74 / 439
お正月の頃の物語
初詣
しおりを挟む
年が明けた。
遠くから除夜の鐘が響いてくる。
僕はオフクロと宏美と三人で生田神社に参拝していた。そう大晦日からの初詣。僕は元旦の朝から初詣するよりこうやって大晦日の夜から二年参りする方が好きだ。なんだかワクワクする。
元々は宏美が夕方、オフクロが作っていたおせち料理の手伝いに来た事から、その流れで生田神社に三人で行くことになった。
参道は沢山の人でごった返していた。世の中には僕みたいに二年参りが好きな人が多いようだ。
その参道の人の波の中でゆっくりと僕たちは本殿に向かって歩いていた。
「亮ちゃん凄い人やねえ」
宏美は僕の腕にしがみついて歩いていた。
「ホンマやなぁ。離れんなよ。しっかり持っとけよ」
「うん」
参道には着物を着ている女性も沢山いたが、オフクロと宏美はいつもよりは少し小洒落た程度のいでたちだった。それもコートとマフラーで完全防備されていたので、そのいでたちも意味があるかどうか疑わしかった。
ふと参道の両脇に並ぶ屋台を見ると、参道の東側の広めの屋台の奥で一人で日本酒を飲んでおでんを食っているオヤジを発見した。屋台のテントの下でなんの違和感もなく風景に溶け込んでいるオヤジ。ちょっと笑える。
「あ、オヤジが居る」
僕が笑いながらそう言うとオフクロと宏美が僕の視線を辿ってオヤジを見つけた。
「あ、ほんとだ。お父さん一人でお酒飲んでるんかな?」
宏美が不思議そうに僕に聞いた。
「たく……こんなところで一人で飲んどったんかぁ」
オフクロは苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。別れたとは言え元旦那がこんなところで寂しく一人で飲んでいる事が許せないのだろうか? それとも正月早々から一人で美味しそうに酒を飲んでいるのが許せなかったのか? 兎に角、そんな憤りをにじませる言葉だった。
僕は二人を置いて参道の人ごみを抜け、オヤジのところまで行って
「父さん何してんねん。こんなところで一人で飲んで?」
と声を掛けた。
「おろ? なんや亮平か? お前も初詣に来たんや?」
オヤジは少し驚いたように僕を見上げた。
「うん。父さん一人で初詣?」
「ああ。一人や。というかただ単に、ここに飲みに来とっただけやけどな」
オヤジはそれがどうしたと言わんばかりにグラスの酒を煽って升の中にそれを戻した。
そして
「まあ、なんでもええわ。明けましておめでとう」
と空のグラスの入った枡を軽く持ち上げた。
「あ、おめでとう」
僕は慌てて返事をした。
オヤジは笑顔で頷くと屋台のテントを見回した。
「お兄ちゃん! 日本酒お代わりや!」
そう言ってオヤジは升の中に入ったグラスを店の若い男に見せた。
「同じもんで良いですか?」
店員は元気よく応えた。
「ああ、それでええよ」
そう言うとオヤジは僕に向かって
「で、お前は誰と初詣に来たんや?」
と聞いてきた。
「母さんと宏美と三人で」
「おほ、なんか着々と脇を固められとるのぉ」
とオヤジは本当に楽しそうに笑った。
「なんか嬉しそうやな」
「ああ、息子の彼女と母親が仲のええのは、ホンマにええこっちゃ。嫁と姑の関係が良好なのは喜ばしいこっちゃ」
「そこまで話がいくか? まだ嫁にもなんにもなってないわ」
「そうやな。まあ、頑張れや。宏美ちゃんはええ子や」
僕は鼻で「ふん!」と返事をしたが、この話が延々と続きそうだったので話を変えた。
「ところで、父さんは初詣済ませたんか?」
「いや、まだや……って俺は毎年この店でこうやって年越しおでんを食いに来ているだけや……気が向いたら賽銭を放り込みに行くわ」
と神社の境内まで来ておいて、訳の分からん事を言った。オヤジは信心深いのかそうでないのか良く分からない。
――ここまで来たんなら、ちゃんとお参りしたらええのに――
と僕は思ったが口には出さなかった。
