北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
301 / 439
第三部 新学期

相談

しおりを挟む
 弓削は軽い気持ちで言ったひとことだったのだろうが、僕には彼の言葉が色々な意味を持っているように思えてならなかった。

――人に伝えるとは? 表現するとは?――

――そもそも俺は何を伝えたいんだろう?――

――俺は耳障りの良い音だけを弾いていたのか?――

――もしかして自己満足の世界に俺は生きていたのか?――

――いや、一音一音、俺は大事に弾いてきた。俺の感じた世界を伝えようと思っていた。それが自己満足なのか?――

――そもそも俺はどんな音を鳴らしたいんだ?――

そんな事を取りとめもなく、授業中もぼぉっと考えていた。

 幸いにも今日の部活は一人でピアノを練習する予定だったので、早めに切り上げて安藤さんの店に向かった。もしかしたらオヤジがいるかもしれないと思っていた。

 こういう事はオヤジに相談するのが一番だ。
早い時はこんな時間でもオヤジはこの店にいる事がある。

 店の中に入るとオヤジはヒマそうに一人でカウンターでビールを飲んでいた。
どうやらオヤジも今さっき来たところのようだった。

 僕はオヤジの隣に座ると安藤さんに
「ホット下さい」
と注文した。

 オヤジは僕の顔を横目で一瞥すると
「どないしたんや? 学校帰りか?」
と声を掛けて来た。

「うん」
と僕が返事をすると
「なんか切羽詰まってるような顔してんな。我慢せんと、早よトイレ行っとけ」
と訳の分からん心配をした。

「別にそんなん行きとないわ」

「なんや、トイレとちゃうんか」
とオヤジは気の抜けたような声で応えた。

「なぁ、父さん。父さんはコンサートとか人前でピアノを弾く時って、どんなことを考えとったん?」

「なんや? 急に?」
オヤジは軽く首をかしげて聞き返してきた。あまりにも唐突過ぎたか? と思ったがもう遅い。

「うん。上手く弾きたいとかミスせへんように弾きたいとかそんな当たり前な事やなくて」
僕はそのまま質問を続けた。

「……お前はいつもどう思って弾いているんや?」
とオヤジは僕の質問には答えずに逆に質問で返してきた。オヤジには僕の質問の意図が伝わっていなかったようだ。

「俺?……俺はその時に感じた音、聞こえた音、今ここにあるべき音を再現したいって思ってる」

「ふむ。それは間違いではないけど、それだけではアカンと思っとる訳やな……父さんにそう言う事を聞くという事は?」

「うん。今日、学校の同級生に『じっくりとお前のソロリサイタルで聞きたい』みたいな事を言われてんけど、俺のピアノを聞いた人は本当はどう思っているんやろうか? って疑問が湧いてん」
僕は言葉を続けた。

「そいつは『部活の演奏会では無くて、もっとピアノソロを聞いてみたいと思っている奴もおる』とか言ってくれてんけど、それを聞いて初めて『人は俺にどんな音を求めているんだろう?』って考えてしもて、訳が分からんようになってもうてん……」
と僕は正直に今思っている事をオヤジに言った。こんな事を聞いて答えられるのはオヤジしかいない。

 ストレートに聞くのはちょっと癪だが、それよりもこのモヤモヤとした感情をさっさと何とかしたいという気持ちの方が勝った。

 オヤジは黙って考えていたが、
「それ、単なる考え過ぎとちゃうか?」
あっけらかんとひとこと言った。

「え?」

「普通はさあ、人がどう思うているかなんて分かる訳ないやろ? 人相見でもあるまいし……ちゃうか?」
とオヤジは少し呆れたような顔をして言った。
もしかして僕は相当くだらない質問をオヤジにしたのかもしれない。

「うん」
と僕は頷いた。オヤジに質問した事を少し後悔し始めていた。

「例えばやなぁ……今、父さんがお前の事どう思っとるか分かるか?」
とオヤジは聞いてきた。明らかに呆れかえっている。

「う~ん。『こいつあほちゃうか』とか?……」

「え! なんで分かんねん。お前はエスパーか!」
とオヤジは驚いた顔でのけ反った。

「なあ、父さん、真面目に俺の話を聞いてる?」
それ位の事なら僕にだって言える。ついオヤジの言葉を真に受けてしまった自分を恨んだ。同時にさっきとは違う意味でオヤジに相談した事を後悔した。

「いや、ちょっと場を和ませようと思ってんけど、どう?」
と言いながらオヤジは愉快そうに笑った。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...