北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
62 / 439
クリスマスの頃の物語

からみ酒

しおりを挟む
「それはそうと、ユノはどうしてんの?」
仁美さんは思い出したようにオヤジに聞いた。

「俺に聞くな。知る訳ないやろ」
オヤジはぶっきら棒に答えた。流石に聞かれて困る質問だと僕も思った。別れた元妻のスケジュールなんて聞かれても答えようがないだろう。僕は少しオヤジに同情した。

「冷たい男やな|。別れた女房には未練はないってか?」
と仁美さんはなじるように聞き返した。

「それ、逃げた女房やろう?」
とオヤジはさりげなく話題を変えた。

「なんや、この歌知ってんやん。オッサンやな」
と仁美さんはオヤジの思惑通り話に乗ったが、からみ酒である事に変わりはなかった。

「だから、お前と同級生やって」
うんざりした様な表情でオヤジが応えたので
「母は家にいると思いますよ」
と僕がオヤジの代わりに応えた。
このまま放置していたら、余りにもベタなツッコミ合戦にが永遠に続きそうに思えた。

「ふぅん。そうかぁ。くだらん女やな。こんな日に家の中におるなんて……」
と仁美さんはこっちの話に乗ってくれたがツッコミ先がオヤジからオフクロに変わっただけだった。

 それはさておき、こんな日とか言われても、別に今日は記念日でも祭日でもないし、ましてやクリスマスでもない。
用もない大人は普通は家にいるだろう? と僕は突っ込みたくなったが黙って聞いていた。

「そんなツマらん女やから別れたんか?」
またもや仁美さんの矛先はオヤジに向かった。もしかしたら仁美さんは、僕と宏美の存在を忘れているのかもしれない。

「あんなぁ……子供の前で答えにくいツッコミ入れんな」
とオヤジは苦笑いしながら仁美さんのオデコを中指ではじいた。
仁美さんはそれを避けるでもなく受け止めて意味不明な笑いを浮かべていた。

 確かにそれは答えにくいだろう……と僕は少しオヤジに同情したが、なんだか酔っ払っている仁美さんはそれはそれで可愛いなぁと思っていた。

「なぁ、一平ちゃん……安ちゃんの店に行かへん?」
と仁美さんはデコピンされたオデコを撫でながらオヤジの顔を見て言った。

「なんや? 安藤の顔が見たくなったんか?」

「まあね。あんな顔でもたまに見たくなんねん」
そう呟くように言うと仁美さんはいつもの笑顔に戻た。

「俺はエエけど……」
と言いながらオヤジは不安げな表情で僕と宏美の顔を見た。

 仁美さんは僕たち二人に視線を移すと
「あんた達二人もまだいいよね?」
と聞いてきた。 

 僕は全然構わなかったが、仁美さんは安藤さんと何か大人の会話でもしたいのだろうと思っていたので、僕ら二人も誘われたのが少し意外だった。

 宏美はどうだろう? と目を移すと、すでに行く気満々の顔で
『お姉さんにどこまでもついていきます』
という声が聞こえそうな雰囲気で仁美さんを見つめて何度も頷いていた。
とっても分かり易い彼女だ。

「決まりね。でも宏美ちゃんはちゃんとご家族に連絡しておいてね。ご両親に心配を掛けたらアカンよ」
といつもの素面の気配りを怠らない仁美さんだった。もうからみ酒モードは終了したようだった。

 それから暫くドルチェと珈琲の時間を持ってから、タクシーで安藤さんの店に向かった。
ドルチェとはデザートの事だった。これで最後の謎が解けた。
また一つ僕は大人の階段を登った気がした。

 宏美はその間に家に携帯から電話をかけていた。どうやら僕の家族と一緒にいると言ったらそれ以上は何も言われず済んだようだ。逆に迷惑にならないか心配されたと言っていた。

 店を出る時にミケーレさんにイタリア料理の事が少し勉強になりましたというと、「それは嬉しい。いつでもまた勉強しに来てくださいね」と言ってハグされた。
人生で男性にハグされたのは初めてなのでびっくりした。

オヤジはタクシーに乗ると
「鯉川を上がって、山手幹線からトアロードを上がって下さい」
と運転手に指示した。坂の多い神戸では北は『上がる』南は『下る』という事が多い。

 僕たちの乗ったタクシーはトアロードを北に上がり安藤さんの店の前で停まった。
僕はこの坂を満腹状態で上らなくて済んだのでちょっとホッとしていた。
兎に角、神戸は坂道が多い。
 安藤さんの店はいつも通り、一人カウンターで暇そうに煙草を吸っている安藤さんが居るだけだった。

「ホンマにいつも誰もおらん店やな」
入るなりオヤジは安藤さんに悪態をついていた。
「ほっとけ」
どうやらこれがこのニ人のお約束の挨拶の様だ。

「お、珍しいのぉ、この面子に仁美がおるなんて」
安藤さんはカウンター越しに仁美さんを見て不思議そうな顔をして立ち上がった。

「うん。今日はこのニ人に買い物を付き合って貰っていたん」
仁美さんはコートを脱ぎながら嬉しそうに安藤さんに答えていた。

そして僕とオヤジの脱ぎ散らかしたコートも勝手知ったる店の様に
「今度のクリスマスの食器も買うたで。ユノも気に入っていたわ。明日の午後に届くわ」
と安藤さんに話しかけながらハンガーに掛けようとしてくれていた。

 座りかけた宏美は仁美さんがコートを掛けるのを見て慌てて手伝っていた。
オヤジはそれをチラッと横目で見て目を細めていた。
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...