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夏の終わりのフルート
何のために弾くのか
しおりを挟む彩音さんから頼まれて恵子の面倒を看始めた時、僕は恵子が思った以上にヴァイオリンを弾きこなしていたので驚いて本人にその理由を聞いた。
その時に返って来た答えが『コンクールに参加しているのにも関わらず後輩の指導の手を緩めなかった瑞穂に対する感謝の気持ちに応えるためにも練習した』だった。
『だから一年生はそれに報いるためにも今必死に練習しているんです』
という恵子の声が僕の記憶に蘇ってきた。
「そうやったね。瑞穂ちゃん、コンクールや言うのに恵子たちに付きっ切りやったわ。あの子は責任感強いからね。そういう凄い先輩たちに感化されてみんな自然と上手くなりたいって思ったじゃないのかな? 私はそんな気がするなあ」
「それは言えているかもなぁ……」
と僕も彼女のいう通りだと思う。
「そう言えば、うちの部活って全体ではコンクールなんか無縁やけど、個人的には結構あるでしょ?」
と千恵蔵が唐突に聞いてきた。
「ああ、確かに……」
と僕は頷いた。思い当たる節はいやというほどある。
今年は冴子がヴァイオリンでまたコンクールに出るし、例のマリアさんトリオの三人は来年出るだろう。そういえば哲也は今年も何かのチェロコンクールに出ていたな。
「それも全国レベルの人たちが……。そんな人が居るような部活だから、他の部員にも自然にそれが移るんじゃないのかなぁ」
「そっかぁ、そうかもしれんなぁ」
そう応えながら僕は千龍さんの
『うちの部はユルイがぬるくはないぞ』
という台詞を思い出していた。
まさにその通りだった。
『うちの部は経験者が多いから、基本的には自己管理や。だからしばりはなんもないねんけど、自己管理ができひん奴は何のためにここにおるのか分からんようになるからな』
と夏休みに入部してきた千恵蔵、シモ、ハヤンの三人に千龍さんが語っていた情景が脳裏に蘇った。
でもその言葉は経験者相手だから言えた言葉だと思っていたのだが、いつの間にかうちの部活では未経験者も含めて全員の共通認識になっていたようだ。
うちの部員はいつの間にか『何のために弾くのか』という事を、自ら考えさせられていたのかもしれない。
「千龍さんの言った通りやな」
「うん。私もそう思う」
と千龍さんにその台詞を言われた千恵蔵も同じ情景を思い出していたのかもしれない。
それにしても先輩たちはやはり凄い先輩たちだった。ちゃんと器楽部の伝統を作っていってくれていた。
「この風土はちゃんと残さんといかんなぁ」
「うん。私もそう思う。冴子もそれは意識しているともうわ」
「かなぁ?」
「うん。あの子はね。ああいう子だから。直ぐには理解されにくいと思うけど、藤崎君ならわかるでしょ?」
「まあね。長い付き合いやから」
と僕は応えたが、長い付き合いだからこそ冴子の本音が読み辛いところもある。
他人を貶めておいて高笑いしそうな性格も知っているだけに何とも言えん。そのまま千恵蔵の言葉を全部肯定する気持ちにはなれなかったが、そこは黙って飲み込んでおいた。
でも、近頃の冴子はそういう我の強さを面に出すことは、少なくなってきているような気がする。
「だから藤崎君も冴子の面倒を見てあげてね」
と最後は何故か冴子の事を頼まれてしまった。
「余計なお世話だと言われるだけやって」
「かもね。でも冴子は藤崎君を頼りにしていると思うな」
と言って千恵子は笑った。
「そっかなぁ……」
それだけは無いと思うぞ。僕は。
「ところで藤崎君、今……時間良い?」
と千恵蔵は思い出したよう聞いてきた。
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