北野坂パレット

うにおいくら

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先生

伊能先生

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 冬休みが終わり高校は新学期が始まった。
久しぶりの学校はちょっと新鮮だった。そんな新鮮な感覚も一時限目の授業が終わる頃には、いつもの日常の感覚に戻っていた。

 授業が終わってから僕は冴子と宏美の三人で伊能先生の家に向かった。
昨日の夜、先生に電話を入れて三人で訪問する事を知らせていた。
その前に冴子から僕が先生に相談したい事があると伝わっていたようで、先生は快く時間をくれた。

 僕達三人は先生の家の前に立った。
先生の家はこじんまりとした二階建ての洋館だ。門の前に立って家を見上げた。
ここ一年間はご無沙汰していたが、たかが一年間来なかっただけでなんだか懐かしい。

 門をくぐるといつものように手入れの行き届いた庭があり、門から続く石畳を歩くとすぐに玄関だった。
勝手知ったる長年通った先生の家である。冴子が玄関の扉をギィと音を立てて開けると僕たちは家の中へと入って行った。

 僕たちはスリッパに履き替えた。廊下には絨毯が敷いてあり冷たさは感じない。
いつもピアノを習っていた玄関わきの部屋に入ると冴子が
「先生を呼んでくる」
と言って廊下の奥に消えた。

 部屋の中は暖かかった。既にエアコンで充分部屋の中は温もっていた。
いつも温度は低めに設定してあったが、外の寒さに比べたらこの暖かさで充分だった。
目の前にはグランドピアノが二台並べて置いてある。僕たちが座るのはいつも左側のピアノだ。

 僕と宏美は二人で入り口の壁際にあるソファに並んで座った。ピアノを弾いている間はここに鞄や荷物を置いていた。

「亮ちゃん、ここ来るの久しぶりでしょ?」
宏美が聞いてきた。

「うん。ちょっとドキドキする」

「私は先週来たよ」
何故か宏美は楽しそうに笑っていた。

「そうか、宏美はまだ習っているんやったな」

「うん。冴ちゃんと一緒だよ」
宏美は壁に背中を預けてスリッパを履いた足をぶらぶらさせている。

「お前も音大に行くんか?」
僕は膝に肘を乗っけて前かがみに座っていたので振り向くように宏美を見た。

「ううん。私は普通の大学に行くつもり……って言うかまだ何も決めてないねん」

「そうかぁ……でもそろそろ進路決める時期やで。二年生になったらすぐに進路指導があるもんなぁ」

「そうそう。それまでには決めんとねえ」

 僕は宏美が「普通に大学行くつもり」という言葉を聞いてホッとしていた。
昨年の春は宏美の家が破産するかもしれないという状況だったのを思い出していた。あの時の宏美は高校生活を続ける事も諦めかけていた。
それを防いで宏美の家を守ったのがオヤジだった。それと冴子のオトンだった。

僕は宏美の言葉を聞いてあの時のことを思い出していた。

 ドアをノックする音が聞こえた。
開いた扉から伊能先生と冴子が入って来た。
僕と宏美は立ち上がり挨拶をした。
「どうもご無沙汰してます。先生」

「本当に久しぶりね。亮平君。元気だった?」
先生は相変わらず元気そうで姿勢が良い。そしていつものように優しい穏やかな表情で僕を迎えてくれた。

「はい。何とか生きてます」
無事に先生に挨拶が出来て僕は少しホッとしていた。

「それは良かったわ」
先生はそう言うと僕たちをまたソファに座る様に勧めた。
僕達三人は並んでソファーに座った。
先生は右側のピアノ椅子に座って僕の顔をまっすぐに見て聞いてきた。

「冴子ちゃんから少しだけ聞いたわ。ピアノを再開するんやって?」

「はい。正直に言って高校生になったからもううええかな。と思っとったんですけど……なんか、下手になっていく自分のピアノの音を聞いていると堪えれんようになってしもて……『俺のピアノってこんなもんやったけ?』と思い始めたらもっと自分の音を出してみたくなってしもうて。今はどうしても出したい音があるんです。その為にはもっとピアノをちゃんと弾きこまないとダメだと悟りました」
 僕は正直に自分の気持ちを話した。本当はもっと細かく説明しようと思っていただが、先生の顔を見たらこれ以上の言葉が出なかった。
長々と説明すればするほど言い訳がましくなるような気がして言葉が続かなかった。

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