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先生
私が教える
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――うん。この音だ――
その時、右手の小指の音が少し飛んだ。
微妙な軽さだったが、とても耳障りな音で光の粒が弾けた。一瞬の隙と慢心が音を狂わせる。
でもここでやめる訳にはいかない。
ピアノは静かに鍵盤から暖かい光で応援してくれている。
僕はまたピアノと会話を始めた。
――そうだった。ピアノの存在を忘れるところだった――
ピアノは次の音をちゃんと用意してくれていた。
僕はその音を拾うだけで良かったんだ。
指の緊張が解けた。それと同時に肩も少し力が入っているのも分かった。
肩の力を抜いて僕はそのまま一気に最後まで、音の波を楽しみながら第一楽章を弾いた。
最後の余韻を響かせて僕はゆっくりと鍵盤から指を上げた。そして渚さんを上目遣いで見た。
――ああ、このまま第二楽章を弾きたい――
「うん。良い音ね。本当に堪らん月光やねえ……綺麗な月光ね。ちょっと風が吹いて少し揺れている湖面の月が綺麗に見えたわ……それと暫く見ない内に男前になったピアニストもね」
渚さんはそう言うと悪戯っぽい笑顔を見せた。
――あ、可愛い――
不覚にも宏美が横に居るのにそんな不埒な事を思ってしまった。
「ええ音出しとぉわ。この歳でこんな音を出せるなんて、それ自体が凄いと思うわ。この音を聞いて何も感じない審査員や面接官は居ないと思うけど……」
改めて渚さんは感心したように僕のピアノを評価してくれた。
「思うけど……?」
僕はまた上目遣いで渚さんを見た。
「冴ちゃんはどう思う?」
渚さんは唐突に冴子に意見を求めた。
冴子は自分が聞かれるとは思っていなかったのようで一瞬戸惑っていた。
「こんな月光を聞いたのは初めて。背中がぞくっとしました。でもこれって……宏美も多分同じ事を思っていると思います」
そう言って冴子は宏美の顔を見た。冴子にしては珍しく自分の口から言うのを逃げた。
「……うん、コンクール向きの音ではないんやと思う……」
と宏美はため息交じりの声で言った。
「そう、その上、どう考えても大学受験のためのピアノの音じゃないんよねえ……本当にいい演奏していたけど……まさかここまで弾けるとは思っていなかったわ」
そう言うと今度は渚さんまでため息をついた。
「今度二年生になるんやね」
渚さんは僕の瞳をじっと見つめて聞いてきた。
「うん」
僕は頷いた。
「まだ時間はあるか……でも……」
一瞬間があって渚さんは意を決したように言った。
「亮ちゃん、これからは私が亮ちゃんのピアノを見るね」
「え?」
「そう、先生じゃなくて私が亮平のピアノを見るって言うたん」
僕はどう答えていいのか分からずに伊能先生の顔を見た。
先生は相変わらず優しく微笑んで頷いた。
「先生の言うことを全く聞かないし、一年間逃げ回って挙句の果てに好き放題に自分勝手な音を弾く奴の面倒なんか見れないってことよ」
渚さんは呆れたような顔をして言った。
「え?」
僕はまた先生を見た。
先生は笑いながら
「そうよ」
と言った
「え~」
僕は予想外の先生の対応に驚いた。
でも、すぐに先生は
「嘘よ。亮平君。渚がまた大袈裟に言うもんだからちょっと一緒にからかっただけよ」
と笑いながら言い直してくれた。
「でも、あなたの面倒を見るのは私では無くて渚というのは本当よ」
と先生は表情から笑顔を少し消して言った。
「ええ……そうなんですか」
僕は伊能先生が今まで通り僕のピアノを見てくれるもんだと思っていたので、気持ちの整理がつかなかった。でも、渚さんから習いたくないとは思わなかった。
「実は先生から連絡を貰ったのよ『亮ちゃんの事で相談がある』って」
渚さんはグランドピアノに軽くもたれ掛かる様に手を置いて話を始めた。
その時、右手の小指の音が少し飛んだ。
微妙な軽さだったが、とても耳障りな音で光の粒が弾けた。一瞬の隙と慢心が音を狂わせる。
でもここでやめる訳にはいかない。
ピアノは静かに鍵盤から暖かい光で応援してくれている。
僕はまたピアノと会話を始めた。
――そうだった。ピアノの存在を忘れるところだった――
ピアノは次の音をちゃんと用意してくれていた。
僕はその音を拾うだけで良かったんだ。
指の緊張が解けた。それと同時に肩も少し力が入っているのも分かった。
肩の力を抜いて僕はそのまま一気に最後まで、音の波を楽しみながら第一楽章を弾いた。
最後の余韻を響かせて僕はゆっくりと鍵盤から指を上げた。そして渚さんを上目遣いで見た。
――ああ、このまま第二楽章を弾きたい――
「うん。良い音ね。本当に堪らん月光やねえ……綺麗な月光ね。ちょっと風が吹いて少し揺れている湖面の月が綺麗に見えたわ……それと暫く見ない内に男前になったピアニストもね」
渚さんはそう言うと悪戯っぽい笑顔を見せた。
――あ、可愛い――
不覚にも宏美が横に居るのにそんな不埒な事を思ってしまった。
「ええ音出しとぉわ。この歳でこんな音を出せるなんて、それ自体が凄いと思うわ。この音を聞いて何も感じない審査員や面接官は居ないと思うけど……」
改めて渚さんは感心したように僕のピアノを評価してくれた。
「思うけど……?」
僕はまた上目遣いで渚さんを見た。
「冴ちゃんはどう思う?」
渚さんは唐突に冴子に意見を求めた。
冴子は自分が聞かれるとは思っていなかったのようで一瞬戸惑っていた。
「こんな月光を聞いたのは初めて。背中がぞくっとしました。でもこれって……宏美も多分同じ事を思っていると思います」
そう言って冴子は宏美の顔を見た。冴子にしては珍しく自分の口から言うのを逃げた。
「……うん、コンクール向きの音ではないんやと思う……」
と宏美はため息交じりの声で言った。
「そう、その上、どう考えても大学受験のためのピアノの音じゃないんよねえ……本当にいい演奏していたけど……まさかここまで弾けるとは思っていなかったわ」
そう言うと今度は渚さんまでため息をついた。
「今度二年生になるんやね」
渚さんは僕の瞳をじっと見つめて聞いてきた。
「うん」
僕は頷いた。
「まだ時間はあるか……でも……」
一瞬間があって渚さんは意を決したように言った。
「亮ちゃん、これからは私が亮ちゃんのピアノを見るね」
「え?」
「そう、先生じゃなくて私が亮平のピアノを見るって言うたん」
僕はどう答えていいのか分からずに伊能先生の顔を見た。
先生は相変わらず優しく微笑んで頷いた。
「先生の言うことを全く聞かないし、一年間逃げ回って挙句の果てに好き放題に自分勝手な音を弾く奴の面倒なんか見れないってことよ」
渚さんは呆れたような顔をして言った。
「え?」
僕はまた先生を見た。
先生は笑いながら
「そうよ」
と言った
「え~」
僕は予想外の先生の対応に驚いた。
でも、すぐに先生は
「嘘よ。亮平君。渚がまた大袈裟に言うもんだからちょっと一緒にからかっただけよ」
と笑いながら言い直してくれた。
「でも、あなたの面倒を見るのは私では無くて渚というのは本当よ」
と先生は表情から笑顔を少し消して言った。
「ええ……そうなんですか」
僕は伊能先生が今まで通り僕のピアノを見てくれるもんだと思っていたので、気持ちの整理がつかなかった。でも、渚さんから習いたくないとは思わなかった。
「実は先生から連絡を貰ったのよ『亮ちゃんの事で相談がある』って」
渚さんはグランドピアノに軽くもたれ掛かる様に手を置いて話を始めた。
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