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ヴォーカリストとギタリスト
The Rose
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昼休み、いつものようにそそくさと昼食を終わらせると僕は音楽室に向かった。
新学期を迎えてからは吹奏楽部との合同演奏も暫く予定にはなく、久しぶりに本業のピアノがメインになるはずだったのだが、存外自分の思い通りにならない事を思い知った。
僕も未経験の新入生にヴァイオリンを教える役を仰せつかってしまった。
今年の新入生は経験者が四人もいるので僕の出番はないと思っていたのだが、『あんたもやるんやで』という冴子のひとことで駆り出される事になった。流石に二十名の新入部員を迎え入れては、経験者がいたからと言って人手が足りている訳では無いようだ。
新入部員の振り分けだが案外吹奏楽部出身者何人かは弦楽器にはあまり興味を示さず、そのまま吹きなれた楽器を担当したいという事でそれはすんなりと認められた。それならば吹部に行けば良いものを……と思わなくもないが、よほど管弦楽との合奏に拘りでもあるのだろうか?
それ以外の未経験者は多くがヴァイオリンに、そして幾人かはビオラ、チェロ、コントラバスに振り分けられた。何人かは管楽器との兼務になった……と言いながらもメインはヴァイオリンのようで、まだ管楽器の練習はほとんどしていなかった。
そう言えば、僕がまだ中学生時代に全くの未経験で吹奏楽部に入部したクラスメイトがいたが、彼はコントラバスとユーフォニアムを兼務させられていた。
そのクラスメイトは最終的にコントラバスがメインになったようが、音感が良かったのかユーフォニアムもそこそこ演奏できるようになっていた。まあ、かけ持ちというのは吹奏楽部ではよくある事なんだろう。
そういう訳でこの昼休みはピアノを練習する貴重な時間であったりする。
音楽室の扉を開け、ピアノに向かうと譜面台の上に既に楽譜が置かれていた。
――誰か忘れたのか? それともさっきの授業で使った楽譜か?――
僕は何気にその楽譜を手に取った。
譜面のタイトルには『The Rose』と書かれていた。
それが映画『The Rose』の主題歌である事は一目見て分かった。僕が生まれる十年ぐらい前に公開された映画だが、頭の中でBette Midler の歌声がこだましていた。
この曲を授業で使った訳では……ないようだな。
「ふむ」
その楽譜はピアノでの弾き語り用だった。歌詞もちゃんと書かれていた。
僕はその楽譜を一通り目を通した後、譜面台に戻してピアノ椅子に座った。
鍵盤にそっと左手を置いてみた。
――さっきまで誰かがこれを弾いとったんか?――
そんな事を鍵盤から感じながら僕は空いた手で楽譜をめくった。今度はちゃんと譜面を目で追った。
譜読みをしたからと言って今ここでこれを弾き語りする気持ちには全くなれなかったが、この曲を自分なりにアレンジして弾いてみたくはなった。
それは単なる気まぐれだった。もっともそんな気まぐれが起きるほどこの曲は良い曲だった。
僕の右手の指は静かにゆっくりと規則正しいリズムを鍵盤に刻みだした。
暫くしてその後を左手がメロディラインを追いかける。
ワンコーラスをアレンジを加えて弾き終わった後、僕はまた最初に弾いた規則正しいリズムを繰り返し刻んでいた。
「なぁ……この曲をさっきまで弾いとったんやろ?」
と僕の背後で黙って聞いている誰かに振り向きもせずに声を掛けた。
実はこの曲を弾き始めてからすぐに、僕は僕の背後で黙って聞いている人の気配を感じていた。
新学期を迎えてからは吹奏楽部との合同演奏も暫く予定にはなく、久しぶりに本業のピアノがメインになるはずだったのだが、存外自分の思い通りにならない事を思い知った。
僕も未経験の新入生にヴァイオリンを教える役を仰せつかってしまった。
今年の新入生は経験者が四人もいるので僕の出番はないと思っていたのだが、『あんたもやるんやで』という冴子のひとことで駆り出される事になった。流石に二十名の新入部員を迎え入れては、経験者がいたからと言って人手が足りている訳では無いようだ。
新入部員の振り分けだが案外吹奏楽部出身者何人かは弦楽器にはあまり興味を示さず、そのまま吹きなれた楽器を担当したいという事でそれはすんなりと認められた。それならば吹部に行けば良いものを……と思わなくもないが、よほど管弦楽との合奏に拘りでもあるのだろうか?
それ以外の未経験者は多くがヴァイオリンに、そして幾人かはビオラ、チェロ、コントラバスに振り分けられた。何人かは管楽器との兼務になった……と言いながらもメインはヴァイオリンのようで、まだ管楽器の練習はほとんどしていなかった。
そう言えば、僕がまだ中学生時代に全くの未経験で吹奏楽部に入部したクラスメイトがいたが、彼はコントラバスとユーフォニアムを兼務させられていた。
そのクラスメイトは最終的にコントラバスがメインになったようが、音感が良かったのかユーフォニアムもそこそこ演奏できるようになっていた。まあ、かけ持ちというのは吹奏楽部ではよくある事なんだろう。
そういう訳でこの昼休みはピアノを練習する貴重な時間であったりする。
音楽室の扉を開け、ピアノに向かうと譜面台の上に既に楽譜が置かれていた。
――誰か忘れたのか? それともさっきの授業で使った楽譜か?――
僕は何気にその楽譜を手に取った。
譜面のタイトルには『The Rose』と書かれていた。
それが映画『The Rose』の主題歌である事は一目見て分かった。僕が生まれる十年ぐらい前に公開された映画だが、頭の中でBette Midler の歌声がこだましていた。
この曲を授業で使った訳では……ないようだな。
「ふむ」
その楽譜はピアノでの弾き語り用だった。歌詞もちゃんと書かれていた。
僕はその楽譜を一通り目を通した後、譜面台に戻してピアノ椅子に座った。
鍵盤にそっと左手を置いてみた。
――さっきまで誰かがこれを弾いとったんか?――
そんな事を鍵盤から感じながら僕は空いた手で楽譜をめくった。今度はちゃんと譜面を目で追った。
譜読みをしたからと言って今ここでこれを弾き語りする気持ちには全くなれなかったが、この曲を自分なりにアレンジして弾いてみたくはなった。
それは単なる気まぐれだった。もっともそんな気まぐれが起きるほどこの曲は良い曲だった。
僕の右手の指は静かにゆっくりと規則正しいリズムを鍵盤に刻みだした。
暫くしてその後を左手がメロディラインを追いかける。
ワンコーラスをアレンジを加えて弾き終わった後、僕はまた最初に弾いた規則正しいリズムを繰り返し刻んでいた。
「なぁ……この曲をさっきまで弾いとったんやろ?」
と僕の背後で黙って聞いている誰かに振り向きもせずに声を掛けた。
実はこの曲を弾き始めてからすぐに、僕は僕の背後で黙って聞いている人の気配を感じていた。
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