北野坂パレット

うにおいくら

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お正月の頃の物語

バイト

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 酒の味はまだ分からないが、その酒飲みのこだわりはなんとなく理解できる。
オヤジが言うと本当に美味そうに聞こえるし、オヤジの嬉しそうな笑顔を見ていると僕も一度は夜空を眺めながら飲んでみたいと思ってしまった。

 このオヤジの笑顔はこのスキットルで飲む酒が美味いという笑顔でもあるし、誕生日プレゼントへの感謝の笑顔でもあるんだろう。あとは照れ笑いも多少は含まれていたように思う。

 いつかこのボトルで僕も酒を飲む事があるんだろうか? オヤジと一緒に星空を見ながら飲む事があるんだろうか……僕は昨年の夏のオヤジの実家で温泉に浸かりながら空を見上げていたあの光景を思い出していた。

――またあの空を一緒に見たいな――

僕はスキットルを見つめながらそう思った。

 そこへ店員が料理を持ってきた。
「お待たせしました。焼きそばと豚玉です」
 今度はおでんではなくお好み焼きと焼きそばだった。
ソースの香ばしい香りが漂う。

「おお、そこら辺に置いといてくれ」
鈴原さんがその店員に指示を出していた。

 何気にその店員の顔を見たら、どっかで見た顔だった。
その店員は僕と目が合うとニヤっと笑った。
「あ、シゲルやんかぁ! こんなところで何しとんねん!」
と僕は思わず声を上げてしまった。

「見たら分かるやろ。バイトや。ここでバイトさせてもらってんねん」

「え? そうなん?」
僕は思わず鈴原さんの顔を見た。鈴原さんは僕の視線を安藤さんに跳ね返した。

「この前な、シゲルがうちに来た時に『正月の短期バイトないか?』って聞いてきたから、鈴のところを紹介してやったんや。うちは高校生バイトは雇わんからな」
と安藤さんは教えてくれた。

「休みは稼ぎ時やからな。冬休みは稼がな……な!」
とシゲルは笑いながら言った。

「ほな、全員グラス回ったな。あ、シゲルお前も飲め」
と言って鈴原さんはシゲルにグラスを持たせた。
「あ、はい。ありがとうございます」
シゲルは両手でコップを持つと鈴原さんの前に差し出した。

 鈴原さんはそこへビールを片手で注ぎ、注ぎ終わると
「それでは、またまた改めて、あけましておめでとう。乾杯!」
と軽くグラスを掲げた。

 僕とは烏龍茶なのに何故シゲルだけがビールを飲むのを許されるのか?
それがちょっと不満だったが、なんとなくそれも仕方ないなとも思った。
ビールを一気に飲んでいるシゲルは結構お酒を飲み慣れているようだし、この場所でのシゲルは高校生には見えないだろう。
そう。僕はシゲルがちょと大人びて眩しかった。

でも
「なんでシゲルだけがビールやねん」
と気がついたら言葉として口から出ていた。

「あ、ホンマや。違和感無かったから何とも思わんかったけど、シゲルは亮平や冴子と同級生やったな」
鈴原さんは今更気づいたように言った。

「うんうん。ホンマにシゲルはオッサン臭いから忘れとったわ」
と安藤さんは笑いながらシゲルをからかうように言った。

「そんなにオッサン臭くないですよぉ。亮平と同い年ですからね。なぁ」
そう言ってシゲルは同意を求めるように僕の両肩に手を置いた。

「ホンマは留年でもしとったんとちゃうか? ホンマは二十歳越えてるやろ?」
と僕がからかうと
「あるかえ! 小学生で留年なんかないやろ!」
とシゲルはムキになって反論してきた。

 そんな僕とシゲルのやり取りを見て
「そういえば、冴子はシゲルの事を知っとんか?」
と鈴原さんは冴子に聞いた。

「うん、知っとう。会うのは久しぶりやけど、覚えとう」
冴子は何の感情も現さずにシゲルの顔を見た。

「私も覚えとう。シゲル君やん、懐かしいわぁ」
と宏美は冴子とは対照的に満面の笑みを浮かべて本当に懐かしそうに言った。

僕は二人がシゲルの事を覚えてくれていた事に何故かホッとしていた。


「おおそうやった。これを渡しておかんとな」
唐突にそう言うとオヤジは、またもやぽち袋を取り出して
「お年玉な」
と言ってシゲルに渡した。オヤジはまだポチ袋を用意していた。

「え?! 良いんですか? 貰って」
とシゲルは驚いたように聞き返した。

「エエでぇ。正月やからな」

「はい! ありがとうございます」
シゲルはそう言うと頭を深く下げた。

「そうやったな。シゲルはまだうちの娘と同い年やもんな」
そう言うと鈴原さんと安藤さんも、つられるように慌ててシゲルにお年玉を渡した。

「あ、ありがとうございます」
シゲルはまた頭を深く下げた。

「こんなにもうてええんかな?」
頭を下げながらシゲルは僕に聞いてきた。

「ええんちゃうか?」
と僕が応えると
「まあ、正月はな。そういうもんや」
オとヤジは笑いながらグラスに入った日本酒を煽った。

「はい。ありがとうございます。では仕事に戻ります」
そう言うとシゲルは踵を返すと屋台の厨房へと戻っていった。
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