94 / 439
先生
懐かしいピアノ
しおりを挟む
先生は僕の言い訳じみた話を笑顔で受けてくれた。
「それはピアニストを目指すって事なのかな?」
「そうなります。一年間離れて考えた結論です」
「そう……亮ちゃんの事だからちゃんと考えての事なんでしょうね」
「ところで、この一年間ピアノはちゃんと弾いていた?」
先生は僕の目から視線を話さない。
「はい。とりあえずこの頃はなんとか弾けてます」
「ちゃんと弾いていたのね。偉いわねえ」
先生は笑顔で頷いた。そう、昔のままの笑顔だった。
それ以上先生は何も僕に聞かなかった。何故ピアニストになろうと思ったのかとか色々聞かれるのではないかと思っていた僕は少し拍子抜けしたが、同時そのまま受け入れて貰えてうれしかった。
多分先生の僕達に関する認識は、いつになってもこの教室に来た頃のままなんだろうなと思った。
そう、先生はいつもの先生だった。全然変わらない。僕は目の前のピアノを見ながらふと昔のことを思い出した。
先生の明るい楽し気な声がする。
「わぁ、上手に弾けたねえ……これはどうかな?」
先生は僕の横に立ったままピアノを弾いた。
「先生、この曲も知ってます」
僕は先生の顔を見上げて自慢げに言った。子供の頃はなんでも自慢したくなるもんだ。
「これはきらきら星変奏曲と言って、もう少ししたら亮平君にも弾けるようになるわ。ここから先も、全部弾けるようになるわよ」
何故かモーツァルトのきらきら星変奏曲を先生に初めて聞かせてもらった時の事を思い出していた。
もう十年以上も前の話だ。
そんな僕の思い出を粉砕するように冴子の声がした。
「亮平、亮平!! 聞いとん? なぁ?」
「え? ああ、聞いとぉ」
「なんなん? なんかぼーとしてへん?」
冴子の声で僕の意識はこの部屋へと引き戻された。
「先生が一度弾いてみてって」
「え? あ、はい」
僕は慌ててソファーから立ち上がた。
先生はピアノ椅子に座ったまま黙って微笑んでした。
「何を弾けば?」
僕はピアノの横にいつものように背筋をピンと伸ばして座っている先生に顔だけ向けて聞いた。
「なんでも。弾きたい曲を弾いてみて」
先生は相変わらず優しい表情だった。
頭に浮かんだのはやはりさっき思い出した「きらきら星変奏曲」だった。
――これを弾くのはレーシーの前で弾いて以来だな――
僕は迷わずにこのモーツァルトを弾いた。
またもや記憶が蘇る。
「そうそう。そこは楽しそうに。そう、もっと楽しそうに。冴ちゃんと宏美ちゃんに歌って聞かせて上げるように。ああ、良いわねえ。その調子よ」
そうだった。最初の頃は三人いつも一緒に習っていた。いつからだろう……個人レッスンに変わったのは……。
それはさておき、兎に角、懐かしい情景が蘇る。
このピアノは今僕を受け入れてくれたようだ。
鍵盤に指を置いた時に一瞬拒絶されたかと思ったが、そうではなかった。
ピアノも僕と分かったようで、一瞬で昔のように僕を歓迎してくれた。
僕はそのピアノに応えようと鍵盤の上に指を滑らせた。
なんて思い入れの強い弾き方をしているんだ……と少し思ったが、今はこの弾き方で良いと思った。
いつもの僕ならここはあっさりと流しているはずなのに、今日は鍵盤の感触を確かめるように指を置いている。
懐かしいタッチが戻って来た。
そう昔の僕はこんな弾き方をしていた。今ではちょっとぎこちない弾き方に思える。
指が徐々にピアノに馴染んできた。
そう、思い出の音より今の僕の音をピアノが聞きたがっていた。
――この一年間でお前はどんな音を奏でられるようになったんだ?――
そういう風にピアノに問いかけられているような気がする。音の粒がこちらに向かって聞いてくる。
その問には応えなければならない。指に少しだけ力が入る。でもそれは気負ったものでもなくほんの少しだけ挨拶程度の力の入れ具合だった。
