86 / 439
お正月の頃の物語
トルコ行進曲
しおりを挟む
「あんたもこのアホを図に乗せるな!」
冴子の声が僕の一瞬の安息を引き裂いた。
怒りの矛先が宏美に向いてしまいそうだったので僕は、もう少し冴子が納得するような曲を弾くことにした。
「分かった。じゃあ、ちゃんと弾くわ」
この場の約一名にこの曲は全く受けなかった。洒落の分からん奴だ。
とはいうものの、曲が浮かばない。
僕はまた少し考えた。
そして僕はモーツァルトのピアノソナタ 第11番 イ長調 K.331 第3楽章 『トルコ行進曲』を弾くことにした。
同じモーツァルトなら冴子の好きなピアノソナタ第8番 イ短調 K.310 第1楽章も考えたが、冴子が好きな曲を弾くのは媚びを売っているみたいに思えたのでその選択肢は消した。
この明るくて華やかな可愛い曲『トルコ行進曲』なら何となく、正月の上田家の応接間で弾いても問題なく合うような気がした。
冴子の顔を横目で盗み見るように見たが、今度は怒っていなかった。
安藤さんの店で弾いた時の様に鍵盤から伝わる想いというモノは無かったが、弾いていると色々な情景が浮かんできた。
このピアノの前で幼い僕達……冴子と宏美と僕が仲良く三人で鍵盤を叩いている情景が浮かんだ。
そう、ここでこのピアノはいつも僕たちのおもちゃだった。いつも低音から僕・冴子・宏美の順番で座っていた。
ハノンを弾くのもツェルニーを弾くのも一緒だった。
ああ、懐かしい……そう言えばこの三人の中で最初に『トルコ行進曲』を弾いたのは僕だった。
そう、この部屋でこれを弾いたら冴子が悔しそうに怒っていた……いや、違う。違うぞ。冴子は怒っていなかった……怒っていたのは宏美の方だった。
冴子は大きな瞳がさらに大きくなって「亮ちゃんすごい!! すごい!」と連呼していた。
それに反して宏美はとても悔しそうに「私が最初にそれを弾くの!」と半泣きになっていた。
あれ? いつ記憶がすり替わったんだろう?
でも、あの当時は冴子も僕に優しかったんだ。
僕は思わず笑みがこぼれて冴子を見てしまった。
冴子は片目を開けて『なんだ?』という顔で僕を睨み返した。
曲の中盤まで来るとシゲルを先頭に鯉川筋を歩いている僕と冴子と宏美の姿が見える。いや他にも和樹やらの姿も見える。みんなでなんか元気に歩いている。
子供はいつも元気だ。懐かしさでいっぱいになりながら僕はピアノを弾いた。
あれは小学校の放課後の風景だ。多分、県民会館で遊んだ後だろう。懐かしい情景が次から次へと浮かんできた。
ほどなく僕は『トルコ行進曲』を弾き終わった。
弾き終わってから冴子を見ると明らかに不機嫌な顔をしていた。
「あんた、なんちゅう音出すんや?」
「なにが?ちゃんと弾いたやん」
一体冴子は何が不満だというんだ。
「ちゃう、今までの正確無比な音。譜面通りの面白くもなんともない音。あの音はどこへ行ったんや?」
冴子の嫌味は聞き慣れている。
「知らんがな。なんなん一体?」
「宏美、あんたどうやこの音聞いて?」
「今まで聞いてた亮ちゃんの音とちゃうような気がする……」
宏美まで冴子と同じ事を言い出した。
「そんな事ないで、いつもの通り弾いたつもりやけど」
「アホ、あんたの音を何年聞いてきたと思ってんねん」
そう言うと冴子は顎に手をやり黙って考え込んだ。
暫くしてから顔を上げると
「じゃあ、今度はあんたの得意なリスト弾いてぇや」
と言った。
「リスト? カンパネラでええんか?」
と僕は聞き返した。
この曲なら冴子と弾き比べをした事もある。
「うん。それ弾いて」
僕は冴子の表情から彼女の憤りの理由を探ろうとしたが分からなかった。
ただ、彼女の戸惑いだけがなんとなく伝わってきた。
冴子の声が僕の一瞬の安息を引き裂いた。
怒りの矛先が宏美に向いてしまいそうだったので僕は、もう少し冴子が納得するような曲を弾くことにした。
「分かった。じゃあ、ちゃんと弾くわ」
この場の約一名にこの曲は全く受けなかった。洒落の分からん奴だ。
とはいうものの、曲が浮かばない。
僕はまた少し考えた。
そして僕はモーツァルトのピアノソナタ 第11番 イ長調 K.331 第3楽章 『トルコ行進曲』を弾くことにした。
同じモーツァルトなら冴子の好きなピアノソナタ第8番 イ短調 K.310 第1楽章も考えたが、冴子が好きな曲を弾くのは媚びを売っているみたいに思えたのでその選択肢は消した。
この明るくて華やかな可愛い曲『トルコ行進曲』なら何となく、正月の上田家の応接間で弾いても問題なく合うような気がした。
冴子の顔を横目で盗み見るように見たが、今度は怒っていなかった。
安藤さんの店で弾いた時の様に鍵盤から伝わる想いというモノは無かったが、弾いていると色々な情景が浮かんできた。
このピアノの前で幼い僕達……冴子と宏美と僕が仲良く三人で鍵盤を叩いている情景が浮かんだ。
そう、ここでこのピアノはいつも僕たちのおもちゃだった。いつも低音から僕・冴子・宏美の順番で座っていた。
ハノンを弾くのもツェルニーを弾くのも一緒だった。
ああ、懐かしい……そう言えばこの三人の中で最初に『トルコ行進曲』を弾いたのは僕だった。
そう、この部屋でこれを弾いたら冴子が悔しそうに怒っていた……いや、違う。違うぞ。冴子は怒っていなかった……怒っていたのは宏美の方だった。
冴子は大きな瞳がさらに大きくなって「亮ちゃんすごい!! すごい!」と連呼していた。
それに反して宏美はとても悔しそうに「私が最初にそれを弾くの!」と半泣きになっていた。
あれ? いつ記憶がすり替わったんだろう?
でも、あの当時は冴子も僕に優しかったんだ。
僕は思わず笑みがこぼれて冴子を見てしまった。
冴子は片目を開けて『なんだ?』という顔で僕を睨み返した。
曲の中盤まで来るとシゲルを先頭に鯉川筋を歩いている僕と冴子と宏美の姿が見える。いや他にも和樹やらの姿も見える。みんなでなんか元気に歩いている。
子供はいつも元気だ。懐かしさでいっぱいになりながら僕はピアノを弾いた。
あれは小学校の放課後の風景だ。多分、県民会館で遊んだ後だろう。懐かしい情景が次から次へと浮かんできた。
ほどなく僕は『トルコ行進曲』を弾き終わった。
弾き終わってから冴子を見ると明らかに不機嫌な顔をしていた。
「あんた、なんちゅう音出すんや?」
「なにが?ちゃんと弾いたやん」
一体冴子は何が不満だというんだ。
「ちゃう、今までの正確無比な音。譜面通りの面白くもなんともない音。あの音はどこへ行ったんや?」
冴子の嫌味は聞き慣れている。
「知らんがな。なんなん一体?」
「宏美、あんたどうやこの音聞いて?」
「今まで聞いてた亮ちゃんの音とちゃうような気がする……」
宏美まで冴子と同じ事を言い出した。
「そんな事ないで、いつもの通り弾いたつもりやけど」
「アホ、あんたの音を何年聞いてきたと思ってんねん」
そう言うと冴子は顎に手をやり黙って考え込んだ。
暫くしてから顔を上げると
「じゃあ、今度はあんたの得意なリスト弾いてぇや」
と言った。
「リスト? カンパネラでええんか?」
と僕は聞き返した。
この曲なら冴子と弾き比べをした事もある。
「うん。それ弾いて」
僕は冴子の表情から彼女の憤りの理由を探ろうとしたが分からなかった。
ただ、彼女の戸惑いだけがなんとなく伝わってきた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる