北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
85 / 439
お正月の頃の物語

弾いて見せて

しおりを挟む
「あんたはそんなんでピアノ弾いていたん?」
冴子がまた聞いてきた。

「そうや。TVゲームは長時間やっとったら怒られるけど、ピアノは怒られへんからな。何時間弾いても」

「はぁ~?」
冴子は呆れたような顔をして意味不明なため息をついた。

「そんなん初めて聞いたわ」

「俺も初めて言うたわ」

「そういう意味やない。そんな間抜けな理由でピアノを弾いている奴を初めて見たっていうこっちゃ」
 冴子はさっきよりも更に呆れたような顔をして僕を見た。今度は違う理由で呆れ返っていたようだ。

「はぁ、で、今でもそうなんか?」
と気を取り直したように冴子は聞いてきた。

「今でもって?」

「そう、今でもゲーム感覚で弾いていんのか? って」
冴子は噛んで含むようにゆっくりと僕に聞いた。

「いや、今は違(ちゃ)う。今はそんな事を思ったりはせえへん……と思う」
僕も自分にも言い聞かせるように冴子に言った。

 冴子は皿ごとティーカップを手に取って呼吸を整えるようにゆっくりと一口飲んだ。
そして静かにティーカップをテーブルの上に置いて僕の顔をじっと見つめた。

「この前、あんたのお父さんと安藤さんの前でピアノ弾いたんやってな?」

「うん。弾いた」
僕は小さい声で答えた。

――なんでそれをお前が知っている?――

と言いたかったが冴子の表情を見て言えなくなった。

「安藤さんが言うとったけど、あんたのお父さんの若い時にそっくりな音を出しとったそうやん」

「そうみたいやな……」

「なんであんたみたいにまともに練習もしてへん奴がそんな音だせるん? あんたのお父さんって天才って言われた人やで? うちのお父さんに聞いたら、学生の時からピアノばっかり弾いていたような人やったらしいやん。あんたはどんだけ弾いてきたんや?」

――あのピアノの音はお嬢のせいや――

と言おうとして僕は止めた。
ここで言っても冴子には理解できないし、他の二人も間違いなく理解できないだろう。

「あれはたまたまや」

「たまたまで天才と同じ音が出せるんか!?」
冴子は更に噛みついてきた。
余計な事を言ったようだ。

 僕は助けを求めるようにシゲルを見た。
シゲルは横目でチラッと僕を見て、軽く首を横に振った。
やはりシゲルは勝てる喧嘩しか買わない様だ。

応接テーブルを挟んで沈黙が流れた。

「あんた。そこのピアノで何か弾いてよ」
冴子が顎でこの部屋に置いてあるピアノを指した。
全員の視線がピアノに注がれそして僕の顔に注がれた。

――なんで俺が――
と思ったがここでそれを断れる空気は微塵もなかった。

「ああ、分かった」
僕は立ち上がりピアノの前に立った。
鍵盤蓋を上げてから椅子に座った。

――何を弾こうか?――

今日は元旦だしな。

 僕は少し考えてから『春の海』を弾いた。
正月と言えばこれだろう。ちなみに作曲者の宮城道雄は神戸生まれだ。石碑が旧居留地の三井住友銀行の東側の路地に建っている。


「誰が季節柄のピアノを弾けと言った! 第一これは箏曲だろうが!」
と弾き始めてすぐに冴子が怒鳴った。
確かにこの曲は琴で弾く曲だ。でもピアノでも弾けない事はない。

シゲルと宏美は笑っていた。

「いや、正月と言えばこの曲だろう?」
僕は素知らぬ顔をして答えた。

「勝手に箏曲を編曲するな!」
冴子は苦虫を潰したような顔で怒鳴った。
今日の冴子はよく怒鳴る。

「亮ちゃん、なかなか上手な編曲やわぁ」
宏美が場の空気を全く読まないフォローの合いの手を入れてくれた。

――そうそう、曲自体は良い曲だ――

「そうやろ?」
 僕は宏美のこの声に少し救われたような気がした。
いや、間違いなくさっきから冴子から受けていた息が詰まりそうな緊張感が和らいだ。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった! 「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」 主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!

生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します

桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。 天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。 昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。 私で最後、そうなるだろう。 親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。 人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。 親に捨てられ、親戚に捨てられて。 もう、誰も私を求めてはいない。 そう思っていたのに――…… 『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』 『え、九尾の狐の、願い?』 『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』 もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。 ※カクヨム・なろうでも公開中! ※表紙、挿絵:あニキさん

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

処理中です...