「それはピアニストを目指すって事なのかな?」
「そうなります。一年間離れて考えた結論です」
「そう……亮ちゃんの事だからちゃんと考えての事なんでしょうね」
「ところで、この一年間ピアノはちゃんと弾いていた?」
先生は僕の目から視線を話さない。
「はい。とりあえずこの頃はなんとか弾けてます」
「ちゃんと弾いていたのね。偉いわねえ」
先生は笑顔で頷いた。そう、昔のままの笑顔だった。
それ以上先生は何も僕に聞かなかった。何故ピアニストになろうと思ったのかとか色々聞かれるのではないかと思っていた僕は少し拍子抜けしたが、同時そのまま受け入れて貰えてうれしかった。
多分先生の僕達に関する認識は、いつになってもこの教室に来た頃のままなんだろうなと思った。
そう、先生はいつもの先生だった。全然変わらない。僕は目の前のピアノを見ながらふと昔のことを思い出した。
先生の明るい楽し気な声がする。
「わぁ、上手に弾けたねえ……これはどうかな?」
先生は僕の横に立ったままピアノを弾いた。
「先生、この曲も知ってます」
僕は先生の顔を見上げて自慢げに言った。子供の頃はなんでも自慢したくなるもんだ。
「これはきらきら星変奏曲と言って、もう少ししたら亮平君にも弾けるようになるわ。ここから先も、全部弾けるようになるわよ」
何故かモーツァルトのきらきら星変奏曲を先生に初めて聞かせてもらった時の事を思い出していた。
もう十年以上も前の話だ。
そんな僕の思い出を粉砕するように冴子の声がした。
「亮平、亮平!! 聞いとん? なぁ?」
「え? ああ、聞いとぉ」
「なんなん? なんかぼーとしてへん?」
冴子の声で僕の意識はこの部屋へと引き戻された。
「先生が一度弾いてみてって」
「え? あ、はい」
僕は慌ててソファーから立ち上がた。
先生はピアノ椅子に座ったまま黙って微笑んでした。
「何を弾けば?」
僕はピアノの横にいつものように背筋をピンと伸ばして座っている先生に顔だけ向けて聞いた。
「なんでも。弾きたい曲を弾いてみて」
先生は相変わらず優しい表情だった。
頭に浮かんだのはやはりさっき思い出した「きらきら星変奏曲」だった。
――これを弾くのはレーシーの前で弾いて以来だな――
僕は迷わずにこのモーツァルトを弾いた。
またもや記憶が蘇る。
「そうそう。そこは楽しそうに。そう、もっと楽しそうに。冴ちゃんと宏美ちゃんに歌って聞かせて上げるように。ああ、良いわねえ。その調子よ」
そうだった。最初の頃は三人いつも一緒に習っていた。いつからだろう……個人レッスンに変わったのは……。
それはさておき、兎に角、懐かしい情景が蘇る。
このピアノは今僕を受け入れてくれたようだ。
鍵盤に指を置いた時に一瞬拒絶されたかと思ったが、そうではなかった。
ピアノも僕と分かったようで、一瞬で昔のように僕を歓迎してくれた。
僕はそのピアノに応えようと鍵盤の上に指を滑らせた。
なんて思い入れの強い弾き方をしているんだ……と少し思ったが、今はこの弾き方で良いと思った。
いつもの僕ならここはあっさりと流しているはずなのに、今日は鍵盤の感触を確かめるように指を置いている。
懐かしいタッチが戻って来た。
そう昔の僕はこんな弾き方をしていた。今ではちょっとぎこちない弾き方に思える。
指が徐々にピアノに馴染んできた。
そう、思い出の音より今の僕の音をピアノが聞きたがっていた。
――この一年間でお前はどんな音を奏でられるようになったんだ?――
そういう風にピアノに問いかけられているような気がする。音の粒がこちらに向かって聞いてくる。
その問には応えなければならない。指に少しだけ力が入る。でもそれは気負ったものでもなくほんの少しだけ挨拶程度の力の入れ具合だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる