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お正月の頃の物語
宴は終わる
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その後ろ姿を大人たちは目で追いかけていたが、安藤さんが鈴原さんに
「どうや? シゲルは?」
と聞いた。
「ああ、ちゃんと仕事してんで。まあ、まだ要領が悪いところもあるけど、それは高校一年生やからな。それよりもちゃんと挨拶もできるし、言葉遣いもちゃんとしとうし、元気もあるし……みんなからも可愛いがられとうみたいや」
と鈴原さんは満足げに言った。職場の評価はすこぶる良いみたいで、それを聞いて僕も嬉しかった。
「そうかぁ。それは良かったわ」
安藤さんは目を細めてシゲルの去った方向を見ていた。まるでそれはシゲルの保護者のような表情だった。
「なぁ亮平、あの子は喧嘩早かったんやてな?」
鈴原さんは思い出したように唐突に僕に聞いてきた。
「うん。なんか知らんけどよく喧嘩してたし……兎に角、強かったです」
「そうかぁ、ゴンタなんや。まあ、このままの感じで成長してくれたらええねんけどなぁ」
鈴原さんはそう言いながらビールを飲んだ。
「そう言うたら、あんたシゲルと仲良かったよなぁ」
冴子が僕に聞いてきた。
「ああ、割と仲が良かった方やと思う。でもあんまり一緒にはおられへんかったけどな」
冴子は全くシゲルに興味が無かったと思っていたが、案外覚えていたのかもしれない。
「なんでなん?」
と冴子は怪訝な表情で聞き返してきた。
「あぁ……中学校に入ってからはあいつ学校来てなかったし……」
「そうかぁ、来てなかったんやったなぁ」
冴子はしみじみと噛み締めるように言ってシゲルが去っていった厨房に視線を移した。彼女にしては珍しい対応だった。
「あ、なぁるほどぉ! だから中学校時代のシゲル君の記憶あんまりないんや」
と宏美は何か大きな発見でもしたかのようにそう言いながら、自分の皿に焼きそばを取っていた。
――驚くのか食欲を優先させるのかどちらかにしろ――
と思いながらも
「でも……修学旅行には来てたで」
と僕は宏美の皿からその焼きそばを一口分掠め取って口にした。
「え? そうやったんや!」
冴子はシゲルが一緒に旅行に行っていた記憶がなかったようだ。
「私は覚えているなぁ。それ……なんでもええけど、ひとの焼きそば取らんといてよ」
宏美は笑いながら言った。
他人(ひと)の皿から取った食べ物は何故か美味しいと感じる。これって錯覚なんだろうけどなんでだろう。
今年の大晦日と正月は例年と違って僕の周りに人が沢山いる。
僕は毎年家で大人しく除夜の鐘を聞いていた。
特に一年前の大晦日は自分の部屋で受験勉強していたので、除夜の鐘が鳴り始めてもしばらくは気が付かなかった。
今では懐かしい思い出になってしまったが……。
そんな変わり映えのしない大晦日が当たり前だったのだが、今は目の前にオヤジがいる。それもオフクロと一緒に。親子三人で迎える大晦日と正月は初めてだ。
考えてみたら不思議な光景だった。
この頃慣れてきたとは言え、まだたまに違和感を感じる。僕にはつい最近まで両親というキーワードがなかった。
それが急に目の前に存在する違和感は相当なものだった。でもそれは決して嫌な違和感では無い。
むしろ嬉しい。
この大晦日の夜からの宴会はいつまでも続くように思えたが、オフクロが大きなアクビをしたのを合図にお開きとなった。
帰る方向は同じなので、自然と全員で帰ることになった。本音では僕はもう少しこの場の空気の中に居たかった。
席を立って帰る支度をしていたらシゲルがやってきて
「明日、時間あるか?」
と聞いてきた。
「明日? 別に何もないけど……どないしたん?」
「いや……俺も暇やからな。じゃあ、明日昼ぐらいに電話するわ。ええか?」
「ええでぇ。お前もバイト頑張れよ」
「ああ、初日の出はここで見るわ」
シゲルは笑いながらそう言うと、オヤジたちに挨拶をしてから厨房に戻っていった。
中学生時代、担任のピロシキに悪態をついていた奴と同一人物とは思えない変貌ぶりだった。
それにしても朝までバイトして昼から遊ぶとは……シゲルは体力が余っているのか? 元気やな。
僕たちは屋台を出ると生田神社の喧騒を抜け、トアロードを歩いて上った。
僕は並んで歩く冴子と宏美の少し後ろを歩いていた。
空を見上げたが月は出てなかった。どうやら今日は朔日の様だ。
夜の空気は澄んでいて冷たかった。
僕はこの寒さが何故か心地よかった。
「どうや? シゲルは?」
と聞いた。
「ああ、ちゃんと仕事してんで。まあ、まだ要領が悪いところもあるけど、それは高校一年生やからな。それよりもちゃんと挨拶もできるし、言葉遣いもちゃんとしとうし、元気もあるし……みんなからも可愛いがられとうみたいや」
と鈴原さんは満足げに言った。職場の評価はすこぶる良いみたいで、それを聞いて僕も嬉しかった。
「そうかぁ。それは良かったわ」
安藤さんは目を細めてシゲルの去った方向を見ていた。まるでそれはシゲルの保護者のような表情だった。
「なぁ亮平、あの子は喧嘩早かったんやてな?」
鈴原さんは思い出したように唐突に僕に聞いてきた。
「うん。なんか知らんけどよく喧嘩してたし……兎に角、強かったです」
「そうかぁ、ゴンタなんや。まあ、このままの感じで成長してくれたらええねんけどなぁ」
鈴原さんはそう言いながらビールを飲んだ。
「そう言うたら、あんたシゲルと仲良かったよなぁ」
冴子が僕に聞いてきた。
「ああ、割と仲が良かった方やと思う。でもあんまり一緒にはおられへんかったけどな」
冴子は全くシゲルに興味が無かったと思っていたが、案外覚えていたのかもしれない。
「なんでなん?」
と冴子は怪訝な表情で聞き返してきた。
「あぁ……中学校に入ってからはあいつ学校来てなかったし……」
「そうかぁ、来てなかったんやったなぁ」
冴子はしみじみと噛み締めるように言ってシゲルが去っていった厨房に視線を移した。彼女にしては珍しい対応だった。
「あ、なぁるほどぉ! だから中学校時代のシゲル君の記憶あんまりないんや」
と宏美は何か大きな発見でもしたかのようにそう言いながら、自分の皿に焼きそばを取っていた。
――驚くのか食欲を優先させるのかどちらかにしろ――
と思いながらも
「でも……修学旅行には来てたで」
と僕は宏美の皿からその焼きそばを一口分掠め取って口にした。
「え? そうやったんや!」
冴子はシゲルが一緒に旅行に行っていた記憶がなかったようだ。
「私は覚えているなぁ。それ……なんでもええけど、ひとの焼きそば取らんといてよ」
宏美は笑いながら言った。
他人(ひと)の皿から取った食べ物は何故か美味しいと感じる。これって錯覚なんだろうけどなんでだろう。
今年の大晦日と正月は例年と違って僕の周りに人が沢山いる。
僕は毎年家で大人しく除夜の鐘を聞いていた。
特に一年前の大晦日は自分の部屋で受験勉強していたので、除夜の鐘が鳴り始めてもしばらくは気が付かなかった。
今では懐かしい思い出になってしまったが……。
そんな変わり映えのしない大晦日が当たり前だったのだが、今は目の前にオヤジがいる。それもオフクロと一緒に。親子三人で迎える大晦日と正月は初めてだ。
考えてみたら不思議な光景だった。
この頃慣れてきたとは言え、まだたまに違和感を感じる。僕にはつい最近まで両親というキーワードがなかった。
それが急に目の前に存在する違和感は相当なものだった。でもそれは決して嫌な違和感では無い。
むしろ嬉しい。
この大晦日の夜からの宴会はいつまでも続くように思えたが、オフクロが大きなアクビをしたのを合図にお開きとなった。
帰る方向は同じなので、自然と全員で帰ることになった。本音では僕はもう少しこの場の空気の中に居たかった。
席を立って帰る支度をしていたらシゲルがやってきて
「明日、時間あるか?」
と聞いてきた。
「明日? 別に何もないけど……どないしたん?」
「いや……俺も暇やからな。じゃあ、明日昼ぐらいに電話するわ。ええか?」
「ええでぇ。お前もバイト頑張れよ」
「ああ、初日の出はここで見るわ」
シゲルは笑いながらそう言うと、オヤジたちに挨拶をしてから厨房に戻っていった。
中学生時代、担任のピロシキに悪態をついていた奴と同一人物とは思えない変貌ぶりだった。
それにしても朝までバイトして昼から遊ぶとは……シゲルは体力が余っているのか? 元気やな。
僕たちは屋台を出ると生田神社の喧騒を抜け、トアロードを歩いて上った。
僕は並んで歩く冴子と宏美の少し後ろを歩いていた。
空を見上げたが月は出てなかった。どうやら今日は朔日の様だ。
夜の空気は澄んでいて冷たかった。
僕はこの寒さが何故か心地よかった。
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