311 / 439
新入生
経験者
しおりを挟む次に指揮台に上がったのはヴィオラのシノンだった。瑞穂と同じようにヴィオラを抱えていた。
「ヴィオラのパートリーダー井田忍です。で、これがヴィオラです」
そう言うとシノンはヴィオラを片手で掲げて見せた。
「ヴァイオリンを一回り大きくしたような感じですが、オーケストラなどでは中音部を受け持つ楽器です。なのでヴァイオリンより低い音を出すために箱が大きくなったのです。
弾き方はヴァイオリンとほとんど変わりません。ヴィオラ奏者のほとんどの人はヴァイオリンから転向した人でしょう。実は私もそうです。
なので最初はヴァイオリンの未経験者と一緒に練習をしてもらう事になります。ヴァイオリンよりは地味ですが、ハマればそれなりに面白いパートです。よろしくお願いします」
同じようにその後もチェロの哲也、コンバスの拓哉……と続いて自分の担当パートの楽器を紹介していった。
弦楽器が終わると管楽器を代表して霜鳥俊が指揮台に立った。
「ここからは管楽器の説明になります。今回は二十名の新入部員がいるので、その内の何名かは管楽器になります。ただ、せっかく器楽部に所属して弦楽器に触れないのも勿体ないので、希望者は同時に弦楽器も触ってもらいます……」
一通りの管楽器の説明が終わった後、また冴子が指揮台に立った。
「それでは、皆さんの希望を聞く前に経験者の方は手を挙げて下さい。弦楽器・管楽器ともです」
すると十名ぐらいの生徒が手を挙げた。
「結構いますね。それでは弦楽器はこちらに・管楽器はこちらに来てください」
と冴子は指揮台を中心に左右に経験者を分けた。
弦楽器が六名、管楽器が七名だった。
「弦楽器も管楽器も、案外多いな」
と哲也が僕の耳元で小声で言った。
「うん、俺もそう思ったわ」
と僕も小声で応えた。
思った以上に弦楽器の経験者が多かったのは嬉しい誤算だった。
それ以上に意外だったのは管楽器経験者だ。経験者はそのまま吹奏楽部に行くと思っていたのだがそうでもなかった。
七名も経験者が器楽部に流れ込んでくれた。あとで吹奏楽部の奴らに嫌味の一つでも言われることを覚悟しておいた方が良いかもしれない。
栄と建人から拓哉が嫌味を言われている光景が目に浮かんだ。
――ご愁傷様やのぉ……拓哉――
「それじゃあ、弦楽器の人! ヴァイオリン経験者は……」
と冴子が入部届を捲りながら聞くと三名が手を挙げた。
その中に冴子の弟悠一も勿論居た。
音楽室が一瞬ざわついた。
誰もヴァイオリン経験者が三名もいるとは思ってもいなかった。
「ヴァイオリンはちょっと音を聞いてみたいなぁ……」
と瑞穂が言った。
「え? 今?」
と冴子が驚いたように聞き返した。
「うん。できればね。後でも良いけど……」
と瑞穂は冴子の顔色を窺いながら遠慮がちに言った。
一瞬、冴子は瑞穂を見つめていたが
「そうやね、一度弾いて貰おうかな……じゃあ、あんたから」
とさほど気にするそぶりも無く悠一を指名した。
「はい」
と返事をして悠一は冴子の前に立った。
最も緊張しそうなトップバッターに弟を指名するとは冴子らしいなと思ったが、それを当たり前のように受け止める悠一の自信も凄いなと二人のやり取りを見て密かに感心していた。
「名前は?」
と冴子は聞いた。
それは聞いたというよりも『ちゃんと名乗らんか!』という叱責を含んだ口調だった。
「あ、鈴原悠一です。よろしくお願いします」
と慌てて名乗った。
部員の数名がぼそぼそと小声で話し合っている。
すかさず瑞穂が
「え~と知っている人もいると思うけど、彼は部長の弟です」
と笑いながら言った。
どうせ後でわかる事なので、先に言っておいた方がすっきりする。いい対応だと思う。
更に瑞穂は
「日頃、部長に絞られているてっちゃん、弟君に仕返しの矛先を向けないようにね」
と哲也に釘を刺していてオチをつけていた。
「そんな事誰がすんねん!」
と哲也は反論していた。
音楽室は笑いに包まれた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる