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第三部 新学期
ピアノソロ
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僕と和樹の不毛な会話を遮る様に
「そんな話はどうでもええねん。俺な、藤崎のピアノって大好きやねん」
と屈託のない笑みを浮かべて弓削翔は言った。
僕は驚いた……と言うか少しひいた……彼は何の駆け引きも衒(てら)いもなく自分の気持ちをさらけ出せる男のようだ。ある意味僕は驚きながらも少しだけ尊敬の念を禁じ得なかった。
初めてまともに会話を交わしたような人間相手に、手の内を見せるような開けっ広げな言動を僕はした事が無い。
こういう場合、僕ならいいところ『お前ってピアノ巧いよなぁ』と言うのが関の山だ。
間違っても面と向かって『お前のピアノが大好きだ』なんて言わないし言えない。
しかしこれだけ面と向かって言われてみると、同性に『お前の事が好きだ』と言われたみたいな気がして、聞いていて結構恥ずかしい。
ただ
――この開けっ広げな性格は見ていて気持ちが良いな――
と思ったのも事実だった。
「そ、それはどうも……ありがとう」
と取り繕ったようなお礼を返した。
同時に最初に少し胡散臭そうな目で彼を見た事を心の中で謝っておいた。
「当たり前や、こいつは昔からピアノだけは上手かったからな」
と和樹が上から目線で言った。何故お前はそんなに偉そうなんだ? とツッコみたかったが止めた。
その代わり
「ピアノだけは余計や」
とひとことだけ言った。ちなみに成績も和樹よりは僕の方が上だったはず……上から目線で言われる筋合いは全くない。
「そうけ?」
と和樹は笑った。
普通はこの程度の褒め具合だろう? 和樹のいつもの調子にほっとした気分になった。
もっとも和樹の場合は褒めが三で貶(けな)すが七ぐらいの割合かもしれないが……。
「器楽部の演奏会は毎回聞いているんやけど、一度ピアノソロもやって欲しいなぁ。やらへんの?」
と弓削翔は言った。その表情からは本当に聞きたそうに見えた。
「どうなんやろ? そんなん考えた事ないから分からんわ。でも器楽部やオーケストラの演奏の時も俺や冴子はソロで弾かせてもらっているけど……」
「うん。それは知っとぉ。でも一曲や二曲やろ? もっとじっくりとピアノだけを聞きたくなるやん。多分、俺と同じ事を思っている奴は結構おると思うなぁ……」
と弓削は残念そうに言った。
――本気か?――
「そうかぁ?」
と僕は応えたが、その話に関しては今一つ僕自身は信じられなかった。
そう言う風に言ってもらえること自体はとても嬉しい事だが、実際はどうなんだろう? そんな事を言ってもらえるようなピアノを僕は弾いているだろうか? 弾き終わった後はそれなりに充実感はあるが、それは僕の感性で感じた世界であって聞いている人たちはどう思って聞いてくれているんだろうか?
またもう一度聞きたいと思って貰えているんだろうか?
そもそもそんな事さえ僕は考えたことが無かった。
正直に言って自分が好きなように弾けていればそれで良かった。それが気持ち良かった。それが一番だったかもしれない。
弓削の何でもない言葉は僕が今まであまり考えてこなかった事を、考えさせてくれるひとことだった。
――表現する事は沢山考えたけど、聞いてくれている人の事を考えて弾いた事は無かったかも――
素晴らしい演奏をすれば人を感動させられると漠然と考えていたが、もしかしたらそれだけではないのかもしれない……人の心に届く音の粒はただ単に耳障りの良い音を弾くだけなのか? 超絶技巧を操る事が全てなのか?
「おい、亮平! なにぼ~っとしてんねん。チャイムなったぞ」
と和樹の声で我に返った。もう目の前に弓削翔の姿は無かった。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
僕は慌てて言い訳した。
「そうか、まあソロのリサイタルもええと思うで。俺も聞いてみたいし」
と和樹は笑って自分の席に戻って行った。和樹の目には僕がソロをやるかどうかで考え込んでいるように映った様だった。
「そんな話はどうでもええねん。俺な、藤崎のピアノって大好きやねん」
と屈託のない笑みを浮かべて弓削翔は言った。
僕は驚いた……と言うか少しひいた……彼は何の駆け引きも衒(てら)いもなく自分の気持ちをさらけ出せる男のようだ。ある意味僕は驚きながらも少しだけ尊敬の念を禁じ得なかった。
初めてまともに会話を交わしたような人間相手に、手の内を見せるような開けっ広げな言動を僕はした事が無い。
こういう場合、僕ならいいところ『お前ってピアノ巧いよなぁ』と言うのが関の山だ。
間違っても面と向かって『お前のピアノが大好きだ』なんて言わないし言えない。
しかしこれだけ面と向かって言われてみると、同性に『お前の事が好きだ』と言われたみたいな気がして、聞いていて結構恥ずかしい。
ただ
――この開けっ広げな性格は見ていて気持ちが良いな――
と思ったのも事実だった。
「そ、それはどうも……ありがとう」
と取り繕ったようなお礼を返した。
同時に最初に少し胡散臭そうな目で彼を見た事を心の中で謝っておいた。
「当たり前や、こいつは昔からピアノだけは上手かったからな」
と和樹が上から目線で言った。何故お前はそんなに偉そうなんだ? とツッコみたかったが止めた。
その代わり
「ピアノだけは余計や」
とひとことだけ言った。ちなみに成績も和樹よりは僕の方が上だったはず……上から目線で言われる筋合いは全くない。
「そうけ?」
と和樹は笑った。
普通はこの程度の褒め具合だろう? 和樹のいつもの調子にほっとした気分になった。
もっとも和樹の場合は褒めが三で貶(けな)すが七ぐらいの割合かもしれないが……。
「器楽部の演奏会は毎回聞いているんやけど、一度ピアノソロもやって欲しいなぁ。やらへんの?」
と弓削翔は言った。その表情からは本当に聞きたそうに見えた。
「どうなんやろ? そんなん考えた事ないから分からんわ。でも器楽部やオーケストラの演奏の時も俺や冴子はソロで弾かせてもらっているけど……」
「うん。それは知っとぉ。でも一曲や二曲やろ? もっとじっくりとピアノだけを聞きたくなるやん。多分、俺と同じ事を思っている奴は結構おると思うなぁ……」
と弓削は残念そうに言った。
――本気か?――
「そうかぁ?」
と僕は応えたが、その話に関しては今一つ僕自身は信じられなかった。
そう言う風に言ってもらえること自体はとても嬉しい事だが、実際はどうなんだろう? そんな事を言ってもらえるようなピアノを僕は弾いているだろうか? 弾き終わった後はそれなりに充実感はあるが、それは僕の感性で感じた世界であって聞いている人たちはどう思って聞いてくれているんだろうか?
またもう一度聞きたいと思って貰えているんだろうか?
そもそもそんな事さえ僕は考えたことが無かった。
正直に言って自分が好きなように弾けていればそれで良かった。それが気持ち良かった。それが一番だったかもしれない。
弓削の何でもない言葉は僕が今まであまり考えてこなかった事を、考えさせてくれるひとことだった。
――表現する事は沢山考えたけど、聞いてくれている人の事を考えて弾いた事は無かったかも――
素晴らしい演奏をすれば人を感動させられると漠然と考えていたが、もしかしたらそれだけではないのかもしれない……人の心に届く音の粒はただ単に耳障りの良い音を弾くだけなのか? 超絶技巧を操る事が全てなのか?
「おい、亮平! なにぼ~っとしてんねん。チャイムなったぞ」
と和樹の声で我に返った。もう目の前に弓削翔の姿は無かった。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
僕は慌てて言い訳した。
「そうか、まあソロのリサイタルもええと思うで。俺も聞いてみたいし」
と和樹は笑って自分の席に戻って行った。和樹の目には僕がソロをやるかどうかで考え込んでいるように映った様だった。
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※この物語はフィクションです。
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