らないから曲目を変えるなんて……これではまるで冴子ではないか! 理不尽の塊ではないか!!
とその時、僕は気が付いた。
――もしかして彩音さんも演奏には貪欲な人で妥協がない人ではないか!――
と。
そう言うと彩音さんはイラついたように頭を掻きむしった。
後ろで縛った髪の毛が揺れた。
「はい。それは重々心得ています」
今僕は何故か彩音さんに詰められている……。
「藤崎君の演奏が手を抜いているとは全然思ってないんよ。本当に流石やと思うわ。最初の音合わせで一気に私の演奏に合わせて来たし……。でもね、私が弾いて欲しいのはそんな音や無いの」
「いや……この曲はそう言う曲でしょう? ピアノが前面に出る曲ではないですよね」
僕は反論した。誰が弾いたって、誰に聞いたってこの曲の主人公はヴァイオリンと言うだろう。
それに簡単に『弾きやすい伴奏だった』とか言ってくれるが、それはそれでそれなりに必死で弾いているんだぞ!!
この人はそれを分かっているのか!?
――……って間違いなく分かって言っているよなぁ……彩音さんは……――
彩音さんの顔色を窺いながら僕は言いたい事の半分も言えずに沈黙した。
いつも寡黙で感情を表に出す事が無い彩音さんのこの豹変ぶりに、僕は戸惑いまくって言葉が出なかった。
「それはちょっと決めつけ過ぎやね。クライスラーに失礼やわ」
敢えて自分を落ち着かせるように声のトーンを抑えながら言うと、彩音さんは息を大きく吸い込みながら天井を見上げた。
必死に何かを考えているようだった。高ぶる感情を抑え込んでいるようにも見えた。
――クライスラーを舐めたつもりはないんやけどなぁ――
僕は彩音さんがいら立つような事を言った覚えもはないし、そんな演奏をした覚えも無かった。
彩音さんの真意が全然つかめていなかった。
「それに私は一度も『伴奏をお願いする』なんて言ってないんだけどなぁ……」
と彩音さんはぽつりとつぶやくように言った。
「え?」
僕はその言葉の意味が理解できなかったが、何か大きな勘違いをしていたのかもしれないと思えてきた。
「う~ん。ちょっと待って」
一瞬、何かに気が付いたような顔をした彩音さんは、そう言うとヴァイオリンをケースの中に置いて自分の鞄の中を漁りだした。
「あったぁ!!」
と言って僕の目の前に差し出されたのは楽譜だった。
僕は黙ってそれを手に取った。
表紙には『Fritz Kreisler / Prelude and Allegro』と書かれてあった。
「これもクライスラーですよね。もしかして『ミシミシ』ですか……」
上目遣いに彩音さんを見ながら僕は聞いた。
「そう。『前奏曲とアレグロ』よ。知っとぉ?」
「そりゃぁ、知ってますよ。僕も弾いた事ありますから……」
「それってヴァイオリンでって事?」
「はい」
「やるな」
と彩音さんは笑った。彩音さんのいらだちは少しは収まった様だが、僕の動揺は相変わらず収まっていなかった。
「いえ、別にそれほどではないです。僕もヴァイオリン習ってましたから……」
今の僕にそれに対して笑いで返す余裕は無かった。
心の中では『いつもの彩音さんに早く戻って欲しい』と願っていた。しかし、この彩音さんも少し捨てがたい気持ちも無きにしも有らずともいえる……
――彩音さんに詰められて罵倒されるのもなんか良いかも……――
なんて思わなくもない。
僕もどこかおかしいのかもしれない。
「ああ、そうやったね」
と、彩音さんは思い出したように頷くと
「じゃあ、ピアノでは?」
と聞き直して来た。
「勿論それもありますよ。例によって例のごとく冴子と宏美の伴奏をさせられていましたから……」
「流石ねぇ。じゃあ、今度は私とお願いできるかな?」
と彩音さんはひとこと言った。
――『愛の悲しみ』はどうした! 『愛の喜び』はどこへ行った!!――
気が乗らないから曲目を変えるなんて……これではまるで冴子ではないか! 理不尽の塊ではないか!!
とその時、僕は気が付いた。
――もしかして彩音さんも演奏には貪欲な人で妥協がない人ではないか!――
と。
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