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お正月の頃の物語
お雑煮
しおりを挟む翌朝起きたのは十時過ぎだった。
起きたというより、オフクロにたたき起こされた……という方が正しい。
正月休みだというのにオフクロは容赦ない。
「何時まで寝てんのや。目ぇ腐んでぇ」
と言ってオフクロは僕から布団をはぎ取った。
のそのそとリビングに行くと既にテーブルの前にはお雑煮が用意されていた。
その横にはお猪口が置いてあり、テーブルの真ん中には三段重ねの重箱が置いてあった。
中身はオフクロと宏美が調理したおせち料理が入っている。
――おせちはお雑煮を食ってから考えよう――
うちのお雑煮はすまし汁だ。僕は味噌よりもすまし汁のお雑煮の方が好きだ。でも味噌で出されても美味しく頂く自信はあるけど。
オフクロは僕が席に着くとお猪口に日本酒を注いでくれた。
「改めて、あけましておめでとう」
とオフクロはお猪口を軽く持ち上げた。
さすがにお屠蘇をマグカップでは飲まないようだ。
「うん。おめでとう」
僕もそう言うとお猪口の日本酒を飲んだ。
甘くて美味しい。僕はこの味が案外好きかも。
「はい。お年玉」
オフクロはポチ袋を僕の目の前にそっと置いた。
僕はそれを恭しく取り上げて
「ありがとう」
と言った。
――今年のお年玉は例年になく沢山収穫できた――
中身を確認してから僕はお雑煮に箸をつけた。
餅を食べながら
「ああ、いつもの正月だ」
と実感した。
そう、毎年正月はオフクロとこうして二人でお雑煮を食べる。
「年賀状はそこに置いてあるからね」
オフクロにそう言われるまで年賀状の存在を忘れていた。
僕はお雑煮を食べながら三十枚ほどの年賀状の束を取り上げて一枚一枚見ていった。
この頃は、年賀状よりも携帯にメールが飛んでくる。そう言えば今朝はまだ携帯電話をチェックしていなかった。でもなんだか面倒だったので今手元にある年賀状だけを見て、あとはお雑煮を食べた後にどうするか考える事にした。
TVからニューイヤー駅伝の実況が流れていた。
オフクロも観るつもりでつけている訳ではない様だが、毎年正月三が日のリビングのテレビは駅伝を流し続けているような気がする。
何が面白いって言うのはないのだが、ついつい見てしまう。
ただ人が走っているだけなのに、何故か見てしまう。そして毎年感動のドラマをそこに見つけることになる。
お雑煮を食べながら画面を見ているとオフクロが
「そうやって駅伝を見ている姿はお父さんそっくりやな」
と言った。
「うん? 父さんも駅伝見ていたんか?」
「見とったなぁ。そもそも駅伝なんか私が興味ある訳ないやん。あんたのお父さんが何故か正月は駅伝を見るからつられて見とっただけや」
「へぇ、そうなんや。毎年なんでうちは正月に他の番組見んと駅伝見るのかちょっと不思議やったんや」
「それはあんたのお父さんのせいや」
と軽く笑ってお猪口を飲み干した。
僕はオフクロのお猪口にお酒を注いだ。
「あ、ありがとう」
と言ってそれを飲み干すと
「息子に注いでもらう熱燗は美味しいなぁ」
と嬉しそうに笑った。
そう言えばオヤジにもビールを注いだ時に同じような事を言われた事を思い出した。
あの夏の実家の縁側でのオヤジとの会話を思い出した。
――やっぱり元と言っても夫婦やな。言う事似てるわ――
そう思ったけれど、僕はそれを口に出すのはやめた。
昼過ぎにシゲルから携帯に連絡があった。
「家の前で待っとうから、早よ降りて来い」
「分かった。すぐ降りるわ」
それだけの会話だった。
「ちょっと出てくる」
そう言って僕はダッフルコートを手に持つと部屋を出た。
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