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第二部 ピアノとヴァイオリン
オフクロの思い出
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家に帰ってからもオヤジのピアノの音が耳から離れなかった。勿論オヤジの歌声も。
僕はリビングのソファに座って焼酎のロックを飲んでいたオフクロにEaglesのCDが無いか尋ねた。
「珍しい。あんたが洋楽を聞くなんて」
失礼な事にオフクロは本気で驚いているようだったが、僕だって洋楽くらいは聞く。
現に高校に入ってから洋楽のCDを何枚も買っている……全てオヤジや安藤さんの影響だけど。
まあ、オフクロやオヤジが高校生だった頃の古い洋楽を聞くような今時の高校生は少ないとは思うが……。
それでもオフクロはEaglesのCDを自分の部屋から何枚か持ってきてくれた。
僕はそれを受け取るとその中から『Desperado』のアルバムを見つけた。
「これ借りるわ」
と残ったCDを返そうとすると
「なんでそれなん? 普通は『ホテルカルホルニア』か『呪われた一平』は外さんやろう?」
と怪訝な顔で僕に聞いてきた。
「それは持っとる。この『ならず者』が聞きたいねん……というか、さり気に父さんを貶めとるな」
と僕が答えると更に怪訝な顔をして
「なんで急にそれなん? Eaglesに目覚めたん? あんた、Don Henleyに惚れたんか? あげへんで」
と聞いてきた。
兎角、息子の行動に敏感な母親だ。
「そんなもん要らんわ」
オフクロに敢えて言うつもりはなかったのだが、安藤さんの店でオヤジのピアノを初めて聞いた事を伝えた。その曲が『Desperado』だったのと、良い曲だったので僕もピアノで弾いてみたくなったというと、オフクロは明らかに驚いたような顔をして
「え? お父さん、ピアノを弾いたんや。あんたの前で?」
といつもより大きな声で聞き返して来た。
「そうや。安藤さんもギターで一緒に弾いてくれた。メッチャ恰好良かった」
と僕は答えた。
「ふぅん。そうなんやぁ。あの人がその曲を弾いたんやぁ。ええ曲やもんなぁ」
とオフクロは力が抜けたような気の抜けたような何とも言えない表情でソファに座り込んだ。
「どうしたん? オヤジがピアノを弾くのは母さんも驚きなん?」
僕はオフクロの狼狽ぶりが余りにも不思議だったので聞かずにはおれなかった。
「そういう訳やない。たまに軽くピアノを弾く事は今までもあったわ」
オフクロはそう言うと視線を上げて思い出すように話しだした。
「その曲なぁ……お父さんが高校時代によく私に……いや私の前で弾いてくれた曲や。なんか懐かしいなぁって思ったんや」
どうやらオフクロの中では高校時代の甘酸っぱい想い出が一気にさく裂した様だった。それがオフクロの気の抜けた表情になった理由だったのだろう。
それにしてもどれほど甘酸っぱい想い出が蘇ったら息子の前で腑抜けた表情になれるのか、それはそれで興味が湧いたというか呆れた。
オフクロは手に持った『ホテルカルホルニア』のCDに目を落として
「お父さんと別れてから、なるべく昔の事は思い出さんようにしていたんやけど、この頃、唐突に過去を突きつけられるからドキドキするわ」
と最後は笑いながら言った。
「いやなん?」
「ううん。そんな事はないよ。お父さんとの思い出はええ思い出しかないわ」
そう言うと何度か軽く頷いた。
オフクロにとってこの想い出のフラッシュバックは決して不快なものではない様だ。どちらかといえば心地よい……心地よすぎるのかもしれない。
そう言えばこの前は仁美さんにスケッチブックで一気に高校時代に引き戻されていたな。
オフクロはオフクロでこの十六年を埋め合わせているのかもしれない。
「兎に角、あんた一度『Desperado』は母の前で歌って聞かせなさいよ」
と軽く睨みつけるように言った。
「ああ、分かった。考えとくわ」
僕はそう言うとオフクロに借りた『Desperado』のCDを持って自分の部屋に戻った。
オフクロの顔には『本当はあんたじゃなくてお父さんの歌が聞きたい』と書いてあるように見えた。
――だったらなんで別れたんだ?――
と聞きそうになったが、それこそ息子の僕が触れてはならない話のような気がした。
僕はリビングのソファに座って焼酎のロックを飲んでいたオフクロにEaglesのCDが無いか尋ねた。
「珍しい。あんたが洋楽を聞くなんて」
失礼な事にオフクロは本気で驚いているようだったが、僕だって洋楽くらいは聞く。
現に高校に入ってから洋楽のCDを何枚も買っている……全てオヤジや安藤さんの影響だけど。
まあ、オフクロやオヤジが高校生だった頃の古い洋楽を聞くような今時の高校生は少ないとは思うが……。
それでもオフクロはEaglesのCDを自分の部屋から何枚か持ってきてくれた。
僕はそれを受け取るとその中から『Desperado』のアルバムを見つけた。
「これ借りるわ」
と残ったCDを返そうとすると
「なんでそれなん? 普通は『ホテルカルホルニア』か『呪われた一平』は外さんやろう?」
と怪訝な顔で僕に聞いてきた。
「それは持っとる。この『ならず者』が聞きたいねん……というか、さり気に父さんを貶めとるな」
と僕が答えると更に怪訝な顔をして
「なんで急にそれなん? Eaglesに目覚めたん? あんた、Don Henleyに惚れたんか? あげへんで」
と聞いてきた。
兎角、息子の行動に敏感な母親だ。
「そんなもん要らんわ」
オフクロに敢えて言うつもりはなかったのだが、安藤さんの店でオヤジのピアノを初めて聞いた事を伝えた。その曲が『Desperado』だったのと、良い曲だったので僕もピアノで弾いてみたくなったというと、オフクロは明らかに驚いたような顔をして
「え? お父さん、ピアノを弾いたんや。あんたの前で?」
といつもより大きな声で聞き返して来た。
「そうや。安藤さんもギターで一緒に弾いてくれた。メッチャ恰好良かった」
と僕は答えた。
「ふぅん。そうなんやぁ。あの人がその曲を弾いたんやぁ。ええ曲やもんなぁ」
とオフクロは力が抜けたような気の抜けたような何とも言えない表情でソファに座り込んだ。
「どうしたん? オヤジがピアノを弾くのは母さんも驚きなん?」
僕はオフクロの狼狽ぶりが余りにも不思議だったので聞かずにはおれなかった。
「そういう訳やない。たまに軽くピアノを弾く事は今までもあったわ」
オフクロはそう言うと視線を上げて思い出すように話しだした。
「その曲なぁ……お父さんが高校時代によく私に……いや私の前で弾いてくれた曲や。なんか懐かしいなぁって思ったんや」
どうやらオフクロの中では高校時代の甘酸っぱい想い出が一気にさく裂した様だった。それがオフクロの気の抜けた表情になった理由だったのだろう。
それにしてもどれほど甘酸っぱい想い出が蘇ったら息子の前で腑抜けた表情になれるのか、それはそれで興味が湧いたというか呆れた。
オフクロは手に持った『ホテルカルホルニア』のCDに目を落として
「お父さんと別れてから、なるべく昔の事は思い出さんようにしていたんやけど、この頃、唐突に過去を突きつけられるからドキドキするわ」
と最後は笑いながら言った。
「いやなん?」
「ううん。そんな事はないよ。お父さんとの思い出はええ思い出しかないわ」
そう言うと何度か軽く頷いた。
オフクロにとってこの想い出のフラッシュバックは決して不快なものではない様だ。どちらかといえば心地よい……心地よすぎるのかもしれない。
そう言えばこの前は仁美さんにスケッチブックで一気に高校時代に引き戻されていたな。
オフクロはオフクロでこの十六年を埋め合わせているのかもしれない。
「兎に角、あんた一度『Desperado』は母の前で歌って聞かせなさいよ」
と軽く睨みつけるように言った。
「ああ、分かった。考えとくわ」
僕はそう言うとオフクロに借りた『Desperado』のCDを持って自分の部屋に戻った。
オフクロの顔には『本当はあんたじゃなくてお父さんの歌が聞きたい』と書いてあるように見えた。
――だったらなんで別れたんだ?――
と聞きそうになったが、それこそ息子の僕が触れてはならない話のような気がした。
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