遠くから除夜の鐘が響いてくる。
僕はオフクロと宏美と三人で生田神社に参拝していた。そう大晦日からの初詣。僕は元旦の朝から初詣するよりこうやって大晦日の夜から二年参りする方が好きだ。なんだかワクワクする。
元々は宏美が夕方、オフクロが作っていたおせち料理の手伝いに来た事から、その流れで生田神社に三人で行くことになった。
参道は沢山の人でごった返していた。世の中には僕みたいに二年参りが好きな人が多いようだ。
その参道の人の波の中でゆっくりと僕たちは本殿に向かって歩いていた。
「亮ちゃん凄い人やねえ」
宏美は僕の腕にしがみついて歩いていた。
「ホンマやなぁ。離れんなよ。しっかり持っとけよ」
「うん」
参道には着物を着ている女性も沢山いたが、オフクロと宏美はいつもよりは少し小洒落た程度のいでたちだった。それもコートとマフラーで完全防備されていたので、そのいでたちも意味があるかどうか疑わしかった。
ふと参道の両脇に並ぶ屋台を見ると、参道の東側の広めの屋台の奥で一人で日本酒を飲んでおでんを食っているオヤジを発見した。屋台のテントの下でなんの違和感もなく風景に溶け込んでいるオヤジ。ちょっと笑える。
「あ、オヤジが居る」
僕が笑いながらそう言うとオフクロと宏美が僕の視線を辿ってオヤジを見つけた。
「あ、ほんとだ。お父さん一人でお酒飲んでるんかな?」
宏美が不思議そうに僕に聞いた。
「たく……こんなところで一人で飲んどったんかぁ」
オフクロは苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。別れたとは言え元旦那がこんなところで寂しく一人で飲んでいる事が許せないのだろうか? それとも正月早々から一人で美味しそうに酒を飲んでいるのが許せなかったのか? 兎に角、そんな憤りをにじませる言葉だった。
僕は二人を置いて参道の人ごみを抜け、オヤジのところまで行って
「父さん何してんねん。こんなところで一人で飲んで?」
と声を掛けた。
「おろ? なんや亮平か? お前も初詣に来たんや?」
オヤジは少し驚いたように僕を見上げた。
「うん。父さん一人で初詣?」
「ああ。一人や。というかただ単に、ここに飲みに来とっただけやけどな」
オヤジはそれがどうしたと言わんばかりにグラスの酒を煽って升の中にそれを戻した。
そして
「まあ、なんでもええわ。明けましておめでとう」
と空のグラスの入った枡を軽く持ち上げた。
「あ、おめでとう」
僕は慌てて返事をした。
オヤジは笑顔で頷くと屋台のテントを見回した。
「お兄ちゃん! 日本酒お代わりや!」
そう言ってオヤジは升の中に入ったグラスを店の若い男に見せた。
「同じもんで良いですか?」
店員は元気よく応えた。
「ああ、それでええよ」
そう言うとオヤジは僕に向かって
「で、お前は誰と初詣に来たんや?」
と聞いてきた。
「母さんと宏美と三人で」
「おほ、なんか着々と脇を固められとるのぉ」
とオヤジは本当に楽しそうに笑った。
「なんか嬉しそうやな」
「ああ、息子の彼女と母親が仲のええのは、ホンマにええこっちゃ。嫁と姑の関係が良好なのは喜ばしいこっちゃ」
「そこまで話がいくか? まだ嫁にもなんにもなってないわ」
「そうやな。まあ、頑張れや。宏美ちゃんはええ子や」
僕は鼻で「ふん!」と返事をしたが、この話が延々と続きそうだったので話を変えた。
「ところで、父さんは初詣済ませたんか?」
「いや、まだや……って俺は毎年この店でこうやって年越しおでんを食いに来ているだけや……気が向いたら賽銭を放り込みに行くわ」
と神社の境内まで来ておいて、訳の分からん事を言った。オヤジは信心深いのかそうでないのか良く分からない。
――ここまで来たんなら、ちゃんとお参りしたらええのに――
と僕は思ったが口には出さなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる