340 / 439
ヴォーカリストとギタリスト
ぽっぽちゃんのステージ
しおりを挟む
ハイハットの音が響くそれを合図に翔のギターをメインに僕達の演奏が始まった。
実はこの曲がアニメで流れたすぐ後に哲也と拓哉とで演奏した事があった。
ヴォーカルのメロディラインはチェロの哲也が受け持って、僕はどちらかと言えばギターパートをピアノでカバーしつつアドリブを入れていた。
コンバスの拓哉は珍しく弓ではなく指で弦を弾いていた。
――前もって弾いていて良かった――
そう思いながら僕は翔のギターを聞きながらぽっぽちゃんのヴォーカルを待っていた。
こんなロックを歌うぽっぽちゃんの声を僕はまだ聞いた事が無かった。
第一声から伸びのある声が響いた。
ワンコーラス目、バックの演奏は抑え目でぽっぽちゃんの歌声がホールに響く。
伸びのある良い声だ。音楽室で聞いた時とは全く違った声だった。
この声は持って生まれたものだな。技術的にどうのこうのという代物では無い様な気がする。
下手な小細工なんか消し飛ぶ厚みのある声量だ。
僕がぽっぽちゃんの横顔へ目をやると、和樹の姿が先に視野に入ってくる。
彼は良い音を刻んでいる。
こうやって和樹と一緒に演奏するのは初めてだった。これも新鮮な感覚だった。
和樹と目が合った。笑っている。どうやら彼も僕と同じような事を考えていたようだ。
このバンドと一緒に演奏するのは初めてだが、何故か違和感なく入っていける。
ロックだろうがブルースだろうがクラシックだろうが『良い音を出したい』という気持ちは同じだなと感じた。
そして彼らがぽっぽちゃんの声に惚れこんでいる事は彼らの音から伝わってくる。
観客席に目をやると最初はぽっぽちゃんの声に驚いていた観客達が、今は身体を揺すってその歌声を感じている。この曲は名曲だ。そしてこの声はバックバンドの演奏に負けずに見事に聞いている者たちの気持ちを揺さぶっていた。
ホールの中を色とりどりの音の粒が駆け回る。飛び散る。いつもの僕達の演奏では見る事が出来ない粒の入り乱れようだ。とても鮮やかだ。
ぽっぽちゃんの声の色は見えるのではなく、頭の中から湧き上がるように感じる。
情熱の赤。それが今日のぽぽっちゃんの色だ。
そして彼女の体から薄いオレンジ色の光を感じる。
そう、彼女の場合色ではなく光として音を感じる。こんな経験は初めてだった。
この時僕は気が付いた。
この演奏を純粋に楽しんでいるばかりで、自分のピアノの役割を全く考えていなかったことを。
ただあまり出しゃばらない様に……かといって存在意義が無くならない程度に僕はピアノを弾いた。
要するに僕はただ単にここでの演奏を楽しみたかったのだ。
だって今日はぽっぽちゃんのデビューだからな。こんな日ぐらいは楽しみたい。
しかし、今日はアドリブしか弾いていないような気がする。
翔も心なしか解放されたようにギターを弾いているように感じる。
彼はぽっぽちゃんのヴォーカルに良い感じで絡みながらアドリブを放り込んでいる。
驚いた事に最初のギターソロは和樹が弾いた。
翔も上手いが和樹もなかなかいい音を出している。
観客席からの声援が凄い。このノリは一体なんだ!
器楽部の演奏では絶対にない光景だ。
和樹のソロが終わると観客も一緒に歌い出した。
ぽっぽちゃんはそれを煽るかののごとく舞台で仁王立ちになって叫んでいる。
観客は拳を突き上げ歌っている。
それにしても翔のギターはワウワウを使ったりファズを使ったりと忙しい。
でも水を得た魚のようにのびのびと好きなように弾いている。ヴォーカルと兼務ではこんなに自由にギターを弾けなかったんだろうなぁと思いながら僕はその姿を眺めていた。
二度目のギターソロは翔だった。
彼は僕の傍に来て弾き始めた。
その姿を横目で見ながら僕は翔に合わせるようにピアノを弾いた。
一緒に演奏しながらも僕は翔のギターの音を楽しんでいる。
同じように舞台の上で演奏しているのに、観客のようにワクワクしながら翔のギタープレイを眺めている。
少しだけ翔がギターだけに拘り理由が分かった。
そして今感じているこの一体感はなんだ?
翔のソロの間ぽっぽちゃんは正面を向いて観客を煽り続けている。
とてもパワフルだ。これが初めてのステージとは思えない。
観客はその煽りに呼応するかのように、歓声のボルテージを上げていく。
気が付いたらぽっぽちゃんが拳を突き上げて演奏は終わった。
余韻のハイハットの音が耳に残る。
観客は怒涛の様な歓声を僕達に浴びせた。いや、これはぽっぽちゃんに対する歓声だったかもしれないが、そんな事はどうでも良かった。
この場に居て一緒に演奏出来た事が全てだった。それだけで僕は満足だった。
この日、このバンドの演奏はこの一曲だけだった。
僕と翔の演奏は、ぽっぽちゃんが登場するための前座だったな。
結局、これは全て翔のお膳立ての上に、僕がうまうまと乗せられてしまっただけかもしれないのだが、こんな心地よい達成感を味わえるのであれば何の問題もない。
しかし、翔の作曲した例の曲でぽっぽちゃんの声を聞いてみたくなった。
流石だな。ぽっぽちゃんの声を一番分かっていたのは翔だった。
――ちょっと悔しい――
そんな事を感じながら、僕は舞台を降りて哲也と拓哉が待つ客席に向かった。
実はこの曲がアニメで流れたすぐ後に哲也と拓哉とで演奏した事があった。
ヴォーカルのメロディラインはチェロの哲也が受け持って、僕はどちらかと言えばギターパートをピアノでカバーしつつアドリブを入れていた。
コンバスの拓哉は珍しく弓ではなく指で弦を弾いていた。
――前もって弾いていて良かった――
そう思いながら僕は翔のギターを聞きながらぽっぽちゃんのヴォーカルを待っていた。
こんなロックを歌うぽっぽちゃんの声を僕はまだ聞いた事が無かった。
第一声から伸びのある声が響いた。
ワンコーラス目、バックの演奏は抑え目でぽっぽちゃんの歌声がホールに響く。
伸びのある良い声だ。音楽室で聞いた時とは全く違った声だった。
この声は持って生まれたものだな。技術的にどうのこうのという代物では無い様な気がする。
下手な小細工なんか消し飛ぶ厚みのある声量だ。
僕がぽっぽちゃんの横顔へ目をやると、和樹の姿が先に視野に入ってくる。
彼は良い音を刻んでいる。
こうやって和樹と一緒に演奏するのは初めてだった。これも新鮮な感覚だった。
和樹と目が合った。笑っている。どうやら彼も僕と同じような事を考えていたようだ。
このバンドと一緒に演奏するのは初めてだが、何故か違和感なく入っていける。
ロックだろうがブルースだろうがクラシックだろうが『良い音を出したい』という気持ちは同じだなと感じた。
そして彼らがぽっぽちゃんの声に惚れこんでいる事は彼らの音から伝わってくる。
観客席に目をやると最初はぽっぽちゃんの声に驚いていた観客達が、今は身体を揺すってその歌声を感じている。この曲は名曲だ。そしてこの声はバックバンドの演奏に負けずに見事に聞いている者たちの気持ちを揺さぶっていた。
ホールの中を色とりどりの音の粒が駆け回る。飛び散る。いつもの僕達の演奏では見る事が出来ない粒の入り乱れようだ。とても鮮やかだ。
ぽっぽちゃんの声の色は見えるのではなく、頭の中から湧き上がるように感じる。
情熱の赤。それが今日のぽぽっちゃんの色だ。
そして彼女の体から薄いオレンジ色の光を感じる。
そう、彼女の場合色ではなく光として音を感じる。こんな経験は初めてだった。
この時僕は気が付いた。
この演奏を純粋に楽しんでいるばかりで、自分のピアノの役割を全く考えていなかったことを。
ただあまり出しゃばらない様に……かといって存在意義が無くならない程度に僕はピアノを弾いた。
要するに僕はただ単にここでの演奏を楽しみたかったのだ。
だって今日はぽっぽちゃんのデビューだからな。こんな日ぐらいは楽しみたい。
しかし、今日はアドリブしか弾いていないような気がする。
翔も心なしか解放されたようにギターを弾いているように感じる。
彼はぽっぽちゃんのヴォーカルに良い感じで絡みながらアドリブを放り込んでいる。
驚いた事に最初のギターソロは和樹が弾いた。
翔も上手いが和樹もなかなかいい音を出している。
観客席からの声援が凄い。このノリは一体なんだ!
器楽部の演奏では絶対にない光景だ。
和樹のソロが終わると観客も一緒に歌い出した。
ぽっぽちゃんはそれを煽るかののごとく舞台で仁王立ちになって叫んでいる。
観客は拳を突き上げ歌っている。
それにしても翔のギターはワウワウを使ったりファズを使ったりと忙しい。
でも水を得た魚のようにのびのびと好きなように弾いている。ヴォーカルと兼務ではこんなに自由にギターを弾けなかったんだろうなぁと思いながら僕はその姿を眺めていた。
二度目のギターソロは翔だった。
彼は僕の傍に来て弾き始めた。
その姿を横目で見ながら僕は翔に合わせるようにピアノを弾いた。
一緒に演奏しながらも僕は翔のギターの音を楽しんでいる。
同じように舞台の上で演奏しているのに、観客のようにワクワクしながら翔のギタープレイを眺めている。
少しだけ翔がギターだけに拘り理由が分かった。
そして今感じているこの一体感はなんだ?
翔のソロの間ぽっぽちゃんは正面を向いて観客を煽り続けている。
とてもパワフルだ。これが初めてのステージとは思えない。
観客はその煽りに呼応するかのように、歓声のボルテージを上げていく。
気が付いたらぽっぽちゃんが拳を突き上げて演奏は終わった。
余韻のハイハットの音が耳に残る。
観客は怒涛の様な歓声を僕達に浴びせた。いや、これはぽっぽちゃんに対する歓声だったかもしれないが、そんな事はどうでも良かった。
この場に居て一緒に演奏出来た事が全てだった。それだけで僕は満足だった。
この日、このバンドの演奏はこの一曲だけだった。
僕と翔の演奏は、ぽっぽちゃんが登場するための前座だったな。
結局、これは全て翔のお膳立ての上に、僕がうまうまと乗せられてしまっただけかもしれないのだが、こんな心地よい達成感を味わえるのであれば何の問題もない。
しかし、翔の作曲した例の曲でぽっぽちゃんの声を聞いてみたくなった。
流石だな。ぽっぽちゃんの声を一番分かっていたのは翔だった。
――ちょっと悔しい――
そんな事を感じながら、僕は舞台を降りて哲也と拓哉が待つ客席に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる